風のイケメン勇者
開始の合図と同時に、シルフィードの足元から猛烈な風が吹き荒れる。
轟音と共に巨大な竜巻が次々と発生し、瞬く間に闘技場を埋め尽くした。
一本。
二本。
三本。
十数本もの巨大な竜巻が視界を遮り、土煙が舞い上がる。
シルフィードの姿は、その中へ消えた。
「ふふふ。」
どこからともなく声だけが響く。
「これでまともに動けないだろう。」
「でも僕は竜巻の中を自由に動ける。」
「もうどこにいるか分からないだろうね。」
レイは静かに目を閉じる。
(……いや。)
(センスで丸分かりなんだよなぁ。)
シルフィードは、レイが完全に視界を失ったと確信していた。
巨大な竜巻が闘技場を覆い尽くす。
風が唸りを上げ、土煙が舞い、観客席からは二人の姿すら見えない。
これこそが、シルフィードの得意とする戦場だった。
(まずは一撃。)
(動きを止めれば勝負は決まる。)
両足から風を噴き出し、一気に加速する。
竜巻の流れに乗るように飛び、音もなくレイの背後へ回り込んだ。
さらに両拳へ暴風を纏う。
拳の周囲では空気が唸り、まるで小さな台風を握り締めているかのようだった。
(もらった。)
一直線にレイの背中へ突っ込む。
その瞬間だった。
レイがゆっくりと振り返る。
「――っ!?」
振り返る勢いそのままに放たれた回し蹴り。
最短。
最小。
それでいて、自分の拳が通る軌道を完全に塞ぐ一撃だった。
シルフィードは咄嗟に攻撃を中断し、身体を反らして後方へ飛び退く。
蹴りは髪を掠めるように通り過ぎた。
そのまま再び竜巻の中へ姿を消す。
(馬鹿な……。)
(今のは完全な死角だった。)
(それに、あの蹴り。)
(まるで僕の軌道を知っていたかのような……。)
レイは静かにその場へ立ったまま、小さく肩を竦めた。
(だから丸見えなんだって。)
センスによって、闘技場全体へ張り巡らせたオーラがシルフィードの位置を正確に捉えている。
そして、レイはセンスの上位技。
《心眼》も扱える。
半径四メートル。
その範囲に入った瞬間、相手の動きは三百六十度、死角なく視える。
背後からの奇襲であろうと、その拳がどの軌道を描くかまで把握していた。
視界を持たずして、三百六十度すべてを視る高等技術。
レイの周囲に死角は存在しなかった。
シルフィードは歯を食いしばる。
(まさか……。)
(心眼……。)
その言葉が脳裏をよぎる。
扱える者は極めて少ない。
魔力消費も集中力も桁違い。
実戦で自在に扱える者など、ギルドナイトでもほんの一握り。
(序列一位と三位以外では聞いたことがない……。)
(だとしたら長期戦はまずい。)
一瞬で決着をつけるしかない。
シルフィードは両手を広げる。
「集まれッ!!」
闘技場中を暴れ回っていた十数本の巨大な竜巻が、一斉にレイへ向かって進路を変えた。
四方八方。
逃げ場を完全に塞ぐ。
実況席から悲鳴にも似た声が響く。
「おおーーっと!!」
「シルフィード選手!!」
「闘技場中の竜巻を一斉にピエロ選手へ向かわせましたーーっ!!」
「これは逃げ場がありません!!」
レイは迫り来る竜巻を見渡し、頭を掻いた。
「あー……。」
「また面倒なもんよこしやがって。」
迫る暴風。
地上は完全に包囲されている。
「上に逃げるしかねぇか。」
次の瞬間。
ドンッ!!
地面を砕きながら、レイの身体が真上へと跳び上がる。
観客席からどよめきが起こる。
「と、跳んだぁーーっ!!」
「すごい跳躍力です!!」
しかし。
その上空。
待っていたかのようにシルフィードが現れた。
両手を前へ突き出し、巨大な風の渦を生み出す。
今までで最大。
特大の竜巻。
「空の上では。」
シルフィードは静かに笑う。
「僕の独壇場さ。」
眼前。
背後。
眼下。
すべてを巨大な竜巻が埋め尽くす。
完全包囲。
逃げ道は、どこにもなかった。
レイは周囲を一瞥し、小さく呟く。
「……この位置なら。」
「周りから見えねぇか。」
その瞬間だった。
轟ッ――!!
レイの全身から、青白い雷光が一気に噴き上がる。
無数の雷が暴れ狂い、閉ざされた風の檻の内側を青白く染め上げた。
次の瞬間。
轟音と共に、空が爆ぜた。
雷光が消え去る。
空を覆っていた十数本もの巨大な竜巻は跡形もなく消滅していた。
吹き飛ばされたシルフィードは空中で体勢を立て直し、苦しそうに息を吐く。
「くっ……!」
「なんて奴だ……。」
「僕の竜巻を、あの一瞬で全てかき消すなんて……!」
その視線の先。
レイはすでに地面へ着地し、何事もなかったかのように立っていた。
「おーーっと!!」
「シルフィード選手の竜巻が全て消えたぁーー!!」
「いったい何が起きたのでしょうか!!」
実況も状況を把握できず、興奮した声だけが響く。
シルフィードは深く息を吸う。
(距離を取れば、まだ勝機はある。)
両拳へ風を纏う。
さらに足裏から猛烈な風を噴き出し、一気に加速した。
空中を縦横無尽に駆け巡りながら、無数の風の弾丸を撃ち放つ。
「とにかく攻めるしかないッ!!」
レイは次々と迫る風弾を最小限の動きで躱していく。
風が頬を掠める。
地面へ着弾した一撃は石畳を大きく抉り取った。
「あー……。」
レイは苦笑する。
「あれはやべぇな。」
「まだ荒削りだが……極纏属性か。」
風弾が耳元を掠める。
「近付きすぎても余波でやられちまう。」
「魔法使えば簡単なんだが……。」
そう呟きながらも、レイは短剣を構える。
シルフィードが急降下する。
今までよりも、強力な暴風を纏った拳。
レイは紙一重で躱し、すれ違いざま短剣を振るう。
しかし。
届かない。
シルフィードは風を噴き出し、一瞬で上空へ逃れていた。
距離を取られる。
また風弾。
近付けば暴風。
離れれば弾幕。
攻め手がない。
シルフィードは確信した。
「僕に近付くことはできまい。」
右拳へ更に、膨大な風が集まっていく。
暴風は圧縮され、その拳だけが台風のような唸りを上げ始めた。
「これで最後だ。」
一直線。
迷いなくレイへ向かって飛び込む。
レイは短剣を鞘へ納めた。
「……。」
静かに腰を落とす。
「逃げてばかりじゃダメか。」
ゆっくりと息を吐き。
「覚悟決めるか。」
その瞬間。
全身を包んでいたオーラが爆発的に増大する。
溢れ出した膨大なオーラは、一瞬で左腕へ集束した。
「なっ!?」
シルフィードの拳が届く寸前。
レイの左手が、その拳を真正面から掴み止めた。
ギィィィィィンッ!!
耳をつんざくような轟音。
暴風が闘技場を切り裂く。
風の刃がレイの腕を、肩を、身体を容赦なく斬り裂いていく。
鮮血が宙を舞った。
「なっ……!」
「くっ……!」
シルフィードは歯を食いしばる。
「なんて力だ……!」
「動けないッ!!」
レイは苦笑した。
「肉を切らせて……骨を断つ、ってな。」
右拳を握る。
そして――
ドォォォンッ!!
腹部へ突き刺さる一撃。
「がはっ……!」
シルフィードの身体が一直線に吹き飛ぶ。
何度も地面を跳ね、
そのまま力なく倒れ込んだ。
次の瞬間。
シルフィードの姿は光に包まれ、控え室へ転送される。
一瞬の静寂。
そして――
「勝者ぁぁぁーーーっ!!」
「ピエロ選手ですーーーっ!!」
闘技場が歓声に包まれた。
「シルフィード選手の攻撃を真正面から受け止めたぁぁーー!!」
「全身を切り刻まれながらも、一撃で勝負を決めました!!」
「まさに真正面からぶつかり合う、グランフェルナ王国伝統の戦い方!!」
「他国へ、その伝統的な強さを見せつける一戦となりましたーー!!」
レイは左腕から流れる血を見て顔をしかめる。
それと同時に。
レイの身体も淡い光に包まれた。
「いってぇ……。」
「左手ズタズタじゃねぇか……。」
「くっそ……。」
「早く戻せー、いてぇよー。」
ぼやいた次の瞬間、景色が切り替わる。
控え室。
左腕を見れば、さっきまで深く裂けていた傷は跡形もなく消えていた。
レイは左手を握ったり開いたりしながら、小さく息を吐く。
「……助かった。」
そこへ、待っていたルコが笑いながら近付いてきた。
「お疲れさーん。」
「結構苦戦してたじゃねぇか。」
「付与以外の属性魔法使うか、刀使えば楽勝だったろ。」
「あんな勝ち方できんの、お前くらいだよ。」
レイは苦笑した。
「うっせぇ。」
「俺ってバレたら面倒だろ。」
「派手な属性魔法も使わねぇし、刀も使わねぇ。」
「俺の特徴出したら意味ねぇんだよ。」
ルコは肩をすくめる。
「いや……。」
「あの数の竜巻一撃で吹き飛ばして。」
「あのえぐい攻撃を真正面から受け止めて。」
「十分目立ってると思うけどな。」
レイは怪我をしていた左腕をさすりながら、笑った。
「バレなきゃいい。」
ルコは呆れたように笑う。
「まあ、心配はしてなかったけど。」
「ついに決勝だな。」
レイの表情が少しだけ引き締まる。
「そうだな……。」
「あの重力魔法。」
「厄介だからな。」
ルコは楽しそうに笑った。
「個人的に、一番楽しみにしてる試合だ。」




