アルベルト魔導大会
照りつける太陽。
雲一つない青空の下、巨大な円形闘技場は数千人もの観客で埋め尽くされていた。
客席から響く歓声。
露店の売り子たちの声。
酒を片手に騒ぐ男たち。
これから始まる戦いを待ち切れない人々の熱気が、闘技場全体を包み込んでいる。
グランフェルナ王国三大イベントの一つ。
アルベルト魔導大会。
かつて十代にして伝説と呼ばれた、グランフェルナ王国の勇者アルベルト。
その名を冠したこの大会には、毎年、各国から十代の優秀な魔法使いたちが集まる。
本戦へ出場するのは、七ヶ国から一人ずつ選ばれた代表者。
そして、一般予選を勝ち抜いた一名。
本戦出場者にはプロハンターへの推薦が与えられることもあり、若い魔法使いたちにとって、この舞台へ立つことは大きな憧れであり、名誉でもあった。
闘技場の中央。
広大な石造りの舞台には、一次予選を突破した百名近い若者たちが集められていた。
剣を持つ者。
杖を構える者。
既に魔力を全身へ巡らせ、周囲を警戒する者。
誰もが本戦へ進む最後の一枠を狙っている。
その中に一人。
明らかに場違いな格好をした男がいた。
金色の髪。
白く塗られた顔。
大きく描かれた口。
派手な衣装。
どこからどう見ても、ピエロだった。
「……。」
ピエロに扮したレイは、無表情のまま闘技場の中央に立っていた。
――一週間ほど前。
「レイ。」
「ん?」
ルコに呼び出されて来てみれば。
何故か、いつになく神妙な顔をしていた。
「…………。」
「…………。」
「何だよ。」
「驚くなよ。」
「何?」
「魔女の口づけは知ってるよな?」
「あぁ。当然。」
魔女の口づけ。
通常の解呪士では決して消すことのできない奴隷紋を、解除することができる極めて希少な解呪アイテム。
奴隷紋は刻まれた者の魔法を封じ、一度刻まれれば、生涯消えることはない。
それを消すことのできる数少ない手段。
そして。
レイがアイリスの奴隷紋を消すため、ずっと探し続けているものでもある。
「ずっと探してるし。」
「だよな。」
ルコが続ける。
「グランフェルナで毎年開かれてる祭典。」
「ん?」
「アルベルト魔導大会。」
「あぁ。」
見たことはない。
だが、名前くらいは聞いたことがある。
「それが?」
「今年の優勝賞品。」
「うん。」
「魔女の口づけだ。」
「…………。」
「…………。」
「は?」
「魔女の口づけ。」
「…………マジ?」
「マジ。」
「本物?」
「あぁ。」
「…………。」
「出るだろ?」
レイは立ち上がる。
「ったりまえだろっ!」
「だよな。」
即答だった。
「ただ。」
「ん?」
「俺、顔は隠したいんだけど。」
自分のまま出たら、とんでもなく面倒くさい。
「あぁ。もちろん。」
ルコが頷く。
「プロ権限で匿名参加もできる。」
「ならいい。」
「そこもちゃんと考えてある。」
「ん?」
ルコが笑った。
「任せとけ。」
「…………。」
「何だよ。」
「いや。」
なんとなく。
嫌な予感がした。
――そして現在。
「…………。」
レイは、あの時のルコの笑顔を思い出していた。
「…………。」
確かに。
誰だかは分からない。
それだけは間違いなかった。
「もっと他にあっただろ。」
「なんでピエロなんだよ。」
ルコの顔を思い出す。
「絶対、面白がってるだろ。」
それだけではない。
この変装には十万も取られている。
「これで十万って……。」
「ぼったくりすぎるだろ。」
大会運営には、既にプロハンターであることを証明している。
右腕に刻まれたプロハンターの刻印。
それを確認した運営幹部数名だけが、ピエロの正体を知っていた。
潜入任務などで身元を秘匿する必要があるプロハンターには、顔を隠したまま大会へ出場する権利が認められている。
一般参加者であれば、こうはいかない。
レイが正体を隠して出場できたのも、プロハンターであったからこそだった。
その時だった。
闘技場全体へ、ファンファーレが鳴り響く。
観客席から大歓声が上がった。
「おぉぉぉぉぉ!!」
「陛下だ!!」
「国王陛下ー!!」
司会を務める女性が、魔導拡声器を手に笑顔で声を張り上げる。
「皆さん、大変お待たせいたしました!!」
「アルベルト魔導大会開幕に先立ちまして、グランフェルナ王国国王、アルフォンス・グランフェルナ陛下より、ご挨拶をいただきます!」
闘技場正面。
王族専用席の中央へ、一人の壮年の男性がゆっくりと立ち上がる。
グランフェルナ王国国王。
アルフォンス・グランフェルナ。
威厳を感じさせる佇まいに、観客たちは一斉に立ち上がった。
「「陛下ー!!」」
「「アルフォンス陛下ー!!」」
アルフォンスは穏やかに右手を上げる。
それだけで、先ほどまでの歓声が嘘のように静まり返った。
「皆、今日はよく集まってくれた。」
落ち着いた声が闘技場へ響く。
「アルベルト魔導大会は、未来を担う若き魔法使いたちが己を磨き、その力を示す晴れの舞台である。」
「勝敗も大切だ。」
「しかし、それ以上に、この舞台で得た経験は必ず諸君らの未来を支える糧となる。」
アルフォンスは、本戦出場者たちへ優しい眼差しを向けた。
「どうか悔いのない戦いを。」
「諸君らの健闘を期待している。」
短い挨拶だった。
それでも会場は、大きな拍手と歓声に包まれる。
「ありがとうございました!」
「国王陛下から温かいお言葉をいただきました!」
司会が再び声を張る。
「そして、本日は第一王子殿下にもお越しいただいております!」
国王の隣に座る、一人の青年へ視線が集まる。
整った金髪。
端正な顔立ち。
まだ若さを残しながらも、王族らしい気品を漂わせていた。
「第一王子、レオン・グランフェルナ殿下です!!」
再び歓声が沸き起こる。
「「レオン殿下ー!!」」
「「こっち向いてー!!」」
レオンは照れくさそうに微笑み、軽く手を振った。
「皆さんご存じの方も多いと思いますが、レオン殿下は十代の頃、このアルベルト魔導大会を制した元優勝者でもあります!」
「今年の若き魔法使いたちへ、大きな期待を寄せてくださっています!」
観客席から、ひときわ大きな拍手が送られる。
レイは王族席を見上げ、小さく目を細めた。
「相変わらず人気あるな。」
口元が僅かに緩む。
司会が再び観客席へ視線を向ける。
「そしてなんと!!」
「皆さんの憧れ中の憧れ!」
「ギルドナイトがお二人も、この若き魔法使いたちの戦いを見届けてくださいます!!」
「まずは、我らがグランフェルナ王国魔導軍総統!」
「ハンターギルド序列第二位!」
「《剣聖》セルバ・ヴィルガルム閣下です!!」
王族席のすぐ隣。
堂々と腕を組み座る壮年の男が、静かに立ち上がる。
白銀の長剣を腰に携えたその姿には、一切の無駄がない。
観客席から割れんばかりの歓声が上がった。
「「剣聖ー!!」」
「「セルバ様ぁぁぁ!!」」
「「総統閣下ー!!」」
セルバは軽く片手を上げるだけで応え、再び静かに席へ腰を下ろした。
「そしてもうお一方!」
「遠路はるばるゲストとしてお越しいただきました!」
「ハンターギルド序列第十一位!」
「《永遠の歌姫》ティア様です!!」
セルバの隣に座る、一人の女性がゆっくりと立ち上がる。
年齢を感じさせない穏やかな笑み。
その姿だけで、会場の空気がどこか柔らかくなる。
「「ティア様ー!!」」
「「歌姫ー!!」」
「「来てくれてありがとう!!」」
ティアは上品に微笑み、小さく手を振る。
歓声は一層大きくなった。
「選手の皆さんも、ぜひ記憶に残る戦いを見せてください!!」
司会が大きく両手を広げる。
「さあっ!!」
「皆さん、大変お待たせいたしました!!」
「一年に一度の大祭典!!」
「アルベルト魔導大会、ついに開幕です!!」
「「ワァァァァァァァァ!!」」
観客席から大歓声が上がる。
「大会の流れは皆さんご存じだと思いますが、改めて説明させていただきます!」
「本戦には、七ヶ国から選ばれた十代最強の魔法使いが一名ずつ出場!」
「そして今、闘技場にいる一次予選突破者、約百名の中から一名だけが本戦へ進むことを許されます!」
出場者たちの表情が引き締まる。
「さすがに二次予選を終えた直後に本戦第一試合は厳しいので、ここで勝ち残った選手は一回戦最後の試合へ出場していただきます!」
「そして!」
司会の女性は大きく腕を広げた。
「二次予選の内容は毎年変わりますが、今年は皆さんも大好きな――」
一拍置く。
「バトルロイヤルです!!」
「「ウォォォォォォォォ!!」」
観客席の熱気が一気に膨れ上がった。
百名近い魔法使いが同じ闘技場で戦う。
その中で、最後まで立っていられるのは一人だけ。
「さあ!」
「百名が入り乱れるこの戦い!」
「本戦への切符を手にするのは、いったい誰なのか!!」
司会が腕を振り上げる。
「それでは――」
出場者たちが一斉に構えた。
「始めぇぇぇぇっ!!」




