カップルイベント
食べ物の屋台を眺めながら、二人は通りを歩いていく。
「何か食べたいものある?」
「そうね……。」
ヒナが左右の屋台を見る。
「まだ決めてないわ。」
「俺も。」
「さっきからずっとそうじゃない。」
「色々あるから迷うんだよ。」
「だったら少しずつ食べればいいでしょう?」
「…………。」
レイがヒナを見る。
「天才か?」
「何よ、その反応。」
「いや、それでいこう。」
昼飯を一つに決める必要などない。
せっかく屋台がこれだけ並んでいるのだから、気になったものを少しずつ食べればいい。
「じゃあ、とりあえずあれ。」
レイが近くの屋台を指差す。
炭火の上で、大きめに切られた肉が焼かれている。
甘辛いタレを何度も塗りながら焼いているらしく、表面には照りがあり、香ばしい匂いが辺りに漂っていた。
「美味しそうね。」
「だろ。」
二人で屋台へ向かう。
「おっちゃん、これ二本。」
「あいよ!」
代金を払い、焼きたての串を二本受け取る。
「ほい。」
「ありがと。」
一本をそのままヒナへ渡す。
レイも自分の串へ齧りついた。
「ん。」
「どう?」
「美味い。」
ヒナも一口食べる。
「……美味しいわね。」
「だろ?」
「あなたが作ったわけじゃないでしょう。」
「俺が選んだ。」
「私も美味しそうって言ったわよ。」
「じゃあ二人の功績だな。」
「何の功績よ。」
そんな話をしながら、再び歩き出す。
少し食べて。
気になる屋台があれば覗いて。
そのまま次へ。
最初は昼食を探していただけだったはずが、いつの間にか完全な食べ歩きになっていた。
⸻
やがて。
二人は下級区の中央へ出た。
いくつもの大通りが交わる場所に作られた、大きな広場。
普段から人の多い場所だが。
「ん?」
今日はいつも以上に賑わっている。
広場の中央に簡易的な舞台が組まれ、その周囲を大勢の人が取り囲んでいた。
色とりどりの旗。
飾り付けられた看板。
広場の外周には、普段より多くの屋台まで並んでいる。
「なんかやってるな。」
「そうみたいね。」
二人は串を食べながら、人だかりの横を歩く。
舞台の上では、よく通る声の男が何かを説明していた。
『さあ! まだまだ参加者を募集しております!』
「参加型か。」
「何の催しなのかしら。」
少し近づく。
大きな看板が見えた。
「…………。」
レイが読む。
「カップルイベント。」
「あぁ。」
ヒナも看板を見る。
「毎年やってるやつね。」
「へぇ。」
内容までは知らないが、存在くらいは聞いたことがある。
恋人同士でいくつかの競技に挑み、その結果を競う催しらしい。
「面白そうだな。」
「見る分にはね。」
「何やるんだろ。」
「さあ。」
二人とも立ち止まるほどではない。
人だかりを横目に、そのまま周囲の屋台を見て回る。
「次何食う?」
「さっきお肉だったから、別のものがいいわ。」
「魚?」
「それもいいわね。」
「向こうに揚げたやつあるぞ。」
「あれ見てみましょう。」
完全に興味は食べ物へ戻っていた。
その時。
『そして皆様!』
舞台から、大きな声が響く。
『今回ももちろん! 優勝したお二人には、特別な賞品をご用意しております!』
「優勝賞品か。」
「何かしらね。」
歩きながら、なんとなく聞く。
『今年の優勝賞品は――!』
司会の男が大きく間を取る。
『ホワイトカウビットのお肉です!!』
「は?」
「え?」
二人の足が。
同時に止まった。
『今年の優勝賞品は――!』
司会の男が大きく腕を広げる。
『ホワイトカウビットのお肉です!!』
「は?」
「え?」
二人の足が。
同時に止まった。
「…………。」
「…………。」
レイがゆっくりと振り返る。
ヒナも同時に舞台を見る。
『それも今回ご用意したのは、なんと丸々一頭分! 滅多に市場へ出回らない最高級のホワイトカウビットをご用意しております!』
「…………。」
「…………。」
ホワイトカウビット。
極寒地域に生息する希少な魔獣。
肉質は非常に柔らかく、脂には独特の甘みがある。
そして何より。
まず市場に出ない。
レイも何度か食べたことがある程度。
ヒナも同じだった。
二人とも。
大好物である。
「…………ヒナ。」
「何よ。」
「俺、やることができた。」
「…………。」
「お前は家に帰ってろ。」
「は?」
ヒナがレイを見る。
「あなたこそ帰りなさいよ。」
「いや。」
レイは真剣な顔で首を振った。
「こっちは、それどころじゃない。」
「私だってそうよ。」
「…………。」
「…………。」
視線がぶつかる。
少し前まで、一緒に昼飯を食べながら歩いていた二人とは思えない。
「……まあいい。」
レイが先に目を逸らした。
「まず相手だな。」
「そうね。」
カップルイベント。
当然、一人では参加できない。
「…………。」
レイが考える。
誰か。
今すぐ呼べて。
女で。
こういう催しに付き合ってくれそうな相手。
「シルク……。」
真っ先に浮かんだ。
「…………いや。」
この時間。
ジパング。
「地獄だな……。」
ちょうど昼時だ。
定食屋は今頃、客で埋まっている。
そんな中で、カップルイベントに出たいから少し店を抜けてくれ、などと交渉している暇はない。
「アイリス……。」
今は学園にいる。
仮にいたとして。
「…………。」
どう考えても即座にバレる。
カップルには見えない。
「他は……。」
考える。
「…………。」
いない。
「…………あれ?」
本当にいない。
「…………。」
一方。
ヒナも同じように考えていた。
「父上……。」
頭に浮かべた瞬間。
「論外ね。」
即座に消す。
そもそもカップルイベントだ。
何を考えている。
「部下……。」
何人か顔が浮かぶ。
「…………。」
駄目だ。
こんな催しに誘えば、余計な勘違いをされかねない。
「あ。」
もう一人。
「ルコなら……。」
こういう妙な催しでも、面白がって付き合いそうではある。
だが。
「…………。」
今、どこにいる。
連絡手段もない。
探している間に受付が終わる可能性もある。
「どうしよう……。」
ヒナが小さく呟く。
「…………。」
「…………。」
いない。
「…………。」
「…………。」
そして。
ほぼ同時に。
二人が顔を上げた。
「…………。」
「…………。」
目が合う。
「…………。」
「…………。」
しばらく。
何も言わない。
レイがヒナを見る。
ヒナもレイを見る。
「…………お前って。」
「何よ。」
「女だよな……?」
「失礼ね。」
ヒナの眉が寄る。
「あなたこそ男よね?」
「…………。」
「…………。」
また沈黙。
遠くでは司会の声が響いている。
『参加をご希望のお二人は、広場東側の受付までどうぞー! まだまだ募集しております!』
「…………。」
「…………。」
レイが口を開いた。
「お前も同じこと考えてるみたいだな。」
「……そうみたいね。」
「…………。」
レイは腕を組む。
「俺は当然、他に誘えるやつがいる。」
「奇遇ね。私もよ。」
「ただ。」
「あら。」
「ここでお互い別の相手連れて参加して、潰し合っても仕方ない。」
「…………。」
「お前は強敵だ。」
輪投げ。
先ほど完敗したばかりである。
それ以外にも。
普段から何度も遊びで競っている。
ヒナがこういう勝負事に強いことは、レイもよく知っていた。
「敵に回すより、味方にした方がいい。」
「…………。」
ヒナも少し考える。
「そうね。」
レイも十分すぎるほど強敵だ。
身体能力。
判断力。
器用さ。
何をやらされるか分からない催しなら、相方としてこれ以上ない。
「私も他に誘える人はいるけど。」
「あぁ。」
「あなたは強敵だしね。」
「だろ?」
「そこは少し腹立つけど。」
「事実だからな。」
「…………。」
ヒナが小さく息を吐いた。
そして。
手を差し出す。
「手を組みましょう。」
「話が早い。」
レイもその手を取った。
「狙いは?」
「もちろん。」
二人同時に答える。
「「ホワイトカウビット。」」
「よし。」
「えぇ。」
二人は手を離す。
こうして。
ホワイトカウビットの肉を巡り。
レイとヒナの、一時的な共闘が成立した。




