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LAVeLESS  作者: 神矢
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64/90

下級区の屋台

 王都の昼下がり。


 空はよく晴れ、夏を前にした陽射しが石造りの街並みを明るく照らしていた。


 大通りを行き交う人々の数も多い。


 仕事へ向かう者。


 買い物袋を抱えた者。


 昼食を求めて店を覗く者。


 荷車を引く商人の声に、通りを走る子供たちの笑い声。


 いつもと変わらない、王都の日常だった。


 そんな中。


「んー……。」


 レイは通りの真ん中で、大きく伸びをした。


 珍しく、今日の仕事は午前中だけで終わった。


 朝からいくつか依頼を回ったものの、どれも大した時間はかからず、午後に入っている仕事もない。


 このまま家に戻ってもいい。


 だが、アイリスは学園に行っている。


 昼飯も一人だ。


「どうすっかな。」


 少し考えて。


「……下級区行くか。」


 せっかく早く終わったのだ。


 家で適当に済ませるより、美味いものでも食べたい。


 レイはそのまま足を下級区へ向けた。



 王都の下級区。


 名前だけを聞けば少々物騒な印象を受ける者もいるが、実際には人の暮らしが密集した、活気のある地域だ。


 中級区や上級区と比べれば道は狭く、建物同士の間隔も近い。


 その代わり。


 通りには所狭しと店が並び、露店や屋台も多い。


 安い。


 美味い。


 種類も多い。


 食べ物だけでなく、輪投げや射的のような遊びを扱う屋台まである。


 レイは暇ができると、たまにこうして下級区まで足を運んでいた。


「何にしようかなー。」


 昼時の通りを歩く。


 串に刺した肉。


 香辛料を利かせた煮込み。


 油で揚げた魚。


 鉄板の上では何かの生地が焼かれ、その隣では大鍋から湯気が上がっている。


「肉もいいけど……。」


 少し先には、以前食べた麺料理の屋台も見える。


 あれも美味かった。


「んー。」


 一つ選ぶには、まだ早い。


 とりあえず一周してから決めるか。


 そう思い、何気なく通りの先へ視線を向けて。


「…………。」


 見覚えのある姿を見つけた。


 胸元まで真っ直ぐに伸びた金色の髪。


 屋台を覗き込みながら、何やら商品を眺めている。


「…………。」


 レイの口元が僅かに上がった。


 静かに近づいて。


「これはこれは。」


「?」


 少女――ヒナが振り返った。


「大貴族のお嬢様で、魔導軍本部所属の少佐様がこんな所で遊んでるなんて。」


「…………。」


 ヒナの眉が僅かに動く。


「よほどおひまなんですね。」


「あら?」


 ヒナが微笑んだ。


「いらしたの?」


「えぇ。たまたまですが。」


「そう。」


 ヒナはレイを見て。


「プロハンターなのにも関わらず、近所の犬のお散歩ばかりしてる怠け者さん?」


「…………。」


「プロとしてのプライドがないのかしらね?」


「全く。」


 レイは小さく息を吐いた。


「これだから堅物は……。」


「あら。何か仰いました?」


「固定観念で、プロの仕事を決めつけるような愚かなことをするなんて。」


 残念そうに首を振る。


「さすが軍の犬ですね。」


「なんですって!?」


「おや。」


 レイが笑う。


「図星を突かれて怒っちゃうなんて。」


「誰が図星よ!」


「これだから子供は。」


「もう一度言ってみなさい!」


「子供?」


「今日こそ決着をつけるわよ!」


「臨むところだ!」


 レイが周囲を見回す。


「まずはマグーラ叩きだ!」


「いいわ!」


 二人はすぐ近くの屋台へ向かった。


「……って、待ちなさい。」


「何?」


「どうしてあなたが勝手に競技を決めるのよ。」


「もう着いたぞ。」


「そういう問題じゃないわよ!」



「はい、終了ー!」


 店主の声と同時に、レイが木槌を置いた。


「…………。」


「…………。」


 結果は。


 レイ、二百八十七点。


 ヒナ、百九十二点。


「いやぁ。」


 レイが得意げに腕を組む。


「惜しかったな。」


「どこがよ。」


「百点くらい。」


「それを惜しいとは言わないでしょう!」


「そう?」


「そうよ!」


「魔導軍本部少佐ともあろう方が、マグーラ相手にこの程度とは。」


「ただの遊びでしょうが!」


「戦場でマグーラが出てきたらどうするんだ。」


「出てこないわよ!」


「絶対とは言い切れないだろ。」


「どんな戦場よ!」


 レイが笑う。


「まあ、一勝だな。」


「…………。」


 ヒナは周囲を見回した。


「次。」


「まだやるの?」


「当然でしょう。」


 そして。


 一つの屋台を指差す。


「輪投げ。」


「…………。」


「次はあれよ。」


「お前、それ得意なやつじゃん。」


「あら?」


 ヒナが振り返る。


「マグーラ叩きは、自分が得意なものを選んだくせに?」


「まあ、それはそうだけど。」


「怖いの?」


「誰がだよ。」


「なら決まりね。」


「いいよ。やってやる。」



「はい、一人十本ね!」


 店主から輪を受け取る。


 先攻はレイ。


「よし。」


 一本目。


 入る。


 二本目も入る。


 三本目。


 棒へ僅かに当たり、外れた。


「あ。」


「ふふ。」


「何笑ってんだよ。」


「別に?」


「まだ一回外しただけだからな。」


「何も言ってないでしょう?」


「顔がうるさい。」


 その後も投げ続け。


 十本中、七本。


「まあ、悪くないな。」


「そうね。」


 ヒナが輪を受け取る。


「じゃあ、次は私ね。」


「はいはい。」


 レイは少し離れる。


 ヒナが輪投げを得意なのは知っている。


 以前にも何度か負けていた。


「今日は何本入れるかな。」


「あら。」


 ヒナが一本目を構える。


「随分余裕ね。」


「七本は入れたからな。少しくらいはプレッシャーになるだろ。」


「そうかしら?」


 投げる。


 入る。


 二本目。


 入る。


 三本目。


 入る。


「…………。」


 四本目。


 入る。


 五本目。


 入る。


「お前、本当に上手いな。」


「今さら?」


「いや、分かってたけどさ。」


 六本目。


 入る。


 七本目。


 少し遠い棒へ。


 それも綺麗に入った。


「もう並んだぞ。」


「見れば分かるわ。」


 八本目。


 入る。


「はい、負け。」


「まだ終わってないでしょう?」


「もう俺より入ってるんだから終わってるだろ。」


「全部入れるのよ。」


「そこまでやる?」


「当然。」


 九本目。


 入る。


 そして最後の一本。


 ヒナは最も奥の棒へ狙いを定めた。


 軽く腕を振る。


 輪が綺麗な弧を描き――。


 そのまま、すっぽりと棒へ収まった。


「おぉ! 十本全部!」


 店主が声を上げる。


「すごいねぇ、お姉ちゃん!」


「ありがとうございます。」


 ヒナが満足そうに微笑んだ。


「…………。」


 レイは並んだ輪を見る。


 それからヒナを見る。


「……相変わらず意味分からんくらい上手いな。」


「才能かしら。」


「輪投げの?」


「何よ。」


「いや。」


 少し考える。


「魔導軍本部少佐の隠された才能が輪投げだったとは。」


「殴るわよ?」


「暴力反対。」


「誰のせいよ。」


「これで一勝一敗だな。」


「えぇ。」


「次で決着か。」


「そうね。」


 レイが次の屋台を探そうと周囲を見る。


 その時。


 肉を焼く香ばしい匂いが流れてきた。


「…………。」


 レイの視線がそちらへ向く。


「あ。」


「何?」


「そういや俺、昼飯食いに来たんだった。」


「…………。」


 ヒナも少し考える。


「そういえば、私もまだ食べてないわ。」


「じゃあ最後の勝負の前に腹ごしらえしようぜ。」


「そうね。」


 ヒナも食べ物の屋台が並ぶ通りへ目を向けた。


「何か食べましょ。」


「何食う?」


「そうね……。」


 二人は屋台を眺めながら、そのまま並んで歩き出した。

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