下級区の屋台
王都の昼下がり。
空はよく晴れ、夏を前にした陽射しが石造りの街並みを明るく照らしていた。
大通りを行き交う人々の数も多い。
仕事へ向かう者。
買い物袋を抱えた者。
昼食を求めて店を覗く者。
荷車を引く商人の声に、通りを走る子供たちの笑い声。
いつもと変わらない、王都の日常だった。
そんな中。
「んー……。」
レイは通りの真ん中で、大きく伸びをした。
珍しく、今日の仕事は午前中だけで終わった。
朝からいくつか依頼を回ったものの、どれも大した時間はかからず、午後に入っている仕事もない。
このまま家に戻ってもいい。
だが、アイリスは学園に行っている。
昼飯も一人だ。
「どうすっかな。」
少し考えて。
「……下級区行くか。」
せっかく早く終わったのだ。
家で適当に済ませるより、美味いものでも食べたい。
レイはそのまま足を下級区へ向けた。
⸻
王都の下級区。
名前だけを聞けば少々物騒な印象を受ける者もいるが、実際には人の暮らしが密集した、活気のある地域だ。
中級区や上級区と比べれば道は狭く、建物同士の間隔も近い。
その代わり。
通りには所狭しと店が並び、露店や屋台も多い。
安い。
美味い。
種類も多い。
食べ物だけでなく、輪投げや射的のような遊びを扱う屋台まである。
レイは暇ができると、たまにこうして下級区まで足を運んでいた。
「何にしようかなー。」
昼時の通りを歩く。
串に刺した肉。
香辛料を利かせた煮込み。
油で揚げた魚。
鉄板の上では何かの生地が焼かれ、その隣では大鍋から湯気が上がっている。
「肉もいいけど……。」
少し先には、以前食べた麺料理の屋台も見える。
あれも美味かった。
「んー。」
一つ選ぶには、まだ早い。
とりあえず一周してから決めるか。
そう思い、何気なく通りの先へ視線を向けて。
「…………。」
見覚えのある姿を見つけた。
胸元まで真っ直ぐに伸びた金色の髪。
屋台を覗き込みながら、何やら商品を眺めている。
「…………。」
レイの口元が僅かに上がった。
静かに近づいて。
「これはこれは。」
「?」
少女――ヒナが振り返った。
「大貴族のお嬢様で、魔導軍本部所属の少佐様がこんな所で遊んでるなんて。」
「…………。」
ヒナの眉が僅かに動く。
「よほどおひまなんですね。」
「あら?」
ヒナが微笑んだ。
「いらしたの?」
「えぇ。たまたまですが。」
「そう。」
ヒナはレイを見て。
「プロハンターなのにも関わらず、近所の犬のお散歩ばかりしてる怠け者さん?」
「…………。」
「プロとしてのプライドがないのかしらね?」
「全く。」
レイは小さく息を吐いた。
「これだから堅物は……。」
「あら。何か仰いました?」
「固定観念で、プロの仕事を決めつけるような愚かなことをするなんて。」
残念そうに首を振る。
「さすが軍の犬ですね。」
「なんですって!?」
「おや。」
レイが笑う。
「図星を突かれて怒っちゃうなんて。」
「誰が図星よ!」
「これだから子供は。」
「もう一度言ってみなさい!」
「子供?」
「今日こそ決着をつけるわよ!」
「臨むところだ!」
レイが周囲を見回す。
「まずはマグーラ叩きだ!」
「いいわ!」
二人はすぐ近くの屋台へ向かった。
「……って、待ちなさい。」
「何?」
「どうしてあなたが勝手に競技を決めるのよ。」
「もう着いたぞ。」
「そういう問題じゃないわよ!」
⸻
「はい、終了ー!」
店主の声と同時に、レイが木槌を置いた。
「…………。」
「…………。」
結果は。
レイ、二百八十七点。
ヒナ、百九十二点。
「いやぁ。」
レイが得意げに腕を組む。
「惜しかったな。」
「どこがよ。」
「百点くらい。」
「それを惜しいとは言わないでしょう!」
「そう?」
「そうよ!」
「魔導軍本部少佐ともあろう方が、マグーラ相手にこの程度とは。」
「ただの遊びでしょうが!」
「戦場でマグーラが出てきたらどうするんだ。」
「出てこないわよ!」
「絶対とは言い切れないだろ。」
「どんな戦場よ!」
レイが笑う。
「まあ、一勝だな。」
「…………。」
ヒナは周囲を見回した。
「次。」
「まだやるの?」
「当然でしょう。」
そして。
一つの屋台を指差す。
「輪投げ。」
「…………。」
「次はあれよ。」
「お前、それ得意なやつじゃん。」
「あら?」
ヒナが振り返る。
「マグーラ叩きは、自分が得意なものを選んだくせに?」
「まあ、それはそうだけど。」
「怖いの?」
「誰がだよ。」
「なら決まりね。」
「いいよ。やってやる。」
⸻
「はい、一人十本ね!」
店主から輪を受け取る。
先攻はレイ。
「よし。」
一本目。
入る。
二本目も入る。
三本目。
棒へ僅かに当たり、外れた。
「あ。」
「ふふ。」
「何笑ってんだよ。」
「別に?」
「まだ一回外しただけだからな。」
「何も言ってないでしょう?」
「顔がうるさい。」
その後も投げ続け。
十本中、七本。
「まあ、悪くないな。」
「そうね。」
ヒナが輪を受け取る。
「じゃあ、次は私ね。」
「はいはい。」
レイは少し離れる。
ヒナが輪投げを得意なのは知っている。
以前にも何度か負けていた。
「今日は何本入れるかな。」
「あら。」
ヒナが一本目を構える。
「随分余裕ね。」
「七本は入れたからな。少しくらいはプレッシャーになるだろ。」
「そうかしら?」
投げる。
入る。
二本目。
入る。
三本目。
入る。
「…………。」
四本目。
入る。
五本目。
入る。
「お前、本当に上手いな。」
「今さら?」
「いや、分かってたけどさ。」
六本目。
入る。
七本目。
少し遠い棒へ。
それも綺麗に入った。
「もう並んだぞ。」
「見れば分かるわ。」
八本目。
入る。
「はい、負け。」
「まだ終わってないでしょう?」
「もう俺より入ってるんだから終わってるだろ。」
「全部入れるのよ。」
「そこまでやる?」
「当然。」
九本目。
入る。
そして最後の一本。
ヒナは最も奥の棒へ狙いを定めた。
軽く腕を振る。
輪が綺麗な弧を描き――。
そのまま、すっぽりと棒へ収まった。
「おぉ! 十本全部!」
店主が声を上げる。
「すごいねぇ、お姉ちゃん!」
「ありがとうございます。」
ヒナが満足そうに微笑んだ。
「…………。」
レイは並んだ輪を見る。
それからヒナを見る。
「……相変わらず意味分からんくらい上手いな。」
「才能かしら。」
「輪投げの?」
「何よ。」
「いや。」
少し考える。
「魔導軍本部少佐の隠された才能が輪投げだったとは。」
「殴るわよ?」
「暴力反対。」
「誰のせいよ。」
「これで一勝一敗だな。」
「えぇ。」
「次で決着か。」
「そうね。」
レイが次の屋台を探そうと周囲を見る。
その時。
肉を焼く香ばしい匂いが流れてきた。
「…………。」
レイの視線がそちらへ向く。
「あ。」
「何?」
「そういや俺、昼飯食いに来たんだった。」
「…………。」
ヒナも少し考える。
「そういえば、私もまだ食べてないわ。」
「じゃあ最後の勝負の前に腹ごしらえしようぜ。」
「そうね。」
ヒナも食べ物の屋台が並ぶ通りへ目を向けた。
「何か食べましょ。」
「何食う?」
「そうね……。」
二人は屋台を眺めながら、そのまま並んで歩き出した。




