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LAVeLESS  作者: 神矢
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研究者の血が騒いだ

 講義が終わった。


 研究室へ戻ったバルテシアは、すぐに紙を広げた。


「…………。」


 レイが最初に変えた前提。


 そこから自分が指摘した問題。


 さらにレイが変更した条件。


 そして、最後に二人で辿り着いたところ。


「まずは……ここだな。」


 ペンを走らせる。


 元となった理論についてなら、嫌というほど知っている。


 発表された当初の形。


 その後に発見された問題。


 修正。


 派生。


 反証。


 再修正。


 数十年。


 世界中の研究者が積み重ねてきたものだ。


 当然、バルテシア自身も研究したことがある。


「なら、これを――」


 既存の理論を一つ当てはめる。


「…………違う。」


 消す。


 別のもの。


「これなら……。」


 計算する。


「…………。」


 また消す。


「いや。」


 まだある。


 この条件なら、別の理論が使える。


「…………。」


 駄目だ。


 なら――。



 一日が過ぎた。


 翌日。


 机には大量の紙が積み上がっていた。


「…………。」


 バルテシアはその一枚を丸めて放り投げた。


「違う。」


 すぐに次の紙を取る。


 頭の中には、いくつもの理論がある。


 この現象に適用できるもの。


 似た条件で成立するもの。


 過去に失敗したもの。


 現在では使われていない古い理論まで。


 一つずつ引っ張り出す。


 組み合わせる。


 計算する。


 崩れる。


 戻る。


 また別の方向から試す。


 ⸻


 三日目。


「…………違う。」


 また。


「…………これも駄目か。」


 バルテシアは椅子の背にもたれた。


 目元には濃い疲労が浮かんでいる。


 この三日間、ほとんど寝ていなかった。


 食事も最低限。


 講義以外の空いた時間のほぼ全てを、この問題に使った。


 それでも――。


「…………。」


 進まない。


 ある一点から先へ行けない。


 どこから計算しても。


 どの理論を持ってきても。


 必ずここへ戻ってくる。


「……どうしろというんだ。」


 天井を見る。


 分かっている。


 簡単なはずがない。


「何十年だぞ……。」


 この理論が生まれてから。


 何十年もの間。


 数え切れないほどの研究者が検証した。


 改良した。


 失敗した。


 また別の研究者が続きを考えた。


 バルテシア自身も、その一人だ。


 小さな修正ならあった。


 精度も上がった。


 適用できる範囲も少しずつ広がった。


 だが。


 根本に手を入れるほどの大きな改善は、一度も成功していない。


「…………。」


 だからこそ。


 あの発想が頭から離れない。


 もし完成すれば。


 今あるものより、明らかに実用性の高い理論になる。


 可能性が見えてしまった。


 届くかもしれない。


 だから諦められない。


 なのに――。


「……ここから先が分からん。」


 バルテシアは額を押さえた。


 もう何時間、同じ場所を回っているのか。


「…………駄目だ。」


 立ち上がる。


「一度、頭を冷やそう。」


 このまま机に座っていても同じだ。


 外の空気でも吸った方がいい。



 夜。


 バルテシアは上級区を歩いていた。


「…………。」


 考えない。


 今だけは忘れる。


 そう決めたはずなのに。


 頭の中では勝手に計算が続いている。


「……違う。」


 歩きながら呟く。


 また考えている。


「だから、それでは……。」


 気づけば随分と歩いていた。


「…………。」


 顔を上げる。


 いつの間にか上級区を抜けている。


 中級区。


「…………?」


 なぜこちらへ来た。


 足を止める。


 戻ろうかと思った。


 だが。


「…………。」


 一人の男が頭に浮かんだ。


 レイ。


 住所なら知っている。


 学園で雇っている以上、当然、登録されている住所も把握していた。


「…………。」


 いや。


 別に会いに行く必要はない。


 今日は頭を冷やしに出てきただけだ。


「…………。」


 再び歩き出した。



「すまない。」


「はい?」


 道端にいた住民へ声をかける。


「この辺りに、何でも屋のレイという男が住んでいると思うのだが。」


「あぁ! レイさん?」


 すぐに通じた。


「そうだ。」


「レイさんなら、こっちの道を曲がったところですよ!」


「そうか。ありがとう。」


「何か頼むんですか?」


「いや。」


 バルテシアは少し考える。


「……まだ分からない。」


「そうなんですか?」


「あぁ。」


「でも、レイさんに任せれば安心ですよ!」


「…………。」


「大丈夫です。必ず解決してくれますから!」


「……そうか。」


「はい!」


 随分と。


 信頼されているらしい。


 学園での評価だけではないのか。


「ありがとう。」


「いえいえ!」


 教えられた方向へ歩く。


「…………。」


 妙に近所からの信頼が厚い男だ。


 何でも屋。


 そういえば、あいつの本業はそちらだったな。


 そんなことを考えながら道を曲がる。


 そして。


「…………。」


 足が止まった。


 目の前に、三階建の家がある。


「…………。」


 バルテシアはしばらく、それを見ていた。


 そこでようやく。


 自分が何をしているのかに気づいた。


「…………なぜ私はここにいる?」


 夜。


 頭を冷やすために研究室を出たはずだった。


 散歩するだけだった。


 誰かに相談すると決めたわけでもない。


 レイに会おうと決めた記憶もない。


 なのに。


「…………。」


 気づけば。


 バルテシアは、レイの家の前に立っていた。

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