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LAVeLESS  作者: 神矢
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61/86

Researcher

 土曜日。


 一年Sクラス、戦闘魔法術。


「――だから、相手より魔力量が多いからって、それだけで有利だとは思わない方がいい。」


 レイは黒板に簡単な図を書いた。


「もちろん、多い方が選択肢は増える。」


「長期戦にも強い。」


「でかい魔法も使いやすい。」


「基本的には多い方がいい。」


 生徒たちは静かに話を聞いている。


「でも、実際に戦う時に重要なのは、その魔力をどう使うかだ。」


 後方。


 教室の扉が静かに開いた。


 数人の講師と共に、一人の男が入ってくる。


「…………。」


 レイがちらりと見る。


 バルテシア・アバルテス。


「あ。」


 小さく声が漏れた。


 ――俺のこと嫌いな教授だ。


 なぜか知らないが、会うたびに妙な目で見てくる。


 睨まれている、と言ってもいい。


 最初に会った時からそうだった。


「…………。」


 今日も見ている。


 やっぱり睨んでる。


 ――まあ、いいか。


 何か言われたわけでもない。


 レイはそのまま黒板へ向き直った。


「例えば、同じだけ魔力を使ったとしても――」



 バルテシアは黙って講義を聞いていた。


 初めてだった。


 レイが一年Sクラスで戦闘魔法術を担当するようになってから、それなりの時間が経っている。


 評判は聞いている。


 生徒からも。


 他の教師からも。


 悪い話は、ほとんど聞かない。


 それでも。


 バルテシアが自ら講義を見に来ることはなかった。


「――ここで一回、相手の立場になって考えてみろ。」


 レイが生徒へ問いかける。


「自分より魔力が少ない相手が、わざわざ正面から大きな魔法を撃ってきた。どう思う?」


 一人が手を挙げる。


「何か狙いがあると考えます。」


「そうだな。じゃあ何を警戒する?」


 別の生徒が答える。


「魔法そのものが囮である可能性です。」


「うん。例えば?」


「視界を塞いで接近する。」


「あるな。」


「別方向から魔法を撃つ。」


「それもある。」


 次々と意見が出る。


 レイは否定しない。


 答えを一つに絞ろうともしない。


 出てきた答えを拾い、その先へ繋げていく。


「じゃあ逆に、お前らが仕掛ける側なら?」


 また手が挙がる。


 教室の空気は軽い。


 だが、緩んではいない。


 全員が考えている。


「…………。」


 バルテシアは腕を組んだ。


 ――分かりやすい。


 まず、それを認めざるを得なかった。


 専門用語を必要以上に使わない。


 だが、内容を薄めているわけでもない。


 生徒自身に考えさせながら、必要なところだけ修正している。


 それに――。


「そもそも、相手がこう動くって前提で考える必要もないからな。」


 レイが黒板の図を消す。


「相手が何をするか分からないなら、自分が何をされたら困るかを先に考えた方が早いこともある。」


「…………。」


 まただ。


 先日の魔法理論学と同じ。


 既存の考え方を否定しているわけではない。


 理解したうえで、当然のように別の方向から見る。


 発想が柔らかい。


 いや。


 柔らかいという言葉だけでは足りない。


 前提そのものに拘泥しない。


 そして、それを生徒にも分かる言葉へ落としている。


「…………なるほど。」


 小さく呟く。


 これなら。


 生徒から評価が高いのも頷ける。


「…………。」


 ――いや。


 バルテシアの眉間に皺が寄った。


 何を感心している。


 今日はこいつを褒めに来たのではない。


 先日の魔法理論学。


 あれが本当に偶然だったのか。


 少しばかり発想が変わっているだけなのか。


 それを確かめに来たのだ。


 ちょうど講義が一区切りついた。


「レイ先生。」


「はい?」


 突然呼ばれ、レイが振り返る。


「少しいいかね?」


「はい。なんでしょう。」


 バルテシアが前へ出る。


「君に一つ聞きたい。」


「はい。」


「――ローレン理論についてだ。」


「…………。」


「君なら、何か改善点を挙げられるかね?」


「すみません。」


 レイは即答した。


「それ、知りません。」


「…………。」


 バルテシアが止まる。


「知らない?」


「はい。」


「ローレン理論を?」


「はい。」


「…………。」


 予想外だった。


 かなり有名な理論だ。


 とはいえ――。


 魔法理論学を専門としていない者が知らなくとも、おかしくはない。


 内容もかなり高度になる。


「……理論そのものを知らないということか。」


「そうですね。名前も初めて聞きました。」


「ふむ。」


 なら仕方がない。


「簡単に説明しよう。」


「お願いします。」


 バルテシアは黒板へ向かった。


 要点だけを書く。


「ローレン理論とは――」


 説明は短い。


 細かな成立過程や派生理論は省く。


 今必要なのは、その骨格だけだ。


「――以上だ。」


「なるほど。」


 レイが黒板を見る。


「つまり、ここを固定した状態で、こっちの変化を予測するわけですね。」


「そうだ。」


「ふーん……。」


 理解は早い。


 そこは先日の一件で分かっている。


「…………。」


 レイが黒板を見つめる。


「んー……。」


 バルテシアの口元が僅かに緩んだ。


 ――くくく。


 考えている。


 だが、無駄だ。


 後方で見ていた教授たちも、互いに顔を見合わせた。


 明らかに意地の悪い質問だった。


 ローレン理論。


 この分野に関わる者なら、誰もが知る完成度の高い理論の一つ。


 発表されてから数十年。


 世界中の研究者が検証した。


 反証を試みた。


 改良も試みた。


 そのたびに細部は補強され――現在の形になった。


 今さら簡単に見つけられるような改善点など、残っていない。


 まして。


 今初めて理論を知った男に。


「…………。」


 レイはまだ黒板を見ている。


 バルテシアは腕を組んだ。


 ないものを考えても仕方がない。


 さて。


 どこで諦める。


「……あ。」


「ん?」


 レイが黒板へ近づいた。


「これならどうでしょう。」


「…………なに?」


 バルテシアの表情から、笑みが消えた。


 レイは黒板の端を指す。


「ここです。」


「…………。」


「この理論って、最初にこれを固定してますよね?」


「あぁ。」


「だったら――」


 レイはチョークを取った。


「固定しなければいいんじゃないですか?」


「…………。」


 教室が静かになった。


 バルテシアは黒板を見る。


「いや。」


 すぐに答える。


「それでは、この条件が成立しない。」


「あぁ、はい。」


「さらにこちらの値も不定になる。結果として理論全体が――」


「あ、じゃあ。」


 レイが一本、線を引いた。


「ここも一緒に動かします。」


「…………。」


「これなら?」


「…………待て。」


 バルテシアが黒板へ近づいた。


「その場合――」


 式を追う。


「…………。」


 違う。


 これでは別の場所に問題が出る。


「ここだ。」


「あー。」


 レイも見る。


「確かに。」


「だから成立しない。」


「じゃあ……。」


 レイが少し考える。


「こっちを先に変えたら?」


「それでは――」


 言いかけて。


 止まった。


「…………。」


 頭の中で組む。


「……いや。」


 もう一度。


「…………。」


 バルテシアがチョークを取った。


「待て。」


 自分で書く。


「ここをこうして……。」


「なら、こっちはそのままでいいですよね。」


「いや。そこは残すな。こちらへ回せ。」


「あぁ、なるほど。」


「そうすれば……。」


「…………。」


「…………。」


 二人とも黙った。


 黒板を見る。


 後ろにいる教師たちも、もう口を挟まない。


「…………レイ。」


「はい?」


「今の発想。」


「はい。」


「どこで知った?」


「え?」


「何の理論を参考にした?」


「いや。」


 レイが首を傾げる。


「今考えましたけど。」


「…………。」


「これじゃ駄目ですか?」


「…………。」


 バルテシアは答えなかった。


 黒板を見る。


 もう一度、最初から追う。


 完成してはいない。


 問題も残っている。


 この場で「改善された」などと言える段階ではない。


 だが。


 研究する価値がある。


「…………。」


 数十年。


 世界中の研究者が精査してきた理論。


 完成されている。


 そう考えられていたものに。


 今初めてその理論を知った男が。


 数分で。


 新しい検討方向を一つ作った。


「……なに?」


 今度の呟きは。


 レイに向けたものではなかった。

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