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LAVeLESS  作者: 神矢
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魔法理論学

 その日、レイは講義のない平日に王立魔導学園を訪れていた。


 六月から中等部へ入学したアイリスについて、追加で必要になった書類があると連絡を受けたためだ。


 手続きそのものはすぐに終わった。


「これで全部ですか?」


「はい。ご足労いただきありがとうございました。」


「いえ。それでは失礼します。」


 書類を提出し、あとは帰るだけ。


 そのつもりで廊下を歩いていると――。


「あっ! ちょうどよかった!」


「ん?」


「レイ先生!」


 呼び止められ、レイが振り返る。


 そこにいたのは、長い髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる女性だった。


 メロリア・ラックスホルン。


 王立魔導学園で天文学を専門とする教授である。


「こんにちは、メロリア先生。」


「こんにちは。今日、講義ありましたっけ?」


「いえ。妹の書類を出しに来ただけです。」


「ならちょうどいいですね!」


「……何がです?」


 嫌な予感がした。


「実はバルテシア先生が急遽、学園を出ることになりまして。」


「はい。」


「二年Sクラスの魔法理論学が自習になってるんです。」


「そうなんですか。」


「魔法にお詳しいレイ先生ならできますよね?」


「いえ、できません。」


「…………。」


「…………。」


「嘘。」


「え、できません。」


「またまた。」


「いや、本当に。」


 レイは苦笑する。


「魔法についてならそれなりに分かりますけど、魔法理論学なんて教えたことないですよ。」


「でも魔法には詳しいですよね?」


「まあ、それなりには。」


「なら大丈夫です。」


「いや、その理屈はおかしくないですか?」


「レイ先生ならできますよ、きっと。」


「きっとって……。」


「まあまあ。」


「勝手にやって、バルテシア先生に怒られません?」


「どうせ自習ですから大丈夫です。」


「本当に大丈夫ですか、それ。」


「大丈夫です!」


「…………。」


 どうにも押しが強い。


 そしてメロリア自身には、このあと講義があるらしい。


「お願いしますね!」


「はぁ……まあ、分かりました。」


「ありがとうございます!」


 メロリアが嬉しそうに笑う。


「では、私は講義がありますので。また!」


「あ、はい。」


 そのまま行ってしまった。


「…………。」


 レイは一人残される。


「本当に大丈夫なんだろうな……。」


 まあ、自習になるはずだったのなら、最悪でも教科書を読ませておけばいい。


 分からないところがあれば、自分の分かる範囲で答える。


「教科書通りやればなんとかなるか。」


 そう考えて、二年Sクラスへ向かった。



 二年Sクラス。


 レイは教室の扉を開けた。


「おー、悪いな。知らん奴が来て。」


 教室にいた生徒たちが、一斉に顔を上げる。


「今日はバルテシア先生がいないらしくて、俺が代わりにやることになった。」


 そのまま教壇へ向かう。


「一応、自己紹介しとくか。レイだ。一年Sクラスの戦闘魔法術で臨時講師をやってる。」


「あ、知っています。」


「ん?」


「レイ先生ですよね?」


「そうだけど。」


「有名ですよ。」


「……俺が?」


「一年Sクラスで人気の講義だって聞いてます。」


 別の生徒も頷く。


「一年の後輩たち、結構レイ先生の話してますよ。」


「へぇ……。」


 二年生にまで知られているとは思わなかった。


「まあ、知ってるなら話が早いか。」


 レイは教壇に置かれていた教科書を手に取る。


「ただ、先に言っとくぞ。」


 ぱらぱらとページをめくる。


「俺、魔法理論学は専門じゃないからな。」


「そうなんですか?」


「あぁ。ちゃんと学んだことない。」


 魔法についてなら、それなりに分かる。


 本も読んだ。


 自分で調べたこともある。


 だが、魔法理論学という学問を専門的に修めたことはない。


 ましてここは王立魔導学園。


 教える側に求められる知識の幅が、自分とはまるで違う。


「まあ、今日は教科書通りにやる。」


 指定されていた範囲を開いた。


「それならなんとかなるだろ。」


 軽く目を通す。


「…………。」


 数行。


 ページをめくる。


「…………あぁ。」


 なるほど。


 使われている言葉には馴染みの薄いものもあったが、内容そのものは理解できる。


 理論の組み立ても分かる。


 なぜこの前提を置くのか。


 そこから何が導かれるのか。


 どう魔法の構築へ繋がるのか。


「よし。じゃあ始めるぞ。」


 レイは黒板へ向かった。


「まずここな。教科書だと少し長く書いてあるけど、要するに――」


 黒板に図を書きながら説明していく。


「この状態から魔法を構築するとき、こことここが影響し合う。だから先にこっちを決める必要がある。」


 生徒たちはノートを取る。


「先生。」


「ん?」


「では、こちらを先に変化させた場合はどうなりますか?」


「あぁ、それは――」


 答える。


 特に詰まることもない。


 次の質問にも答える。


 分からない部分があれば教科書へ戻り、その記述から確認する。


 少なくとも、今日扱う範囲を教えるだけなら何の問題もなかった。


 しばらくは。


「――で、この理論では、この条件を前提にすることで構築を安定させてるわけだ。」


「はい。」


「…………。」


 レイが黒板を見る。


「…………ん?」


 少し考える。


「先生?」


「いや。」


 もう一度、教科書を見る。


「これ面白いな。」


「?」


「この前提を置くから、こうなるんだよな。」


「はい。」


「じゃあ――」


 黒板の空いている場所へ移動する。


「この前提を変えたら、どうなる?」


「え?」


 生徒たちが顔を見合わせる。


「先生、それだと理論そのものが変わりませんか?」


「変わるな。」


「いいんですか?」


「別にいいだろ。」


 レイは当然のように答えた。


「今から教科書を書き換えるわけじゃない。考えるだけだ。」


「…………。」


「ちょっとやってみよう。」


 別の図を書き始める。


「こっちを残して、この条件だけ外す。」


 一人の生徒が手を挙げた。


「それでは、こちらとの整合性が取れません。」


「多分そうなるよな。」


「はい。」


「じゃあ、そこも変える。」


「それだとこちらも――」


「あぁ。」


 レイの手が止まる。


「そうか。」


 少し考えて。


 笑った。


「面白くなってきたな。」


「…………。」


 生徒たちも、少しずつ前のめりになっていた。


「先生、こっちを固定するのはどうですか?」


「お。それやってみよう。」


「でも、その場合は――」


「待て待て。先に一個ずつだ。」


 黒板が埋まっていく。


 教科書の理論を理解するための講義だったはずが。


 いつの間にか、その理論を土台にして別の可能性を探す時間へ変わっていた。


 レイが答えを持っているわけではない。


「これは?」


「それだと無理だと思います。」


「なんで?」


「この条件がありますから。」


「あぁ、本当だ。じゃあ却下。」


 消す。


「なら、こっちは?」


「それなら……。」


「先生、ここも変えられませんか?」


「どれ?」


「ここです。」


「…………。」


 見る。


「いいな。それ。」


 書き直す。


 誰かの考えが間違っていても構わない。


 レイ自身の考えが間違っていても、あっさり消す。


 正解を当てることよりも。


 なぜ駄目なのか。


 何を変えれば成立するのか。


 その過程そのものを楽しむように、議論が続いていく。


 気づけば、終了を告げる鐘が鳴っていた。


「あ。」


 レイが時計を見る。


「終わりか。」


「もうですか?」


「早かったな。」


 黒板を見る。


 途中から始めた議論は、結局答えまでは出なかった。


「まあ、この続きはバルテシア先生に聞いてくれ。」


「先生はやらないんですか?」


「俺、代行だぞ?」


 当然のように言う。


「それに専門じゃないし。」


「…………。」


 生徒たちは黒板を見る。


 その言葉と、今までの一時間がどうにも噛み合っていなかった。


「じゃあ今日はここまで。」


「ありがとうございました。」


「おう。」


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