テオの受難
「えぇぇぇぇぇ!?」
突然呼び出され、事情を聞かされたテオの声が響いた。
「ぼ、ボイコットですか!?」
「あぁ!」
「でも僕の授業では普通ですよ!?」
「分かっている!」
「今日も普通に質問されましたよ!?」
「それも分かっている!」
「じゃあ何なんですかぁ!?」
「こっちが聞きたい!」
「えぇぇ……。」
「とにかく、レイ先生を連れてきてくれ!」
「レイ先生を!?」
「あぁ!」
「でも、なんで――」
「理由は分からん!」
「分からないんですか!?」
「だから困っているんだ!」
「そんなぁ……。」
「一部の講師だけが拒否されている! レイ先生が辞めてから始まった!」
「今分かっているのはそれだけだ!」
「…………。」
「とにかくあいつを連れてこい!」
「でも居場所なんて――」
「最初に連れてきたのは君だろう!」
「そうですけどぉ!」
「頼んだぞ!」
「えぇぇぇ……。」
⸻
その日の夜。
いつもの店で、ルコが酒を掲げる。
「それでは、クビになっちゃったね残念だねの会を始めます。」
「いや、正規の講師が見つかったから臨時が終わっただけだろ。」
「悲しいね。」
「聞けよ。」
「こんな時は酒でも飲まないと。」
「飲みてぇだけだろ。」
「あぁ。乾杯。」
「認めんのかよ。」
呆れながらも、レイは杯を合わせた。
「乾杯。」
「で、先生はどうだった?」
「別に普通だったぞ。最初に少し試されたけど、その後はちゃんと授業聞いてたし。」
「ふーん。」
「思ってたより教えるのも面白かったな。」
「そりゃ残念だったな。飲め飲め。」
「だから飲みたいだけだろ、お前。」
酒盛りをしている二人の部屋に。
敷居のカーテンを開けて、男が飛び込んできた。
「レイさぁぁぁぁん……!」
掠れた声に、レイとルコが振り返った。
「……テオ先生?」
「あぁぁ……よかったぁ……いたぁ……。」
そこに立っていたテオは、見るからに憔悴していた。
その目は虚ろで、髪も乱れている。
「どうしたんですか?」
テオはレイの服を掴んでしがみつくと。
「戻ってきてくださぁい……。」
「……はい?」
「お願いしますぅ……学園に戻ってきてくださぁい……。」
「いや、ちょっと待ってください。何があったんです?」
「レイさんが……レイさんが戻ってきてくれないとぉ……。」
「だから何が――」
「戻ってきてくださぁい……。」
「…………。」
まるで話が進まない。
レイが困ったようにルコを見る。
ルコもまた、困惑していた。
ただし、その視線はテオではなくレイに向いている。
「……お前、何やったの?」
「なんで俺なんだよ。」
「いや、お前だろ。」
「普通に正規講師見つかったから、今日までって言われただけだぞ。」
「それは知ってる。」
そこを疑っているわけではない。
レイが自分から仕事を辞めたのなら、そう言う。
わざわざ嘘をつく奴ではない。
頼まれて引き受けた仕事だって、真面目にやったはずだ。
戦闘魔法術を教えるだけの実力がなかったとも考えにくい。
戦略を組み立てる能力も高い。
なら、何か別のことをやった可能性の方が高い。
「学校で何した?」
「普通に授業。」
「その普通を聞いてんだよ。」
「なんだよそれ。」
「生徒とは何もなかったの?」
「ああ。最初に実力見せろって言われた。」
「それで?」
「模擬戦して、全員ぶっ飛ばした。」
「ふーん。」
ルコは特に驚かなかった。
まあ、こいつならやる。
言葉で説明するより、一度実力を見せた方が早い。
そう考えて強引に全員まとめて相手をするくらいなら、レイがやっても不思議ではない。
「その後は?」
「普通に講義。」
「揉めなかった?」
「全然。」
「じゃあ認められた?」
「うん。結構懐かれた。」
「あぁ。まあ、それもおかしくないか。」
レイの実力を直接見たのなら、そうなること自体は不思議ではない。
「他には?」
「別に……あぁ、模擬戦では魔法禁止されてたな。」
「誰が?」
「俺が。」
「……何人相手にした?」
「三十人。」
「Sクラス全員?」
「そう。」
「お前だけ魔法なし?」
「うん。」
「それで全員ぶっ飛ばしたの?」
「そうだよ。」
「…………。」
ルコの表情が変わる。
「お前、やっぱなんかやってんじゃねぇか。」
「なんでだよ。」
「Sクラス三十人だろ?」
「そうだけど。」
「怪我は?」
「してない。」
「苦戦は?」
「別に。」
「…………。」
ルコは酒を一口飲んだ。
「……まあ、お前ならやるか。」
「子供だぞ?」
「子供って、お前な。」
「何だよ。」
「じゃあ十五、六歳のお前三十人と戦えって言われたら、どうすんだよ。」
「…………。」
今度はレイが黙った。
十五、六歳の自分が三十人。
それを今の自分一人で。
「……いや、確かに無理だけど……。」
「だろ?」
「でも正規の講師でも、それなりにできるだろ。多分。王立だぞ?」
「いや、それは分かんねぇけど……。」
「…………。」
「まあ、いいや。」
ルコはそれ以上考えるのをやめた。
少なくとも、子供だから大したことがないという話ではない。
ましてSクラスだ。
それを三十人まとめて、しかも魔法なしで倒した。
自分には無理だ。
だが、目の前のこいつはやった。
なら、もういい。
「……念のため聞くけど、極纏武装は見せてないよな?」
「あぁ、さすがに。」
「だよな。」
「アレ疲れるし……。」
「理由そこかよ。」
「三十人相手にわざわざ使う必要ないだろ。」
「いや、俺なら使う。」
「え?」
「使えねぇけど。」
「…………。」
「何だよ。」
「いや、別に。」
「使えるなら使うわ。三十人だぞ。」
「そうか?」
「そうだよ。」
ルコが呆れたように返す。
極纏武装まで使っていないのなら、少なくとも生徒たちに見せたものはそこまでだ。
「で、その後に講義したんだな?」
「うん。」
「何教えた?」
「最初は模擬戦の反省。その後は魔纏の話。」
「魔纏?」
「あいつら、魔法に寄りすぎてたからな。魔纏を鍛えれば魔法にも返ってくるって話して、魔力操作の訓練をちょっと。」
「……ちょっと?」
「普通のだよ。」
「お前の普通は信用ならねぇんだよな。」
「失礼だな。」
「例のやつは?」
「当然、教えてない。」
「あぁ。そりゃそうだな。」
「教えるわけねぇだろ。」
もしあれまで教えていたのなら、生徒が騒いでいる程度では済まない。
学園――いや、王国そのものが大騒ぎになっていても不思議ではない。
「じゃあ、本当に魔纏の基礎?」
「ああ。」
特別な魔法を教えたわけではない。
魔纏を鍛えること自体は、上を目指す者なら珍しい話でもなかった。
高等部ともなれば、より強力な魔法へ意識が向き、そうした基礎が軽視されていることもあるだろう。
そして何より、その話をしたのは――
レイが魔法を一度も使わず、魔纏だけでSクラス三十人を倒した直後だ。
「……まぁ……そりゃ懐かれるかもな。」
「そうか?」
「目の前で魔纏だけで全員ぶっ飛ばされて、その後に魔纏の重要性教えられたんだろ?」
「まあ、そんな感じ。」
「そりゃ説得力あるだろ。」
「実際、真面目に聞いてたよ。」
「休み時間とかは?」
「何人か来てたな。質問されたり、雑談したり。」
「ほら。」
「何がだよ。」
「相当懐かれてんじゃん。」
「まあ、嫌われてはいなかったと思うけど。」
少なくとも、生徒たちがレイを気に入ったこと自体は不思議ではない。
むしろ、そこまで聞けば自然な流れだった。
ただ一つ、ルコは知らない。
レイが教えたのは、ただ魔力を動かし、放出するだけの訓練ではなかった。
日常生活の中でも繰り返し続けられ、やがて意識すらせず行えるように組み上げられた、レイなりの訓練方法。
レイ自身は、それを特別なものだとは思っていない。
本気で強さを求める者なら、似たようなことをしている者もいるだろう。
実際、広い世界のどこかに同じ発想へ辿り着いた者がいたとしても不思議ではない。
だが、少なくとも一般的な教育として確立された方法ではなかった。
そしてルコは、その訓練によって――
たった一週間で、Sクラスの全員が自分自身の変化を実感したことを知らない。
「まあ、その辺は分かった。」
ルコは、未だレイの服を掴んでいるテオを見る。
「とりあえず話聞こうぜ。」
「そうだな。」




