臨時講師解任
土曜日。
レイは初日と同じように、学園へやってきた。
「おはようございます。」
「あ、レイ先生。」
「ん?」
廊下を歩いていると、一人の教師に呼び止められる。
まだ若い。
レイから見れば、新人にも見える教師だった。
「どうしました?」
「あの……。」
どこか言いにくそうにしている。
「実は、レイ先生は今日で……。」
「今日で?」
「正規の戦闘魔法術講師が決まりまして。」
「あぁ。」
「ですので、本日の講義を最後に……。」
「分かりました。」
「…………。」
「今日までですね?」
「は、はい。」
「了解です。」
「…………。」
あまりにもあっさりしている。
「では、今日もよろしくお願いします。」
「あ……はい。」
レイはそのまま教室へ向かった。
再びレイが教壇に立った。
最後の講義だからといって、特別なことはしなかった。
一週間の成果を確認し、いくつか修正を加えていく。
「ホスタ、そこ少し漏れてるぞ。」
「はい!」
「無理に速く回そうとしなくていい。崩れない速度でやれ。」
「分かりました。」
「ライオットは逆だな。もう少し速くしていい。」
「はい。」
大げさなことはしない。
一人ずつ確認して、必要なことだけを伝える。
それが終わると、レイは時計を見る。
「よし。」
ちょうどいい時間だった。
「じゃあ、今日で俺最後らしいから。」
「…………え?」
教室の空気が止まった。
「正規の先生が見つかったんだって。」
「…………。」
「来週からその先生が担当するらしい。」
「先生は……?」
「俺は元々臨時だぞ?」
レイは不思議そうに答える。
「正規の先生が決まるまでって話だったからな。」
「…………。」
「まあ、教えたことは続けとけ。無駄にはならないから。」
「あ、魔法はもう使っていいぞ。」
「二日間だったけど、俺も楽しかったよ。」
それだけ言って、レイは荷物を持つ。
「じゃあ、またな。」
「…………。」
「ありがとうございました……。」
「おう。」
レイは教室を出ていった。
一方。
Sクラスの教室には、まだほとんどの生徒が残っていた。
「…………。」
誰もすぐには帰ろうとしない。
やがて、一人が口を開いた。
「……試してみない?」
何を、とは言わなかった。
全員が分かっていた。
一週間。
魔法を使っていない。
レイに言われた通り、魔力操作だけを続けてきた。
なら。
今、自分たちの魔法がどうなっているのか。
確かめたい。
「やろう。」
全員で実技場へ移動する。
ライオットがいつものように構える。
魔力を動かす。
術式を構築する。
「…………!」
その時点で分かった。
違う。
劇的に何かが変わったわけではない。
威力が二倍、三倍になったわけでもない。
だが――明らかに違う。
魔力が以前より素直に動く。
構築時の僅かな乱れが減っている。
必要な場所へ、必要な量を流しやすい。
魔法を放つ。
「…………。」
ライオットが自分の手を見る。
「どうだった?」
「……お前もやってみろ。」
一人。
また一人。
魔法を使う。
「……え?」
「私も。」
「俺もだ。」
「…………。」
もう一度。
今度は意識して確認する。
偶然ではない。
全員に程度の差はある。
だが、全員が変化を感じていた。
「……本当に、一週間で。」
新しい魔法を覚えたわけではない。
特殊な術式を教わったわけでもない。
基礎。
ただそれだけ。
それを一週間続けただけだ。
最初は驚きだった。
だが、何度か魔法を使ううちに、それが少しずつ別の感情へ変わっていく。
もっと試したい。
もっと上手くなれる。
一週間でこれなら、この先は?
さらに教われば?
胸の奥から、抑えきれない高揚感が湧いてくる。
「…………。」
「確認しに行こう。」
「何を?」
「なぜレイ先生が辞めるのか。」
Sクラスの数人が、人事担当の教授の部屋へ訪れた。
「失礼いたします。」
「どうした?」
先頭に立つライオットが、一礼する。
「レイ先生について確認したいことがあります。」
「レイ先生?」
「はい。」
「何だね?」
「レイ先生が辞めた、正式な理由を教えていただけますか?」
「…………。」
質問を受けた教授は少し眉を寄せる。
「理由も何も、彼は元々臨時講師だ。」
「それは承知しております。」
「正規講師が決まった。だから契約を終了した。それだけだ。」
「…………。」
「何か問題があるのか?」
ライオットはすぐには答えなかった。
「今日、一週間ぶりに魔法を使いました。」
「それが?」
「クラス全員が、魔法力の向上を実感しています。」
「…………何?」
「レイ先生に教わった魔力操作を、一週間続けただけです。」
教授の表情が変わる。
「全員か?」
「はい。」
「…………。」
「にもかかわらず、なぜ生徒側の評価を一度も確認せず、レイ先生を解任されたのでしょうか。」
「だから言っただろう。彼は臨時だ。」
「それだけですか?」
「それだけだ。」
「…………。」
ライオットの目が僅かに細くなる。
「新しい先生は、どのように採用されたのでしょうか。」
「何?」
「王立魔導学園は、教師の能力を最優先する学園だと認識しております。」
「当然だ。」
「では、なぜ実際に成果を出したレイ先生の評価を確認せず、別の先生へ変更したのでしょう。」
「…………。」
「まさかとは思いますが――コネによる採用ではありませんよね?」
「なっ……!」
教授の顔色が変わる。
「馬鹿なことを言うな!」
「…………。」
「この学園で、そのような採用が認められるはずがない!」
「では、何を基準に?」
「正規の採用基準を満たした講師だ!」
「レイ先生は?」
「だから彼は臨時だ!」
「…………分かりました。」
ライオットが頭を下げる。
「失礼いたしました。」
他の生徒たちも続く。
それ以上、何も言わない。
そのまま部屋を出ていった。
「…………。」
教授は閉じた扉を見る。
臨時だから契約を終えた。
何もおかしなことはない。
確かに気に入らないが。
そもそもレイ自身、正規採用された人間ではない。
つまり、レイこそコネ採用とは無関係。
正式な採用試験を経ず、欠員を埋めるために一時的に呼ばれただけなのだから。
新任講師は正式な手続きを経て採用されている。
何も問題はない。
――少なくとも、学園側にとっては。




