定食屋 ジパング
「どこ?」
「この街で一番うまい定食屋。」
「へぇ。」
「期待していい?」
「期待しすぎると後悔するぞ。」
「どっちなのさ。」
そんな他愛もない話をしながら中級区を歩く。
数分後。
香ばしい揚げ物の匂いが鼻をくすぐった。
木製の看板には大きく、
【定食処 ジパング】
と書かれている。
その瞬間。
「レイくーーん!」
店の中から元気いっぱいの声が飛んできた。
「いらっしゃーい!」
栗色の髪を揺らしながら、シルクが満面の笑みで手を振る。
「今日は二人?」
「ああ。」
シルクは店内を見回し、
「あっ、ごめん!」
「補助席でいいー?」
レイも店内を見渡す。
昼時ということもあり、席はほぼ埋まっていた。
「ああ、空いてるならどこでも。」
「ありがとー!」
クロノは驚いたように店内を見回す。
忙しそうに料理を運ぶシルクの母。
厨房では父親が休む暇もなく鍋を振るっている。
客たちの笑い声。
湯気。
香ばしい匂い。
「……人気なんだ。」
レイは少しだけ笑った。
「ああ。」
「三か月前は、客なんてほとんどいなかったけどな。」
⸻
「どこ?」
「この街で一番うまい定食屋。」
「へぇ。」
「期待していい?」
「期待しすぎると後悔するぞ。」
「どっちなのさ。」
そんな他愛もない話をしながら中級区を歩く。
数分後。
香ばしい揚げ物の匂いが鼻をくすぐった。
木製の看板には大きく、
【定食処 ジパング】
と書かれている。
その瞬間。
「レイくーーん!」
店の中から元気いっぱいの声が飛んできた。
「いらっしゃーい!」
栗色の髪を揺らしながら、シルクが満面の笑みで手を振る。
「今日は二人?」
「ああ。」
シルクは店内を見回し、
「あっ、ごめん!」
「補助席でいいー?」
レイも店内を見渡す。
昼時ということもあり、席はほぼ埋まっていた。
「ああ、空いてるならどこでも。」
「ありがとー!」
クロノは驚いたように店内を見回す。
忙しそうに料理を運ぶシルクの母。
厨房では父親が休む暇もなく鍋を振るっている。
客たちの笑い声。
湯気。
香ばしい匂い。
「……人気なんだ。」
レイは少しだけ笑った。
「ああ。」
「三か月前は、客なんてほとんどいなかったけどな。」
⸻
三か月前――。
「米を出す店?」
仕事帰り。
ルコからその話を聞いたレイは、思わず立ち止まった。
「ほんとか?」
「ああ。」
「田舎の村から家族三人で出てきたらしい。」
「米を広めたいんだと。」
レイの目が、わずかに輝いた。
「行く。」
「今からか?」
「……いや。」
レイは少し考え、首を横に振る。
「一回家戻る。」
「アイリスも連れてく。」
ルコは苦笑した。
「お前らしいな。」
⸻
夕方。
家に戻ったレイは、アイリスへ声をかけた。
「飯行くぞ。」
「……?」
「米。」
その一言だけで、アイリスの表情が少しだけ明るくなる。
「……行く。」
⸻
二人が店へ着く。
「いらっしゃいませー!」
元気よく飛び出してきた少女。
「初めまして!」
「シルクです!」
店内を見回す。
客は――誰もいない。
シルクの母は明るく笑った。
「好きな席どうぞー!」
料理が運ばれてくる。
炊きたての白米。
焼き魚。
唐揚げ。
フライ。
そしてスープ。
「いただきます。」
レイは一品ずつ口へ運ぶ。
焼き魚。
「うまい。」
唐揚げ。
「いい。」
白米。
「ちゃんと炊けてる。」
フライ。
「惜しい。」
そしてスープを一口飲み、そのまま白米を口へ運ぶ。
「……。」
箸が止まった。
シルクが不安そうに聞く。
「どう……かな?」
レイは答えず、アイリスを見る。
「アイリス。」
「白米食べて。」
「そのあと、スープ飲んでみ。」
「……うん。」
アイリスは素直に従う。
白米。
そしてスープ。
少し考え込み、ぽつりと言った。
「……まずい。」
店内の空気が固まる。
アイリスは慌ててスープだけをもう一口飲んだ。
「……あ。」
「スープだけなら……すごく美味しい。」
レイは静かに頷く。
「そこなんだ。」
シルクの父が真剣な顔になる。
「このスープ。」
「パンには最高。」
「でも米には全然合わない。」
「定食として食べた時、一番印象に残るのがこのスープなんだ。」
レイは他の料理を指差した。
「魚はうまい。」
「唐揚げも合う。」
「でもフライはソースが惜しい。」
「料理自体は全部うまいんだ。」
「だから余計にもったいない。」
しばらく沈黙が流れる。
やがてシルクの父が深く頭を下げた。
「……教えていただけませんか。」
「ご飯に合う料理を。」
レイは困ったように笑う。
「俺、料理人じゃないぞ。」
「ただ食うのは好きだ。」
「まずフライ。」
レイはフライを見つめながら言った。
「このソースが惜しいんだ。」
「玉ねぎは細かく刻む。」
「酸味も少し。」
「それから――」
少し考え、
「油。」
「え?」
「この辺のソースって、水分多めのものが多いだろ。」
「だからフライにかけると、衣がすぐ湿る。」
「せっかく揚げたサクサク感が消えちまう。」
シルクの父の目が少し開く。
「……確かに。」
「だから油を乳化させる。」
「卵と混ぜれば分離しにくい。」
「揚げ物の熱で香りも立つ。」
「それに油は旨味を運ぶからな。」
「フライの味も引き立つ。」
シルクは首を傾げた。
「にゅう……?」
「乳化。」
「水と油を無理やり仲良くさせること。」
「そうすると滑らかになる。」
「へぇぇ……。」
レイは苦笑する。
「まあ難しいことはいい。」
「食ってうまけりゃ勝ちだ。」
シルクの父は腕を組み、頭の中で味を組み立て始める。
「……なるほど。」
「酸味。」
「卵。」
「油。」
「全部意味があるんですね。」
「あと忘れるな。」
レイはフライを指差した。
「主役はフライだ。」
「ソースじゃない。」
「ソースが強すぎると魚も肉も負ける。」
「引き立て役くらいがちょうどいい。」
「そのくらいなら毎日食っても飽きない。」
シルクの父は深く頭を下げた。
「……やってみます。」
レイは笑う。
「あ、名前は考えた。」
「タルタルソース。」
シルクはぱっと笑顔になった。
「かわいい!」
「それ採用!」
さらにレイはスープを飲みながら言う。
「あと、これはパン用だ。」
「米に合わせるなら味を少し変えた方がいい。」
「せっかく米を売りにするなら、全部が米を引き立てる料理じゃないともったいない。」
シルクの父は真剣に何度も頷いていた。
「レイくーん!」
現在。
「タルタル定食二つね!」
「今日は唐揚げもおすすめだよ!」
料理が運ばれてくる。
ご飯に合う優しい味のスープ。
たっぷりのタルタルソースがかかったフライ。
クロノは一口食べ、
思わず目を見開いた。
「……うまっ。」
レイは笑う。
「だろ?」
「人気になったのは、俺のおかげじゃない。」
厨房で忙しそうに鍋を振る父親を見る。
店中を笑顔で走り回るシルク。
元気いっぱいに客と話す母親。
「この家族が頑張った結果だ。」
その言葉を聞いたシルクの母が厨房から笑いながら叫ぶ。
「違う違う!」
「きっかけはレイ君の文句だったんだから!」
シルクも笑顔で続ける。
「そうそう!」
「あの日レイが正直に言ってくれなかったら、今頃うち潰れてたかも!」
厨房から父親も照れくさそうに一言だけ口を開いた。
「……料理人にとって、一番ありがたいのは正直な感想です。」
レイは照れくさそうに頭をかいた。
「だから言ったろ。」
「期待しすぎると後悔するって。」
クロノは苦笑しながら、もう一口フライを頬張る。
「いや。」
「これは期待以上だった。」
クロノは最後の一口まで綺麗に平らげると、満足そうに息をついた。
「……ごちそうさま。」
「うまかった。」
シルクは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとー!」
「また来てね!」
「来る。」
レイは湯呑みに残った茶を飲み干し、立ち上がった。
「ごちそうさん。」
「またそのうちな。」
「はーい!」
厨房からシルクの母も元気よく顔を出す。
「レイ君!」
「今度また新作できたら味見よろしくねー!」
「暇だったらな。」
「絶対来てくれるじゃん!」
店中に笑い声が広がる。
店を出ようとすると、シルクの母が入口付近に置かれた魔導冷蔵庫の蓋を閉めながら、嬉しそうに呟いた。
「それにしてもさぁ。」
「魔導冷蔵庫って本当にすごいよねぇ!」
「村じゃお肉なんてすぐ悪くなっちゃってたから。」
「今じゃ何日も持つんだもん。」
「助かるよぉ。」
レイは苦笑した。
「……またその話か。」
「だって感動するもん!」
「こっち来て三か月経つのに、まだ毎日思うよ!」
「便利すぎるよ王都!」
レイは肩をすくめる。
「まぁ今じゃ王都だけじゃないけどな。」
「街なら大抵どこでも普及してる。」
「村はまだ少ないけど。」
「そうなんだよねぇ。」
シルクの母は笑う。
「うちの家にも……。」
クロノがぽつりと呟いた。
「え?」
「うちの村も無かった。」
「この街に来る途中、宿屋とかで初めて見たよ。」
レイが振り向く。
「どこの出身だ?」
「山の方の小さな村。」
「あぁ……。」
「ならまだ入ってなくても不思議じゃないな。」
クロノは少し驚いたように冷蔵庫を見つめる。
「都会って、やっぱり進んでるんだ。」
「慣れると、無い生活には戻れねぇぞ。」
レイが笑う。
「まだ数回しか使ったことないだろ。」
「それでも分かる。」
クロノは少し照れくさそうに笑った。
「今度帰る時、うちにも買ってあげようかな。」
「母さん、絶対喜ぶと思う。」
「あぁ。」
レイは小さく笑う。
「それなら、しばらく仕事すりゃ買えるだろ。」
「ほんと?」
「お前くらい戦えるならな。」
クロノはもう一度、魔導冷蔵庫を見る。
「……じゃあ買う。」
「決めるの早ぇな。」
「だって便利だもん。」
「まあ、それはそう。」
クロノは満足そうに頷いた。
「母さんにも使わせてあげたい。」
「じゃあマムおばさん。」
「またな。」
「うん!」
「いってらっしゃーい!」
「クロノちゃんもまたおいで!」
「あ……はい!」
「次はもっとお腹空かせて来るんだよー!」
「はい!」
元気な声に見送られながら、レイとクロノは石畳の道を歩き出す。
その先には、午後からのギルド定例会が行われるハンターギルド・アルトーラ支部が待っていた。




