初めての座学
レイは黒板の前に立ち、生徒たちを見渡した。
「じゃあ、さっきの戦闘について話すぞ。」
「まず一つ。」
「俺がビリーナを一瞬で排除したこと。」
「拘束を引きちぎったこと。」
「ライオットの魔法を、魔力だけで消したこと。」
少し間を置く。
「お前ら、どれか一つでも想定できたか?」
誰も答えない。
「できなかったよな。」
「でも、それでいい。」
「想定外のことなんて、実戦じゃいくらでも起こる。」
「大事なのは――」
「想定できないことが起こることを、最初から想定しておくことだ。」
レイはビリーナを見る。
「最初に俺を拘束した判断は悪くない。」
「むしろ正解だ。」
「問題はその後。」
「なんで誰もビリーナを守らなかった?」
「俺が何もできないと思ったからだろ。」
「でも、逆だ。」
「相手は高ランクの賞金首って想定だぞ。」
「学生が三十人しかいない。」
「そう考えろ。」
「極端な話、半分をビリーナの護衛に回したっていい。」
「魔法まで重ねられてたら、さすがの俺でもあの拘束を力任せに引きちぎることはできなかった。」
そしてレイはビリーナを見る。
「それと、ビリーナ。」
「はい。」
「まだ大人数でうまく連携が取れないなら、自分から指示を出すことも大切だ。」
「『私を守って』。」
「それだけでいい。」
「優秀な仲間たちだ。」
「その一言で、大きく変わっただろう。」
ビリーナは自分が拘束した直後の状況を思い返す。
「……はい。」
「よし。」
レイは再び全員を見る。
「で、もう一つ。」
「お前ら、魔纏を甘く見てるだろ。」
生徒たちの表情が変わる。
「派手な魔法の方が強い。」
「流纏や極纏だって使えるけど、わざわざ戦闘で使うくらいなら魔法を撃った方が早い。」
「だから俺から魔法を取り上げれば、大幅に弱くなると思った。」
「でも――」
レイは自分の身体を指す。
「俺、今回の戦闘で魔纏とその応用しか使ってないぞ。」
誰も反論しない。
戦闘中、ライオットが魔法を使った痕跡がないことまで確認している。
レイが魔法を使っていなかったことを疑う者はいなかった。
「まぁ、お前らだけの問題じゃない。」
レイは黒板に『魔纏』と書く。
「教育課程の方針にも原因はあると思う。」
「魔纏は誰でも最初に覚える基礎だ。」
「ある程度使えるようになれば、次は魔法を覚える。」
「その方が早く、強くなれるからな。」
レイは生徒たちを見渡し、その中の一人を指す。
「ちょっと前に来てくれ。」
「はい。」
指名された男子生徒が席を立ち、レイの隣までやってくる。
「君、名前は?」
「ホスタです。」
「んじゃホスタ。まず魔纏を使ってみてくれ。」
「はい。」
ホスタの身体をオーラが覆う。
レイも同じように魔纏を施した。
「よし。じゃあ俺とホスタの魔纏を見比べてみろ。」
生徒たちの視線が二人に集まる。
「どうだ?」
少し観察したところで、一人の生徒が手を挙げる。
「ホスタの方は……少し形が歪んでいるように見えます。」
「それと、わずかですがオーラが外に漏れています。」
別の生徒も続く。
「レイ先生の方は、身体に沿って綺麗に纏っています。ほとんど無駄がないように見えます。」
「そうだな。」
レイは頷く。
「でも、ホスタが下手なわけじゃないぞ。」
ホスタを見る。
「普通に使えてる。」
「ありがとうございます。」
「お前らも大体これくらいだろ?」
何人かが頷く。
「魔纏なんて最初に覚えるし、これだけできれば実戦でも使える。」
「だから、ある程度できるようになったら次に進む。」
「別にそれは間違ってない。」
レイは自分の身体を覆うオーラを指す。
「ただ、同じ魔纏でも精度を上げれば、これだけ無駄を減らせる。」
「漏れてる分も、形が崩れてる分も、本来は使えるオーラだからな。」
そこでレイはホスタを見る。
「じゃあ次。」
「流纏はできるよな?」
「はい。」
「全身のオーラを右腕に集めてみろ。」
ホスタが意識を集中する。
身体を覆っていたオーラが徐々に移動し、数秒をかけて右腕へ集まっていく。
「よし。」
「じゃあ俺もやるぞ。」
次の瞬間。
レイの全身を覆っていたオーラが消え――すでに右腕へ集まっていた。
「……え?」
ホスタが思わず声を漏らす。
「やってることはホスタと同じだ。」
「ただ流纏で、全身のオーラを右腕に移しただけ。」
レイは右腕のオーラを再び全身へ戻す。
「でも実戦なら、この差がでかい。」
「ホスタ。さっき右腕に集めるまで何秒かかった?」
「五秒ほどです。」
「じゃあ、攻撃を見てから右腕を守ろうとして、五秒かけてたら?」
「……間に合いません。」
「そういうこと。」
「脚に集めて避けるにしても同じだ。」
「極纏だって、必要な部位に必要な量を集めるまで何秒もかかってたら、その間に攻撃される。」
レイはホスタに礼を言い、席へ戻らせる。
「だから実戦で使えるところまで鍛えるには時間がかかる。」
「さっきも言った通り、短期間で強くするなら、高威力の魔法を教えた方が早い。」
「三年鍛えるとして、魔纏や流纏ばかりやってる奴と、強い魔法をいくつも覚えた奴なら――普通は後者の方が強くなる。」
「だから今の教育方針は間違ってない。」
レイは黒板の『魔纏』を軽く叩く。
「普通なら、な。」
「でも、それは魔纏を鍛えるのに長い時間がかかるって前提の話だろ?」
「じゃあ、その時間を短くできるなら?」
教室が静かになる。
「魔法の勉強をやめる必要もない。」
「授業の時間を削る必要もない。」
「普段の生活をしながらでも鍛えられる。」
「だったら、やらない理由はないよな。」
生徒たちは黙ったまま、先ほど見せられたレイとホスタの魔纏を思い返していた。
確かに、普段の生活と並行して鍛えられるのなら、今までより遥かに多くの時間を魔力操作に費やせる。
だが――。
一人の生徒が手を挙げる。
「先生、質問してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ。」
「確かに、そんな方法があるなら今までより魔纏を鍛えられると思います。」
「ですが……それを数年続けたとしても、先生ほどの流纏ができるようになるとは思えません。」
「うん。」
レイはあっさり頷いた。
「そこだよな。」
否定されると思っていた生徒が、わずかに目を瞬かせる。
「魔纏の応用は、それだけ難しい。」
「俺と同じことをやったからって、数年で俺と同じようにできるとは限らない。」
「才能もあるし、それまでどれだけ魔力を扱ってきたかでも変わる。」
レイは黒板に書かれた『魔纏』を指す。
「でもな。」
「別に、魔纏を極めるためだけにやるわけじゃない。」
「考えてみろ。」
「魔法を使う時、何を使ってる?」
「……魔力です。」
「そう。」
「じゃあ、その魔力を今より正確に、速く、思った通りに動かせるようになったら?」
そこで何人かの生徒が気づいたように顔を上げる。
「……魔法にも影響する?」
「正解。」
レイは笑う。
「魔纏も魔法も、使ってる魔力は同じだ。」
「魔力そのものを扱う技術が上がれば、魔法を使う時にも無駄が減る。」
「発動までの魔力の流れも滑らかになるし、細かい調整もしやすくなる。」
「つまり――」
先ほど質問した生徒が口を開く。
「魔纏を鍛えること自体が、魔法の訓練にもなる……?」
「そういうこと。」
レイは頷いた。
「だから別に、俺みたいな流纏ができるようになるまで待つ必要なんてない。」
「今日より明日、明日より明後日。」
「少しずつ魔力を上手く扱えるようになるだけで、その分はちゃんと魔法にも返ってくる。」




