臨時講師
話は、三か月ほど前に遡る。
四月の終わり。
地下街ラクエンにて。
レイはルコと酒を飲んでいた。
「んで。」
「何の用だよ。」
「ちょっと依頼が来たんだが。」
「依頼人があまりにも悲惨すぎてな……。」
「おー。」
「それで?」
レイは酒をぐびぐび飲みながら、ルコの話を聞く。
「グランフェルナ王立魔導学園は知ってるよな。」
「あぁ。」
「アイリスちゃん通わせたいとか言ってたしな。」
「そこの若い教師からの依頼でさ。」
「戦闘魔法術の講師が急に辞めちまったらしい。」
「Sクラスって成績優秀な生徒で構成されてんだよな。」
「偉いぼっちゃん連中多いし。」
「あぁ。」
「一ヶ月もたなかった。」
「三日くらいじゃねぇかな。」
「そんなにひでぇのか。」
「まさか、その講師になれと?」
「まぁ、そのまさかなんだけどよ。」
「依頼人は上の奴に『若い力で何とかしてくれ』とか言われてるらしい。」
「条件は実績のあるハンターや元軍人。」
「プロハンターで臨時なら、採用試験無し。」
「そんなの基本は常にこの街にいる、お前しかいねぇんだよな。」
「さすがに可哀想だしさ。」
「報酬は馬車で送迎付き。」
「一日五万ベル。」
「マージンもいらねぇ。」
「合わなきゃ二、三回で辞めたっていい。」
レイは少しだけ考える。
「んー……。」
「まぁ、お前がそこまで言うなら。」
「受けるよ。」
ルコは嬉しそうに笑った。
「さすがだな。」
「じゃあ話は付けとく。」
「午前は座学。」
「午後は実技。」
「臨時とはいえ講師になれば、アイリスちゃんの編入も口利きしやすいからな。」
「はいはい。」
「わーったよ。」
こうしてレイは。
グランフェルナ王立魔導学園。
高等部一年Sクラスの臨時講師となった。
初日。
おろしたてのシャツと、パリッとしたスーツに身を包んだレイは、グランフェルナ王立魔導学園の正門前に立っていた。
王都でも屈指の名門校。
近くで見る校舎は、まるで城のようだった。
「近くで見るとでけぇな。」
「まるで城だ。」
「今日から先生か……。」
「まぁ、若手を育てるのも悪くないか。」
その時。
「おはようございます!」
後ろから元気な声が聞こえた。
振り返ると、二十代前半ほどの童顔な青年が、小走りでこちらへ向かってくる。
「もしかして、レイさんですか?」
「あ、はい。」
「そうですが。」
「テオ先生ですか?」
「はい!」
「一年Sクラスの担任を務める、テオと申します。」
二人は軽く握手を交わす。
「レイです。」
「今日からよろしくお願いします。」
「いやー、本当に助かりました!」
「ルコさんには感謝です。」
「まさかこんなに早く見つかるなんて……。」
レイは苦笑する。
「ははは。」
「今日からビシバシ鍛えちゃえばいいですよね?」
すると。
テオは困ったように頬を掻いた。
「いや……。」
「それがですね……。」
少し言いづらそうに言葉を選ぶ。
「以前の講師の方は、生徒たちに認められませんでした。」
「まともに授業もできず……嫌がらせを受けて辞められたんです。」
レイは静かに聞いている。
「僕は専門が魔法薬学や魔物学なので問題ありません。」
「でも、戦闘魔法術となると話は別で……。」
「なにぶん、優秀な生徒たちばかりですから。」
レイは小さく頷いた。
「なるほど。」
「まずは、生徒たちに認めてもらわないといけないわけですね。」
「はい。」
テオは苦笑する。
「以前の講師の方はプロハンターではありませんでした。」
「その点、今回はプロの方ということで、生徒たちも期待しているみたいです。」
レイは少しだけ考える。
「ふむ……。」
「とりあえず行きましょうか。」
「何とかしてみますから。」
テオは少しだけ表情を明るくした。
「よろしくお願いします。」
二人は並んで校舎へ入る。
長い廊下を歩き、階段を上る。
廊下の先。
『一年Sクラス』と書かれた教室の前で、テオは足を止めた。
「ここです。」
教室の中からは、生徒たちの話し声が聞こえてくる。
テオは一度深呼吸すると、ゆっくりと扉へ手を掛けた。
魔導学園・教室
テオが教壇へ立ち、教室を見渡す。
「えー、皆さんおはようございます。」
「今日は昨日お話しした、戦闘魔法術の臨時講師の方が来ています。」
「プロハンターの、レイ先生です。」
教室の視線が一斉に扉へ向く。
レイは教壇の横まで歩くと、生徒たちを軽く見回した。
「この街で何でも屋をやってるレイだ。」
「よろしくな。」
静まり返る教室。
その中で、一人の男子生徒がゆっくりと立ち上がる。
「レイ先生。」
「初めまして。」
「僕はライオット・ウィステールと申します。」
礼儀正しく一礼すると、そのまま真っ直ぐレイを見る。
「プロハンターということは、さぞお強いんですよね。」
「僕らは、弱い人から教わるつもりは全くありませんので。」
教室の空気が少し張りつめる。
レイは特に気にした様子もなく答えた。
「あー。」
「プロだから強いとは限らないんだが。」
「少なくとも、お前らよりは圧倒的に強いと思うぞ。」
教室がざわつく。
ライオットは楽しそうに口元を緩めた。
「ははは。」
「ご冗談を。」
「仮にもプロハンターで、この学園の講師として招かれるくらいです。」
「それなりの実力は認めます。」
「ですが、圧倒的というのは納得できませんね。」
「少なくとも僕は、このクラスで一番強い。」
「テオ先生にも勝てます。」
「……。」
レイはテオへ視線を向ける。
「そうなんですか?」
テオは苦笑しながら頷いた。
「魔物討伐などの経験では、多少僕に分があるでしょう。」
「ですが、僕は戦闘が専門ではありません。」
「純粋な魔力量などでは、彼の方が上ですね。」
レイは小さく頷く。
「まぁなんだ。」
「相手を見れば、だいたいの強さは理解るもんだ。」
「そういうことを教えるのも講師の役目。」
「ただ。」
「今ここで理屈だけ覚えろっていうのも違うよな。」
「実際に見せた方が早いと思うんだが。」
ライオットを見る。
「どう思う?」
ライオットは待っていたと言わんばかりに笑った。
「その言葉を待っていました。」
「ただし、仮にも講師です。」
「多少のハンデはいただきますよ。」
「僕が勝ったら、先生は僕らの奴隷になってください。」
テオはそっとレイへ耳打ちする。
「レイさん……。」
「前の講師もこれで負けたんです。」
「教師としての立場を失って……結局、辞めました。」
「彼は公爵家ですし。」
「ここは回避して、別の方法を考えた方が……。」
レイは少しだけ考える。
「わかった。」
ライオットを見る。
「その代わり。」
「俺が勝ったら、おとなしく授業を受けろよ。」
テオは思わず目を見開く。
ライオットは口元を吊り上げた。
「くくく。」
「了承しましたね。」
「条件は、魔法禁止。」
「魔力での強化のみ可としましょう。」
「魔法禁止か。」
レイは確認する。
「魔力を纏うのはいいんだな?」
「えぇ。」
「さすがに生身では魔法使いの戦闘とは言えませんし。」
「牽制魔法一発で終わってしまってはつまらない。」
「プロなら魔法なしでも問題ありませんよね?」
「圧倒的に強いと豪語するからには。」
「あぁ。」
「問題ない。」
魔力を身体に纏わせる基礎技術――魔纏。
全身を覆うオーラによって身体能力を強化すると同時に、攻撃から身を守る鎧のような役割も果たす。
一度纏えば、維持に魔力を消費することもない。
そして魔纏には、二つの基本的な応用技術がある。
纏ったオーラを自在に移動・再配分する――流纏。
オーラ量を爆発的に増大させ、任意の部位を膨大なオーラで強化する――極纏。
いずれも魔法使いにとって基本となる技術だが、そのオーラの量や質、扱う技量には大きな個人差がある。
レイは教室を見渡した。
「名目上、実技の授業としてやる。」
「全員、着替えて修練場に集合。」
生徒たちが席を立つ。
テオだけは青ざめたままだった。
「せっかく講師が見つかったのに……。」
レイは苦笑する。
「何言ってるんですか。」
「ぶっ飛ばせばいいんでしょ?」
「こんな簡単に認めてもらえるなら、楽でよかったですよ。」
「で、でも……。」
「彼は本当に強いんですよ。」
レイは肩をすくめる。
「見た感じ。」
「勝てない相手じゃなかったんで。」
「まぁ、任せてください。」




