ラヴェレス誕生秘話③
次の日も。
アイリスは朝から街へ出た。
一日目とは違う区画へ向かい。
同じように、店を一軒ずつ回っていく。
「何でも屋です。」
「お仕事ください。」
「悪いね。」
「今はないよ。」
「分かりました。」
次。
「今日から何でも屋をやってます。」
「何でもできます。」
「お仕事ください。」
「……主人は?」
「家にいます。」
「そうか……。」
「お仕事ありますか?」
「いや。」
「分かりました。」
やっぱり。
仕事は取れない。
それでも。
途中で荷物を落とした人がいれば拾い。
道に迷っている子供がいれば、一緒に家を探し。
困っている人を見つければ、当たり前のように手を貸した。
けれど。
その日も。
仕事は一件も取れなかった。
⸻
三日目。
アイリスは今日も朝から街を歩いていた。
「何でも屋です。」
「お仕事ください。」
「……悪いね。」
「今はないよ。」
「分かりました。」
頭を下げ。
また歩き出す。
「……営業。」
「難しい……。」
小さく呟いた時だった。
「あぁ……どうしよう。」
声が聞こえた。
見ると。
一軒の店の前で、男が大きな荷物を抱えて困っていた。
店の中には他に誰もいない。
「どうしたの?」
「ん?」
男が振り返る。
「いや。」
「これ、届けなきゃいけないんだけど。」
「今日は俺一人で店番なんだよ。」
「店閉めるわけにもいかないし。」
「……。」
アイリスは少し考えた。
「店番はできないけど。」
「配達ならできます。」
「え?」
「私が持ってく。」
「……。」
男はアイリスを見る。
水色の美しい髪。
長い耳。
そして。
額に刻まれた奴隷紋。
「……奴隷か。」
「はい。」
「……。」
もう一度。
荷物とアイリスを見比べる。
「まぁ。」
「奴隷なら、勝手なことはしないか。」
「場所、分かる?」
「教えてくれたら行ける。」
「そうか。」
男は紙を取り出した。
「じゃあ、頼んでいいか?」
「うん。」
「ここだ。」
「分かった。」
荷物を受け取り。
アイリスは店を出た。
⸻
「ありがとうございました。」
配達を終え。
アイリスは店へ戻ってきた。
「おぉ。」
「早かったな。」
「ちゃんと渡したよ。」
「助かったよ。」
男は笑い。
改めてアイリスを見る。
「お嬢ちゃん。」
「どこの子?」
「向こうの区画。」
「何してるんだ?」
「何でも屋やってます。」
「何でも屋?」
「うん。」
「お仕事ください。」
「……。」
男は少し驚いたように目を瞬かせる。
「君が営業もしてるのか?」
「うん。」
「……大変だね。」
「?」
アイリスは首を傾げた。
「あっ。」
男が思い出したように財布へ手を伸ばす。
「じゃあ。」
「さっきの分、報酬渡さないとな。」
「いらない。」
「え?」
「今のは依頼じゃないし。」
「私は現場担当じゃないので。」
「報酬はいりません。」
「……そうなのか?」
「うん。」
アイリスは小さく頭を下げる。
「また依頼があれば。」
「言ってください。」
「あぁ。」
「その時は頼むよ。」
「ありがとうございます。」
そして。
アイリスはまた街へ歩き出した。
⸻
それからも。
アイリスは歩き続けた。
店を回り。
声を掛け。
断られる。
困っている人がいれば。
また手を貸す。
気付けば。
昼を少し過ぎていた。
「……次。」
次の通りへ向かおうとした時。
「おーい。」
後ろから声を掛けられる。
「?」
振り返ると。
一人の女性が立っていた。
「君。」
「一昨日から、一日中街を歩いてる子だよね?」
「……うん。」
「やっぱり。」
女性は笑う。
「さっき、あの店の人から聞いたんだけど。」
「何でも屋をやってるんだってね。」
「うん。」
「何でも屋です。」
「お仕事ください。」
「ははっ。」
女性は少し笑ってから。
「依頼は主人がやるのかい?」
「はい。」
「そう。」
少し考え。
「じゃあ。」
「頼めるかい?」
「……。」
アイリスの目が大きくなる。
「いいの?」
「うん。」
女性は笑った。
「君に頼みたいから。」
「……!」
アイリスの表情が一気に明るくなる。
「じゃあ。」
「ちょっと待ってください。」
「ん?」
「ルコ呼んでくる。」
「ルコ?」
「うん。」
「最初の手続き。」
「一緒にやってくれるって言ってた。」
「分かった。」
「待ってるよ。」
「うん!」
アイリスは勢いよく走り出した。
三日目。
ようやく。
初めての依頼が取れた。
アイリスは、そのままルコのところまで走った。
「ルコ!」
「ん?」
机いっぱいに広げた書類から。
ルコが顔を上げる。
「仕事取れた!」
「……は?」
「依頼。」
「初めて。」
「取れた。」
「……。」
ルコは数秒。
アイリスを見つめた。
「お前。」
「営業始めて何日目だ?」
「三日目。」
「……三日。」
手元の書類を見る。
もう一度、アイリスを見る。
「……三日で取ってきたのか。」
「うん。」
「……すげぇな。」
ルコは小さく笑い。
そのまま立ち上がった。
「よし。」
「行くぞ。」
「仕事は?」
「後でいい。」
「最初の一件だろ。」
「うん。」
「なら俺も行く。」
書類をそのまま机へ置き。
ルコは上着を掴んだ。
⸻
「あっ。」
「戻ってきた。」
先ほどの女性が、アイリスに気付いて笑う。
「お待たせしました。」
「いやいや。」
「そんな待ってないよ。」
女性は、その隣に立つルコへ視線を向けた。
「あなたがご主人?」
「いや。」
「俺は店の保証人。」
「最初の依頼だけ。」
「依頼書とか、その辺手伝いに来たんだよ。」
「あぁ、そうなのかい。」
「主人は?」
「家。」
アイリスが答える。
「……家なんだ。」
「まぁ。」
「そいつの話は後でいいよ。」
ルコは苦笑しながら。
鞄から紙を取り出した。
「で。」
「何を頼みたい?」
「実はね――。」
女性が依頼内容を話し始める。
ルコは聞きながら、必要なことを書き込んでいく。
「アイリス。」
「うん。」
「まず。」
「何をしてほしいのか。」
「いつまでなのか。」
「場所はどこなのか。」
「その辺から聞け。」
「うん。」
「後は仕事によって変わる。」
「必要そうなことを、自分で聞いてみろ。」
「分かった。」
ルコは女性を見る。
「悪いけど。」
「もう一回、こいつに話してやって。」
「いいよ。」
アイリスは女性へ向き直った。
「お願いします。」
「はいはい。」
女性がもう一度、依頼内容を話す。
「場所は?」
「この先の倉庫だよ。」
「いつまで?」
「明日の夕方までなら大丈夫。」
「運ぶものは?」
「雑貨とか。」
「重い?」
「そんなには。」
「ただ、量が多くてね。」
「じゃあ。」
「レイなら大丈夫。」
「ははっ。」
ルコが笑う。
「まぁ、あいつなら余裕だな。」
アイリスは紙へ視線を戻す。
「他に……。」
少し考え。
必要なことを一つずつ聞いていく。
ルコは横から口を挟まず。
最後まで見ていた。
「……これでいい?」
「あぁ。」
ルコが依頼書を確認する。
「十分。」
「後は依頼人に確認してもらって。」
「問題なけりゃ成立だ。」
「分かった。」
女性も内容を確認し。
最後に署名を入れる。
「これでいいかい?」
「あぁ。」
ルコは頷く。
「これで依頼成立。」
「……。」
アイリスは完成した依頼書を見る。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
「取れた。」
「おう。」
「自分でな。」
「うん。」
「じゃあ。」
「帰るぞ。」
「ルコも?」
「あぁ。」
ルコは笑う。
「ここまでやったんだ。」
「本人にも言っとかねぇとな。」
⸻
家へ戻ると。
レイはいつものように、ソファへ寝転がっていた。
「おう。」
「ただいま。」
「……なんでお前までいるんだよ。」
「いいから起きろ。」
「あ?」
面倒そうに身体を起こすレイへ。
ルコは言った。
「とりあえず何でも屋でもやっとけ。」
「アイリスと一緒に許可は取っといた。」
「……は?」
レイが固まる。
その横で。
アイリスは大事そうに依頼書を持っていた。
「仕事。」
「取れた。」
「……仕事?」
「うん。」
「私が営業して。」
「初めて取れた。」
「……。」
レイは目を丸くする。
「自分でとってきたのか?」
「うん。」
「すげぇじゃん。」
素直に笑う。
「三日かかった。」
「三日で取れたなら十分だろ。」
「頑張ったな。」
「……うん。」
アイリスも嬉しそうに笑う。
「……。」
そして。
レイの視線が。
アイリスの持つ依頼書へ落ちる。
「あっ……。」
「それ。」
「俺が行くやつだよな。」
「うん。」
「……。」
「……あぁ……。」
深いため息。
「わかった。」
レイは依頼書を受け取ると。
そのまま立ち上がった。
「じゃあ。」
「行ってくる。」
「うん。」
迷う様子もなく。
玄関へ向かい。
そのまま家を出ていった。
「……。」
扉が閉まる。
アイリスはしばらく、その扉を見つめていた。
そして。
小さく息を吐く。
「素直に行ってくれて、よかった。」
「……ん?」
「引っ叩かなくてよかった。」
「……。」
ルコは一瞬黙り。
苦笑した。
「誰に何教わってきたんだよ。」
「近所の人。」
「怖ぇな。」
ルコは肩を竦める。
「でも。」
「言ったろ。」
「お前が一人で営業したから、響いたんだ。」
「……私が?」
「あぁ。」
「俺が仕事持ってきて。」
『働け。』
「って言ったって。」
「あいつなら。」
『めんどくせぇ。』
「で終わりだ。」
「……。」
「でも。」
「お前が三日間、自分で街歩いて。」
「自分で声掛けて。」
「自分で取ってきた。」
「そんな仕事。」
「あいつが放り出せるわけねぇだろ。」
「……。」
アイリスは少しだけ。
嬉しそうに笑った。
⸻
「……。」
レイは依頼書を片手に。
街を歩いていた。
「何でも屋ねぇ……。」
正直。
やりたくない。
仕事なんて。
めんどくさい。
それでも。
アイリスが。
一人で街を歩いて。
知らない人に声を掛けて。
三日かけて。
初めて取ってきた依頼。
「……辞めるは、ねぇな。」
それだけは。
最初から決まっていた。
ただ。
「リピートは。」
「また別だよな。」
一度やるのと。
ずっと頼まれるのは違う。
今回の依頼は。
自分の責任で終わらせる。
でも。
次から頼まれなければいい。
「……。」
少し考える。
「めちゃくちゃ。」
「めんどくさそうにしとけば。」
「嫌われるだろ。」
態度が悪い。
やる気がない。
二度と頼みたくない。
そう思わせればいい。
「……完璧。」
実際。
めんどくさいし。
嘘でもない。
そんなことを考えているうちに。
依頼人の家へ着いた。
⸻
「すみません。」
「ん?」
女性が扉を開ける。
そして。
レイを見て目を丸くした。
「え?」
「もう来たの?」
「さっき頼んだばっかりだけど。」
「はい。」
「めんどくさいけど来ました。」
「……は?」
「この倉庫のやつ。」
「運ぶんですよね。」
「え、あぁ。」
「そうだけど……。」
「じゃあ。」
「行ってきます。」
「え?」
レイはそのまま倉庫へ向かった。
扉を開ける。
「……これ全部か。」
中には。
いくつもの箱。
袋。
家具。
雑貨。
かなりの量が積まれていた。
「何回かに分けても――。」
「いや。」
「一回でいいです。」
「……一回?」
レイは手早く荷物を動かしていく。
大きな箱を下へ。
軽いものを上へ。
形を揃え。
隙間を埋め。
次々と積み上げる。
「ちょ。」
「そんな積んで大丈夫なの?」
「崩れないようにするんで。」
最後に。
荷物全体へ薄く魔力を纏わせる。
固定。
「よし。」
そのまま。
両腕で抱えた。
「……え?」
女性の目が大きくなる。
「じゃあ。」
「行ってきます。」
「いや。」
「ちょっと待っ――。」
レイは走り出した。
「……。」
女性は。
その後ろ姿を見送るしかなかった。
⸻
しばらくして。
「戻りました。」
「早っ!?」
女性が思わず声を上げる。
「全部?」
「はい。」
「届け先で確認も?」
「してもらいました。」
「……。」
「じゃあ。」
「報酬ね。」
女性が財布を取り出し。
約束していた金額を差し出す。
「はい。」
レイは受け取り。
軽く確認する。
「確かに。」
「じゃあ。」
「帰ります。」
「え?」
「終わったんで。」
「いや。」
「あ、うん。ありがとう。」
女性は。
目の前の男を見つめた。
態度は悪い。
やる気も感じない。
ずっとめんどくさそう。
なのに。
仕事は、異常に早かった。
「……なんだあいつ。」
レイが去った後。
女性は一人。
そう呟いた。




