ラヴェレス誕生秘話②
「何でも屋を開きたい。」
役所の窓口で、ルコがそう告げる。
「かしこまりました。」
「資格などはお持ちですか?」
「あぁ。」
ルコは右手を差し出した。
「プロハンターのルコだ。」
右手の甲に刻まれた、プロ資格の刻印。
職員はそれを確認すると、机の下から小さな魔導具を取り出した。
「確認させていただきます。」
「どうぞ。」
魔導具を刻印へ近付ける。
一瞬だけ淡い光が灯り。
すぐに消えた。
職員が表示を確認する。
「……確認できました。」
「プロハンター、ルコ様ですね。」
「あぁ。」
「では、こちらへ必要事項を記入してください。」
「ほい。」
渡された用紙を受け取り。
ルコはそのままアイリスへ渡した。
「書けるとこ書いて。」
「うん。」
アイリスは用紙を受け取り。
一つずつ確認しながら書き始める。
しばらくして。
職員が書類へ目を通した。
「営業予定日は、いつですか?」
アイリスがルコを見る。
「いつからできる?」
「俺に聞くなよ。」
ルコも職員を見る。
「いつからできる?」
「ルコさんが保証人になられるのであれば。」
「即日でも可能です。」
「じゃあそれで。」
「はい。」
職員が書類へ書き加えていく。
「それでは。」
「屋号はどうされますか?」
「屋号?」
アイリスが首を傾げる。
「店の名前。」
「あぁ……。」
少し考え。
ルコを見る。
「どうする?」
「んー。」
ルコも少しだけ考えたが。
「あとで決めるよ。」
「かしこまりました。」
職員は書類を受け取ると、一度内容を確認した。
「では、少々お待ちください。」
「あぁ。」
そのまま書類を持ち、奥の部屋へと入っていく。
「……。」
アイリスは扉の向こうを見つめる。
「時間かかる?」
「いや。」
「プロが保証人なら、確認だけだろ。」
ルコは気にした様子もなく椅子へ座った。
数分もしないうちに。
先ほどの職員が、もう一人の職員と共に戻ってきた。
二人で書類を確認し。
最後に署名を入れる。
「お待たせいたしました。」
「確認が取れましたので、本日より営業していただけます。」
「お。」
ルコが笑う。
「早かったな。」
「はい。」
職員はアイリスへ書類を差し出した。
「こちらをお持ちください。」
「ありがとうございます。」
アイリスは両手で受け取る。
じっと。
書類を見つめた。
「これで。」
「何でも屋?」
「あぁ。」
「今日からな。」
「……。」
アイリスの表情が少しだけ明るくなる。
⸻
役所を出る。
通りにはまだ多くの人が行き交っていた。
アイリスは手にした書類を見ながら。
ルコの隣を歩く。
「ルコ。」
「ん?」
「どうやって仕事を探せばいい?」
「あー。」
ルコは少し考えた。
「まず。」
「今日から始まったってこと。」
「それと。」
「何でもできるってこと。」
「これは伝えろ。」
「……何でもできる。」
「そ。」
「何でも屋なんだからな。」
アイリスは小さく頷く。
「それから?」
「それだけ。」
「……それだけ?」
「あぁ。」
ルコは笑った。
「後は自分なりのやり方で。」
「仕事取ってみろ。」
「自分なり……。」
「俺が営業の仕方まで全部教えて。」
「俺が客まで連れてきたら。」
「あいつには響かねぇだろ。」
「……。」
アイリスは少しだけ考える。
「自分で取った方がいい?」
「絶対そっちの方がいい。」
「分かった。」
アイリスは真剣に頷いた。
「やってみる。」
「おう。」
ルコは手をひらひらと振る。
「頑張れ。」
「うん。」
こうして。
その日から。
アイリスは街を歩き回ることになった。
⸻
「何でも屋です。」
「今日から始めました。」
「何でもできます。」
「お仕事ください。」
「……。」
「……。」
「何でも屋です。」
「お仕事ください。」
「……いや。」
「今はないかな。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
次。
「何でも屋です。」
「今日から始めました。」
「何でもできます。」
「お仕事ください。」
「……。」
店主はアイリスを見て。
額の奴隷紋を見る。
もう一度、アイリスを見る。
「……主人は?」
「家にいます。」
「……そうか。」
「お仕事ありますか?」
「いや。」
「ない。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
アイリスは頭を下げ。
次の店へ向かう。
店主はその後ろ姿を見送りながら。
「……何やってんだ、主人。」
小さく呟いた。
営業も。
奴隷。
現場へ出るのも。
恐らく奴隷。
しかも。
『何でも屋です。お仕事ください。』
営業と呼ぶには。
あまりにも、そのままだった。
だが。
そんなことなど知らないアイリスは。
次の店へ向かう。
「何でも屋です。」
「今日から始めました。」
「何でもできます。」
「お仕事ください。」
「悪いね。」
「今は間に合ってるよ。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
次。
「何でも屋です。」
「お仕事ください。」
「……。」
「ない。」
「分かりました。」
また次。
朝から何度繰り返したか。
もう分からない。
仕事は。
一件も取れなかった。
「……営業。」
「難しい……。」
アイリスは小さく呟く。
ルコから教えてもらったことは。
ちゃんと伝えている。
今日から始めた。
何でもできる。
仕事が欲しい。
全部言っている。
なのに。
誰も仕事をくれない。
「……何が足りないんだろ。」
考えながら歩いていると。
「いたたた……。」
小さな声が聞こえた。
アイリスが足を止める。
通りの端。
年老いた女性が、大きな袋を地面へ置き。
腰を曲げて足をさすっていた。
「大丈夫?」
「ん?」
女性が顔を上げる。
「大丈夫大丈夫。」
「ちょっと足が痛くなっただけだから。」
アイリスは袋を見る。
かなり重そうだった。
「それ。」
「持つよ。」
「え?」
「家まで持ってく。」
「いやいや。」
「悪いよ。」
「大丈夫。」
アイリスは袋へ手を伸ばす。
持ち上げた。
「……。」
「重くないの?」
「うん。」
「これくらいなら平気。」
「そうかい?」
女性は少し申し訳なさそうにしながらも。
「じゃあ。」
「お願いしようかねぇ。」
「うん。」
二人は並んで歩き出した。
「お嬢ちゃん。」
「この辺の子?」
「最近、近くに引っ越してきた。」
「そうなの。」
「今日は何してたんだい?」
「営業。」
「営業?」
「うん。」
アイリスは胸を張る。
「何でも屋です。」
「今日から始めました。」
「何でもできます。」
「お仕事ください。」
「……。」
女性は少しだけ目を丸くした。
「お嬢ちゃんが営業してるのかい?」
「うん。」
「主人は?」
「家にいる。」
「……そうかい。」
何とも言えない顔をする。
だが。
それ以上は何も言わなかった。
しばらく歩き。
「ここだよ。」
一軒の家の前で、女性が立ち止まる。
アイリスは荷物を玄関先へ置いた。
「ありがとうねぇ。」
「本当に助かったよ。」
「ううん。」
「じゃあ。」
「営業、頑張るね。」
「待ちな。」
女性が財布を取り出す。
「少しだけだけど。」
「いい。」
「え?」
「これは仕事じゃないから。」
「でも、荷物運んでもらったんだよ?」
「うん。」
「でも」
「仕事で受けたわけじゃない。」
「だから、いらない。」
アイリスは小さく頭を下げる。
「じゃあね。」
「あ、あぁ……。」
女性は。
歩き出したアイリスの背中を見つめていた。
⸻
その後も。
仕事は取れなかった。
けれど。
「あっ。」
風に飛ばされた紙を追いかけていた店員を見つければ、一緒に拾った。
「ありがとう!」
「ううん。」
転んだ子供がいれば。
「痛い?」
「ちょっと……。」
「見せて。」
膝の汚れを落としてやった。
重い荷車を動かせずに困っている男がいれば。
「押す。」
「え?」
「いくよ。」
「ちょ、待っ――!」
後ろへ周り。
二人で荷車を押した。
そうして。
気付けば夕方になっていた。
「……。」
アイリスは街の真ん中で立ち止まる。
「営業……。」
難しい。
それでも。
「明日もやろ。」
小さく呟き。
アイリスは家へ帰っていった。
その日。
仕事は一件も取れなかった。
それでも。
次の日も。
アイリスは街へ出た。
水色の美しい髪を持った。
エルフの奴隷の少女。
一日中、街を歩き回り。
困っている人を見つけるたびに。
当たり前のように手を貸していた。
当然。
そんな少女は。
少しずつ、街の人々の目に留まり始めていた。




