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LAVeLESS  作者: 神矢
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42/86

ラヴェレス誕生秘話

 アイリスとレイが。


 二人で暮らし始めてから。


 二週間が経った。


 以前よりは。


 少しだけ、レイの顔にも笑顔が戻っていた。


 アイリスが話しかければ答える。


 一緒に食事をすれば笑うこともある。


 けれど。


 昼間はほとんど外へ出なかった。


 何もない日はソファへ寝転がり。


 ぼんやりと天井を眺めている。


 昼食を作っても。


「レイ。」


「お昼。」


「あぁ。」


「あとで食う。」


 そう言って。


 夕方まで手を付けないことも珍しくない。


 そのくせ。


 夜になると外へ出る。


「ちょっと出てくる。」


「今日も?」


「あぁ。」


「遅くなる?」


「たぶん。」


 酒場へ行き。


 誰かと話し。


 時には朝方まで帰ってこない。


 何をしているのか。


 アイリスには全部は分からなかった。


 ただ。


 遊び歩いているわけではないことくらいは分かる。


 帰ってきたレイは。


 時々、何かを考え込んでいた。


 誰かの名前を聞いたのか。


 何か新しい情報があったのか。


 それすら。


 アイリスには分からない。


 そして。


 次の日になれば。


 また昼間は家から出ない。


「……。」


 アイリスは。


 そんなレイを何度も見ていた。


 一人だった頃よりは。


 きっと、少しだけマシ。


 でも。


 このままでいいとは思えなかった。



「ありがとうございました。」


 昼過ぎ。


 アイリスは食材の入った袋を抱え、店を出た。


 今日の夕食。


 明日の朝食。


 レイが昼にも食べてくれるかもしれないから。


 少しだけ多めに買った。


「……。」


 袋を抱え直し。


 家へ向かって歩く。


 その途中。


「あら。」


 声を掛けられた。


「アイリスちゃん。」


 振り返る。


 近所に住む女性だった。


 何度か道で会い。


 買い物の仕方や、安い店を教えてもらったこともある。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


 女性はアイリスの抱えている袋を見る。


「今日もお買い物?」


「はい。」


「偉いねぇ。」


「重くない?」


「大丈夫です。」


「そう?」


 女性は笑う。


 そのまま通り過ぎようとして。


 ふと、アイリスの顔を見た。


「どうしたの?」


「え?」


「なんか悩んでる顔してるよ。」


「……。」


 アイリスは少しだけ俯いた。


「……あの。」


「うん?」


「聞いても、いいですか?」


「もちろん。」


 アイリスは少し迷ってから。


 口を開いた。


「ご主人様が。」


「うん。」


「昼間、ほとんど外に出ないんです。」


「ほう。」


「お昼も。」


「作っても、食べないことが多くて。」


「夜になると。」


「毎日のように飲みに行きます。」


「仕事は?」


「してません。」


「全然?」


「はい。」


「……なるほどねぇ。」


 アイリスは袋を抱え直した。


「前よりは。」


「少し元気になったと思うんです。」


「でも。」


「まだ、あんまり笑わなくて。」


「どうしたらいいのか。」


「分からなくて。」


 女性は数秒。


 アイリスを見つめた。


 そして。


「なぁんだ。」


 笑った。


「そんなの簡単だよ!」


「……簡単?」


「簡単簡単!」


 女性は胸を張る。


「うちの旦那もね。」


「昔は酒飲みで。」


「博打が大好きで。」


「仕事なんて、まともにしてなかったんだから!」


「……そうなんですか?」


「そうそう。」


「金が入ったら酒。」


「残ったら博打。」


「なくなったら家でゴロゴロ。」


「ほんっと酷かったんだから。」


 アイリスは目を丸くする。


 今まで何度か見かけた彼女の夫は。


 毎日きちんと仕事へ出ていた。


「でも。」


「今は……。」


「働いてるでしょ?」


「はい。」


「真面目に。」


「そうなのよ。」


 女性は得意げに笑う。


「でもある日ね。」


「私も思ったの。」


「このままじゃ駄目だって。」


 アイリスは黙って耳を傾ける。


「だから。」


「勝手に仕事決めてきた。」


「……え?」


「知り合いの店に行って。」


『明日から旦那働かせて!』


「って。」


「……。」


「それで次の日の朝。」


「まだ寝てる旦那を叩き起こして。」


『仕事行ってこい!』


「って、家から追い出したの。」


「……叩き起こした。」


「そう。」


 女性は笑顔のまま。


 自分の手のひらを見せる。


「言うこと聞かなかったら。」


「ひっぱたきゃいいんだよ!」


「……。」


 アイリスは。


 とても真剣な顔で。


 その言葉を聞いていた。


「……でも。」


「ん?」


「私は奴隷なので。」


「ご主人様を、引っ叩くことはできません。」


「あぁ。」


「そりゃそうだね。」


 女性はあっさり頷く。


 アイリスは少し考え。


「でも。」


「ご主人様に合う仕事なら。」


「探せると思います。」


「うんうん。」


「それでいいんだよ。」


「まずは外に出すこと。」


「ずっと家にいたって、腹も減らないし。」


「身体も疲れない。」


「夜になって酒飲んで。」


「また昼まで家にいる。」


「そんなんじゃ、いつまで経っても変わらないからね。」


「……。」


 アイリスは小さく頷いた。


「仕事……。」


「どんなのが、いいかな。」


「それは本人に合うやつが一番だよ。」


「嫌でも続けられるくらいの。」


「……嫌でも?」


「仕事なんて、そんなもんさ。」


 女性は笑った。


「まぁ。」


「最初は何でもいいよ。」


「とにかく一回、外に追い出しちまえば――。」


「あー!」


 突然。


 女性が通りの向こうへ手を振った。


「おかえりー!」


 アイリスも振り返る。


 仕事帰りらしい男が、少し大きな荷物を抱えて歩いてきていた。


「ただいま。」


「今日もお疲れ様!」


 女性は駆け寄る。


「いつもありがとうね。」


「ほら、荷物持つよ!」


「いいって。」


「疲れてんだろ。」


「私は昼間ずっと家にいたんだから。」


「ほら!」


 半ば強引に荷物を奪い取る。


「今日はあんたの好きなハンバーグだよ!」


「ほんとか?」


「ほんとほんと。」


「酒は?」


「一本だけ!」


「少ねぇなぁ。」


「明日も仕事でしょ!」


「へいへい。」


 男は苦笑しながら。


 それでも、どこか嬉しそうに歩いていく。


「……。」


 アイリスは。


 二人の背中をじっと見つめていた。


 さっきまで。


『言うこと聞かなかったら、ひっぱたきゃいいんだよ!』


 そう言っていた人とは思えないほど。


 優しかった。


 そして。


 旦那さんは嬉しそうに見えた。


「じゃ、アイリスちゃん。」


 女性が振り返る。


「頑張ってね。」


「……はい。」


 アイリスは静かに頷いた。


 仕事をさせる。


 外へ出てもらう。


 そして。


 帰ってきたら。


 ちゃんと、お疲れ様と言う。


「……。」


 腕の中の買い物袋を抱え直す。


 ご主人様に合う仕事。


 自分には、まだ分からない。


 なら。


 分かりそうな人に聞けばいい。


「……ルコ。」


 小さく名前を呟き。


 アイリスは歩き出した。



 次の日。


「仕事?」


「うん。」


「レイに仕事させたい。」


「あー。」


 ルコは椅子へ深く腰掛けたまま、アイリスを見る。


「なんで?」


「昼間は、あまり外に出ない。」


「ご飯も食べないことがあるし。」


「まだ、あんまり元気ないから。」


「あぁ。」


「そういうことか。」


 ルコは納得したように頷く。


「それで。」


「仕事したら、少し元気になるかもしれないって。」


「近所の人が言ってた。」


「へぇ。」


「その人の旦那さんも。」


「前はお酒ばっかり飲んで。」


「博打して。」


「仕事もしてなかったって。」


「……レイとは、だいぶ違う気がするけどな。」


「でも。」


「今は元気だった。」


「旦那さんも、嬉しそうだった。」


「なるほどねぇ。」


 ルコは頬杖をつく。


 アイリスは真剣な顔で尋ねた。


「どんな仕事がいいと思う?」


「レイに?」


「うん。」


「……。」


 少しだけ考え。


「あいつなら。」


「何でも屋とかいいんじゃね?」


「何でも屋?」


「あぁ。」


「名前のまんま。」


「頼まれたこと、何でもやる仕事。」


「レイなら大抵のことできるし。」


「一つに決めるより、そっちの方が向いてんだろ。」


「……何でも。」


「そう。」


 アイリスは少し考え込む。


「どうしたら。」


「何でも屋になれる?」


「やる気かよ。」


「うん。」


「早ぇな。」


 ルコは苦笑する。


「まぁ。」


「この街でやるなら申請がいる。」


「審査とか色々あって。」


「普通にやると面倒なんだよ。」


「……難しい?」


「いや。」


 ルコは立ち上がる。


「俺が一緒ならすぐ終わる。」


「ほんと?」


「あぁ。」


「ただ。」


「仕事は自分で取ってこいよ。」


「……私が?」


「そ。」


 ルコは笑う。


「俺が全部やったら。」


「あいつには響かねぇ。」


「……。」


 アイリスは少しだけ考え。


 しっかりと頷いた。


「分かった。」


「私が探す。」


「おう。」


「じゃ。」


「行くか。」


「うん。」

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