ラクエン 大競売会
ラクエン最深部。
年に一度だけ開かれる、大競売会。
地下街とは思えないほど豪華な会場には。
巨大なシャンデリアが煌めき、赤い絨毯が奥まで続いている。
世界各国の富豪、貴族、商人たちが談笑しながら席へ着いていた。
競売に掛けられるのは奴隷だけではない。
希少な魔導具。
古代魔法書。
高ランク魔物素材。
闇市場でしか流通しない秘宝。
そして、奴隷。
この日だけは。
世界中の"欲しい物"がラクエンへ集まる。
黒いスーツに身を包んだレイは。
静かに会場を見渡した。
「……すげぇな。」
思わず漏れた一言。
地下街とは思えない。
まるで別世界だった。
隣を歩くルコが笑う。
「ラクエン最大の祭りだからな。」
「この日だけは世界中から金持ちが集まる。」
レイは軽く頷く。
普段着るスーツよりも、格式高い正装。
久しぶりだったが、不思議と身体は覚えていた。
席へ着く。
ルコが小さく笑う。
「競りは初めてか?」
「いや。」
レイは首を振る。
「子供の頃の遊びで何度かな。」
「ほぉ?」
「俺が札を上げれば終わってた。」
一瞬。
ルコが黙る。
「……。」
「それは競りじゃねぇ!」
思わず吹き出す。
レイも苦笑した。
「だろうな。」
「だから実質初めてみたいなもんだ。」
「安心しろ。」
ルコは肩を竦める。
「ここは違う。」
「王族も、貴族も、家柄も関係ねぇ。」
「欲しい奴が、一番高い金を積んだら勝ちだ。」
レイは小さく笑う。
「嫌いじゃない。」
やがて。
競売が始まった。
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最初の商品は、希少な魔導具。
開始価格は二千万ベル。
「見たことあるか?」
ルコが小さく尋ねる。
「似た物なら。」
レイは商品を見つめる。
「保存状態は悪くない。」
「この開始価格なら妥当だ。」
木槌が鳴る。
すぐに値段が上がっていく。
次に運ばれてきたのは。
黒く透き通った魔石だった。
レイは静かに目を細める。
「見たことはない。」
「だが。」
「おそらく魔石の中でもかなり高品質な物だ。」
「開始一千万なら安い。」
「本物なら、欲しい奴は必ず取りに来る。」
ルコが笑う。
「そこは安心しろ。」
「リスタードが流す商品は全部本物だ。」
「信用第一だからな。」
「偽物なんざ一つでも混じれば、この街は終わる。」
「なるほど。」
レイは静かに頷いた。
「じゃあ。」
ルコは客席へ視線を向ける。
「あいつ。」
「あの女。」
「一番奥の爺さん。」
「三人とも魔石目当てだ。」
「特に爺さんは魔石専門。」
「本物なら最後まで降りねぇ。」
レイは静かに目を閉じた。
――センス。
魔纏を極限まで研ぎ澄ませる。
触覚へ変換された魔力が。
会場全体を撫でるように広がる。
呼吸。
筋肉の僅かな緊張。
札を持つ指先。
重心の移動。
全てが伝わってくる。
ゆっくりと目を開く。
「……右の男は違う。」
「開始から飛ばしすぎだ。」
「周りを降ろしたいだけ。」
「女は予定額が決まってる。」
「途中で止まる。」
「最後まで残るのは。」
「奥の爺さんだ。」
ルコは笑った。
「やっぱ読むのはお前の仕事だな。」
競売は続く。
希少な薬草。
古代の魔導書。
高ランク魔物素材。
その度に。
ルコは参加者の素性を教え。
レイは、その場で相手の狙いを読む。
互いの得意分野くらいは、もう理解していた。
そして。
競売も終盤へ差しかかる。
ルコはネクタイを軽く整える。
「……レイ。」
「ああ。」
「ここからは本番だ。」
「参加者の情報は全部渡した。」
「後は。」
レイは静かに客席を見渡す。
「読む。」
短く答えた。
ルコは口元を緩める。
「外すな。」
「ああ。」
照明が落ちる。
司会者が一歩前へ出た。
「続きまして――」
会場の空気が。
一段と張り詰めた。
会場全体が静まり返った。
先ほどまで競り合っていた客たちも。
自然と舞台へ視線を向ける。
司会者が一歩前へ進み、静かに口を開いた。
「続きまして、本日一つ目の目玉商品。」
「エルフ族の少女でございます。」
ゆっくりと。
舞台中央へ、一人の少女が現れる。
美しい銀色の髪。
透き通るような白い肌。
そして。
誰よりも目を引く長い耳。
会場のあちこちから、小さなどよめきが起こる。
「久しぶりだな。」
「エルフか。」
「数年ぶりじゃないか?」
「状態もいい……。」
しかし。
レイの耳には何も入っていなかった。
「…………。」
その姿を見た瞬間。
時間が止まったような錯覚を覚える。
アイリスだった。
額には奴隷の証。
首には、魔力封じの首輪。
それでも。
レイを見つけた、その瞬間。
アイリスの瞳が、大きく揺れた。
「…………レイ。」
声は届かない。
けれど。
確かにそう口が動いた。
レイは、小さく頷く。
それだけで十分だった。
アイリスの瞳から。
一筋、涙が零れる。
「商品説明を――。」
司会者が話し始める。
その声を遮るように。
アイリスは、ゆっくりと目を閉じた。
そして。
歌い始める。
静かな歌声が。
会場全体へ響いていく。
誰一人として。
口を開かない。
ただ、その歌へ耳を傾けていた。
歌に応えるように。
空気中へ漂う精霊たちが。
淡く光り始める。
アイリスは無意識のまま。
その精霊魔力へ触れた。
柔らかな光が。
首元へ集まっていく。
そして。
首輪の内側へ。
精霊魔力が流れ込んだ。
――カチリ。
小さな音。
次の瞬間。
魔力封じの首輪が。
何事もなかったかのように床へ落ちた。
――カラン。
会場が静まり返る。
「……外れた?」
「魔力封じだぞ?」
「どうやった?」
「あり得ない……。」
誰も理解できなかった。
レイだけが。
静かに息を吐く。
(精霊魔力か。)
通常の魔力では。
身体から外へ、魔力を放つことしかできない。
そして。
魔力封じの首輪そのものが、魔力を通さない。
そのため。
外側から、首輪の内側に組み込まれた術式へ干渉することは不可能だった。
だが。
精霊魔力だけは違う。
空間を漂う精霊を媒介にすれば。
首輪を通過することなく。
内側へ直接、魔力を送り込める。
その結果。
首輪は、自ら解除された。
もちろん。
会場に、その理屈を知る者はいない。
だからこそ。
「……何だ、あの娘。」
「普通のエルフじゃない。」
「必ず手に入れろ。」
一気に空気が変わった。
「三千万!」
「四千万!」
「五千万!」
値段が。
一瞬で跳ね上がる。
ルコが顔を引きつらせた。
「おいおい……。」
「こんな展開、聞いてねぇぞ。」
レイは客席を見渡す。
センスが。
無数の呼吸を伝えてくる。
ルコが小さく囁く。
「右前。」
「西方のデブ貴族だ。」
「金だけは腐るほど持ってる。」
「見栄っ張りで有名だ。」
「競りで熱くなると、周りが見えなくなる。」
レイは静かに頷く。
視線を向ける。
――センス。
男の呼吸。
札を握る指先。
視線の動き。
僅かな筋肉の緊張。
全てを感じ取る。
さらに。
札を上げるたびに変わる、客席全体の空気。
その全てを。
頭の中で組み立てていく。
(……違う。)
レイは静かに確信した。
(商品には興味がない。)
札を上げるたび。
男の視線は商品ではなく、客席へ向いていた。
次々と降りていく参加者を見て。
口元が僅かに歪む。
(降りていく人間を見るたびに笑っている。)
(こいつは買い物を楽しんでいるんじゃない。)
(人を負かすことを楽しんでいる。)
だから。
ここまで何度も値を吊り上げてきた。
欲しいからではない。
自分の財力を誇示し。
他人を諦めさせる。
その瞬間を楽しんでいる。
ルコが再び口を開く。
「あいつは、一度勝ったと思ったら気が緩む。」
「昔からそうだ。」
「なるほど。」
レイは目を細める。
センスを通して。
男の呼吸が、少しだけ落ち着いた。
札を持つ手からも。
先ほどまでの力みが消えていく。
(十分見せつけたと思っている。)
満足している。
(次で満足する。)
ルコが短く言った。
「レイ。」
「ああ。」
「今だ。」
レイは迷わず札を上げた。
「二億八千万。」
静寂。
デブ貴族は札を握る。
震える。
額から汗が滴る。
ゆっくりと。
札を下ろした。
木槌が鳴る。
「――落札!!」
歓声が会場を包み込んだ。
舞台の上。
アイリスは涙を浮かべながら、ただレイを見つめていた。
やっと。
迎えに来てくれた。
その事実だけで胸がいっぱいだった。




