秘密
《転生者》
それを聞いて。
驚きが。すぐに消えたわけではない。
けれど。
ルコがハンター試験で感じていたという違和感。
この世界では耳にしない言葉への反応。
そして。
誰にも話していないはずの、自分の過去。
それらは、確かに一つの答えへ繋がっていた。
「同じ日本人だったことが。」
レイは、ルコを見据える。
「俺に協力する、最後の理由か。」
「最後の一押しだな。」
ルコは、あっさりと認めた。
「同郷だからってだけで。」
「無条件に信用してるわけじゃねぇよ。」
「ハンター試験での借り。」
「帝国を相手にした、お前の度胸。」
「今後、商売相手にすれば儲かりそうだって打算。」
指を折りながら。
一つずつ数えていく。
「そこに。」
「同じ日本から来た人間だって事実が重なった。」
「だから。」
ルコは、僅かに目を細めた。
「お前になら話してもいいと思った。」
「…………。」
「このことは。」
「今まで、誰にも話してない。」
いつもの軽い調子ではなかった。
前世の記憶。
自らの死。
この世界とは別の場所から来たという事実。
それを口にすることが。
ルコにとっても、軽いものではないのだろう。
「前世では。」
ルコは、壁へ背を預けた。
「恋人がいた。」
彼女は。
重い病を患っていた。
助ける方法はあった。
ただし。
そのためには、億を超える金が必要だった。
「親もいなかったし。」
「当時の俺も、何の力もないガキだった。」
「どれだけ足掻いても、金は用意できなかった。」
「…………。」
「金があれば、助かった。」
「でも。」
「俺には、その金がなかった。」
恋人を失い。
ルコは、そのあと。
自ら命を絶った。
そして次に目を覚ました時。
この世界のスラムで、赤子として生まれていた。
「笑えるだろ。」
「生まれ変わった先でも、また貧乏だ。」
「食い物も、着る物もない。」
「昨日まで生きてた奴が。」
「次の日には、道端で死んでるような場所だった。」
ある日。
捨てられていた魔法書を拾った。
文字を覚え。
独学で魔法を学び。
スラムで出会った仲間と共に、強くなった。
二人は、やがて旅へ出た。
だが。
「そいつも、ある国に裏切られて死んだ。」
「…………。」
「俺に金と権力があれば。」
「今度は、助けられたかもしれない。」
前世の恋人も。
今世の仲間も。
金と力が足りず、救えなかった。
「だから、プロハンターになった。」
「俺にとって。」
「金は、ただ贅沢をするためのもんじゃない。」
ルコは。
静かにレイを見る。
「命なんだよ。」
「金がなかったせいで失うのは。」
「もう、御免なんだ。」
だから。
金になる依頼を受ける。
奴隷が金になるなら売る。
裏切る方が得になるなら。
そうする可能性もあると、自分から認めている。
「綺麗事なんて。」
「とっくに見えなくなっちまった。」
「けどな。」
ルコの視線が。
僅かに鋭くなる。
「お前たちは。」
「何の得にもならないのに、あの里を守ろうとした。」
「帝国軍を相手に。」
「本気で命を張った。」
「…………。」
「馬鹿だと思ったよ。」
「否定はしない。」
「だろうな。」
ルコは、小さく笑う。
「でも。」
「そんな馬鹿を、俺は嫌いじゃない。」
「恋愛感情抜きで。」
「同じ男として惚れたのも、本当だ。」
「そこは強調するんだな。」
「二回も殴られたからな!」
ルコは。
腫れた頬を指差した。
「ちなみに、ガチホモってのはキャラ作りだ。」
「本当は女が好きだ。」
「…………。」
「前世より、妙に顔が良くなっちまってな。」
「女が寄ってくるのが面倒だから。」
「男が好きなふりをしてる。」
「余計な問題が増えてるようにしか見えないけどな。」
「少なくとも、女は寄ってこなくなったぞ。」
「代わりに男に殴られてる。」
「それはお前だけだよ!」
ルコの声が。
路地裏へ響いた。
そして。
僅かな沈黙が落ちる。
「それに。」
ルコは、再び声を落とした。
「お前たちと会って。」
「少しだけ、希望ができた。」
自分が。
この世界へ生まれ変わった。
レイたちも。
同じ日本から、この世界へ転生している。
ならば。
「前世のあいつも。」
「この世界のどこかにいるかもしれない。」
「…………。」
「保証なんて、どこにもねぇ。」
「馬鹿みたいな話だってことも分かってる。」
「それでも。」
ルコは。
微かに笑った。
「零じゃないと思えるようになった。」
「その可能性を見せてくれたのは。」
「お前たちだ。」
レイは。
目の前にいる男を、静かに見つめた。
自分の腹を貫き。
アイリスを連れ去った男。
金のためなら。
裏切ることもあると公言する男。
その行動を。
許せるわけではない。
けれど。
理解できない人間でもなかった。
「事情は分かった。」
レイは、ゆっくりと口を開く。
「お前が金に執着する理由も。」
「この世界の仕組みの中で。」
「帝国の依頼を受けたこともな。」
「俺も、この世界で人を殺してきた。」
「綺麗事で。」
「お前の生き方を否定するつもりはない。」
だが。
「アイリスを攫ったことを。」
「俺が許せるかどうかは、別の話だ。」
「……ああ。」
「それでも。」
レイは。
感情と判断を、切り離す。
「アイリスを取り戻すために協力するなら。」
「今ここで、お前と争う理由はない。」
真っ直ぐに。
ルコを見る。
「同じ元日本人として。」
「助けてほしい。」
「そのあとは。」
「俺にできることなら、できる限り協力する。」
「…………。」
ルコは。
少しの間、黙っていた。
やがて。
満足そうに笑う。
「やっぱり、お前は話が早いな。」
「余計なことはいい。」
「オークションへ入る方法を話せ。」
「へいへい。」
ルコは。
懐から、一枚の黒い札を取り出した。
表面には。
金色の紋章が刻まれている。
「大オークションは。」
「金さえ払えば、誰でも入れる場所じゃない。」
ラクエンでは。
表の身分に意味はない。
王族も。
貴族も。
ハンターも。
参加する権利を持たなければ、門前払いとなる。
「入場料は、百万ベル。」
「それとは別に。」
「参加権を持つ奴から紹介を受けて、一千万ベルを払う。」
「申し込み後の審査と手続きには。」
「最低でも二週間かかる。」
「大オークションは三日後。」
そこまで聞き。
レイはすぐに結論へ辿り着く。
「今から正規の参加権を取るのは、間に合わない。」
「そういうことだ。」
ルコは。
黒い札を指先で揺らした。
「ただし。」
「商品を出品した業者には、特別な枠がある。」
「入場料さえ払えば。」
「その年のオークションへ参加できる。」
「さらに。」
「一人だけ、客を無条件で紹介できる。」
「お前の紹介枠を。」
「俺に使うということか。」
「話が早くて助かるよ。」
ルコは。
札をレイへ差し出した。
「これで、お前は三日後のオークションへ入れる。」
「なぜ、そこまで――。」
口にしかけ。
レイは言葉を止めた。
その理由なら。
すでに、十分すぎるほど聞いている。
ルコも。
それに気づいたように、小さく笑った。
「ここで会ったのも、何かの縁だ。」
「ハンター試験の借りもある。」
「同じ日本から来た奴と会えた礼もある。」
「それに。」
いつもの調子で。
口元を歪める。
「お前と商売仲間になれば。」
「今後、かなり儲かりそうだからな。」
「最後の一言で、全部台無しだぞ。」
「本音を隠すよりいいだろ?」
「信用はできない。」
「だから正直に話してるんだよ!」
レイは。
差し出された札を受け取った。
「本当なら。」
「俺が買い戻すのが一番早かったんだがな。」
ルコは、頭を掻いた。
「もう出品の誓約書に署名してる。」
「しかも。」
「あの子は、大オークションの目玉だ。」
「今さら返せと言っても。」
「リスタード・ファミリーが認めるわけがない。」
「悪いな。」
「お前は死んだと思ってた。」
「…………。」
「だから。」
ルコは続ける。
「落札するのは、お前だ。」
「俺があの子を売って得る金は。」
「そのまま、お前の支払いへ回す。」
前金として。
ルコは、すでに三千万ベルを受け取っている。
落札額が三千万ベルを超えた場合。
超過分の八割が、追加の売却益として入る。
残り二割は。
オークション側へ支払う手数料だった。
「仮に、一億で落札された場合。」
「俺の取り分は、合計で八千六百万。」
「その全額を、お前の落札代金へ充てる。」
「不足は、一千四百万だ。」
「ただ。」
ルコは、僅かに眉を寄せる。
「一億を超える可能性もある。」
「余裕を見るなら。」
「あと三千万ほど、自由に動かせる金が欲しい。」
「お前の手持ちは?」
「二百万ベル。」
レイは、迷わず答えた。
「王都で、拠点を買ったばかりだ。」
「旅で手に入れた素材も。」
「その時に、ほとんど換金した。」
「……なるほどな。」
ルコは。
頭の中で、残された時間を計算する。
「お前なら。」
「高ランクの討伐依頼を何件かこなせば、金自体は作れる。」
「けど。」
「三日じゃ、現地までの往復と確認が間に合わない。」
「ああ。」
「倒す時間より、移動にかかる時間の方が長い。」
「となると。」
ルコは。
しばらく黙って考え込んだ。
やがて。
苛立ったように頭を掻き回す。
「あー、もう!」
「分かったよ!」
「不足分は、俺の手持ちから出してやる!」
「…………。」
「その代わり!」
勢いよく。
レイへ指を突きつける。
「絶対に返せよ!」
「お前の、その。」
「高ランクの討伐対象を簡単に倒せる、わけの分からねぇ実力で!」
「あとから、きっちり稼いで返させるからな!」
「分かった。」
「返す。」
「即答かよ!」
「返せるからな。」
「くそっ……!」
ルコは。
悔しそうに顔を歪める。
それでも。
大きく息を吐き。
レイを真っ直ぐに見た。
「もう、ここまで来たら最後までやるぞ。」
「三日後。」
「絶対に、あの子を取り戻す。」
「……お前。」
レイは、僅かに目を細めた。
「本当は、いい奴だったんだな。」
「俺の腹に穴を開けたけど。」
「うっせぇな!」
ルコの怒鳴り声が。
再び、路地裏へ響いた。
「もう、ヤケだよ! ヤケ!」
「お前みたいな奴と組めば。」
「裏切られる心配も少ないし。」
「長い目で見れば、もっと儲かりそうだからな!」
「それ、本人の前で言うのかよ。」
「お互い様だ、ボケ!」
大オークションまで。
残り三日。
アイリスを取り戻すため。
レイは。
自分の腹を貫いた男と、手を組むことになった。




