取り戻す方法
酒場を出た二人は。
人通りの少ない路地裏へ入った。
頭上には。
建物同士を繋ぐ足場や配管が、幾重にも走っている。
大通りの喧騒も。
ここまでは、ほとんど届かない。
「さっそくだが。」
ルコは壁へ背を預けると。
腫れた頬を擦りながら、レイを見た。
「お前一人で、あの子を奪い返すのは無理だ。」
「やってみなきゃ分からない。」
「分かるんだよ。」
ルコは即座に否定した。
「お前が強いのは知ってる。」
「潜入も、忍び込むのも得意なんだろう。」
「それでも無理だ。」
「理由は?」
「出品される奴隷は、普段から隔離されてる。」
ルコは指を折りながら続ける。
「場所を知ってる奴は限られてるし、護衛の数も多い。」
「運よく入り込めたとしても。」
「連れ出した時点で終わりだ。」
「…………。」
「大オークションは。」
ルコの声から。
先ほどまでの軽さが、少しだけ消えた。
「この地下街を支配する、リスタード・ファミリーが最も力を入れてる催しだ。」
「商品が消えれば。」
「ラクエン中へ、捜索命令が出る。」
「それでも逃げ切ればいい。」
「逃げ切ったところで助からねぇよ。」
ルコは首を横へ振った。
「出品中の奴隷には、逃亡防止用の首輪がつけられてる。」
「商品が消えてから二十四時間。」
「その間に見つからなければ。」
自身の首元を、指で軽く叩く。
「遠隔操作で爆発する。」
「…………。」
「本人だけじゃない。」
「近くにいる奴まで巻き込む威力だ。」
レイの目が。
僅かに細くなる。
「解除は?」
「正規に落札されれば外される。」
「それ以外の方法は?」
「知らねぇな。」
「少なくとも。」
ルコは、真っ直ぐにレイを見返した。
「試していいもんじゃない。」
潜入する。
護衛を倒す。
アイリスを連れ出す。
それだけなら。
不可能だとは思わない。
だが。
首輪を解除できないまま逃げれば。
アイリスの命そのものを危険に晒す。
「それに。」
ルコは続けた。
「ここで騒ぎを起こせば、《地砕》に目をつけられる。」
「表の王国は誤魔化せても。」
「ラクエンの連中からは逃げられないと思った方がいい。」
「この国にも、いられなくなるぞ。」
「…………。」
「リスクが大きいんじゃない。」
「リスクしかねぇんだ。」
レイは黙ったまま。
ルコの言葉を頭の中で組み立てていた。
正面から奪う。
潜入して連れ出す。
オークションそのものを襲う。
どれも。
アイリスの命を確実に守る方法にはならない。
「じゃあ、どうする。」
「買う。」
ルコは、あっさりと答えた。
「正規の手順で。」
「あの子を、お前が落札する。」
「…………。」
「気に入らねぇだろうけど。」
「それが一番確実だ。」
奴隷として売られるアイリスを。
自分が金を払って買う。
その行為に。
何も思わないわけではない。
それでも。
アイリスを生きて取り戻せるのなら。
選択肢から外す理由もなかった。
「買ったあとは?」
「額の奴隷印は残る。」
「魔法も使えないままだ。」
「だが、普通に生活はできる。」
グランフェルナでは。
購入から一年以内の転売や、国外への持ち出しには制限がある。
ただし。
世界各国を行き来することが認められたプロハンターなら。
身元も、目的も明確になる。
「お前のライセンスがあれば。」
「国外へ連れていく時も、問題にはならない。」
「つまり。」
「落札さえできれば。」
ルコが頷く。
「あの子を、堂々と連れて帰れる。」
レイが尋ねる。
「どうして俺に、そこまで話す。」
「ん?」
「アイリスを売れば、お前は大金を手に入れられる。」
「俺が参加すれば、落札額も上がるかもしれない。」
「そういう事か?」
ルコは。
少しだけ目を丸くしたあと。
小さく笑った。
「やっぱ、頭は回るんだな。」
「俺は、お前の仲間じゃない。」
壁から背を離す。
「金になるなら。」
「裏切ることだってある。」
「それは隠すつもりもねぇよ。」
「…………。」
「けど。」
ルコは。
指を一本立てた。
「ハンター試験の時、お前には借りがある。」
続けて。
二本目の指を立てる。
「ここを拠点にするなら。」
「お前と商売仲間になっておくのも、悪くない。」
「お前みたいな化け物と組めば、稼げそうだからな。」
「随分と正直だな。」
「下手に綺麗事を言うより、信用できるだろ?」
「できない。」
「即答かよ。」
ルコは肩を落とした。
だが。
すぐに顔を上げる。
「まあ、そう言うと思った。」
「だから。」
「もう一つ、決め手を教えてやる。」
「決め手?」
「ああ。」
ルコは少しだけ迷い。
周囲に誰もいないことを確かめた。
「間違ってたら。」
「かなり恥ずかしいんだけどな。」
先ほどまでとは違う。
僅かな緊張が、その表情に浮かんでいた。
「お前。」
ルコは、レイを見つめる。
「転生者だろ?」
「…………。」
レイの表情が。
初めて、大きく変わった。
その事実を。
誰かへ話したことは、一度もない。
母親にも。
「……どういうことだ。」
「その反応。」
ルコは、確信したように笑った。
「やっぱりそうか。」
「答えろ。」
「分かった、分かった。」
ルコは両手を上げる。
「ハンター試験の時から、少し妙だったんだよ。」
「妙?」
「ああ。」
「お前と、もう一人のあの男。」
当時を思い出すように。
ルコは目を細めた。
「二人で話してる時だけ。」
「たまに、空気が違った。」
「言葉っていうより……なんつーかな。」
「この世界の人間じゃない俺だから。」
「引っかかったのかもしれない。」
「…………。」
「まあ。」
「その時は、ただの勘だったけどな。」
ルコは。
先ほど殴られた頬を擦る。
「さっきの『ガチホモ野郎』で確信した。」
「…………。」
「この世界の人間が。」
「あんな調子で、その言葉を使うとは思えねぇ。」
「お前も。」
ルコは。
少しだけ懐かしそうに笑った。
「地球の日本から来たんだろ?」
「お前も……なのか?」
「ああ。」
ルコは頷く。
「俺も、転生者だ。」
地下街の薄暗い路地裏で。
レイは初めて。
自分たち以外の転生者と、出会った。




