守りたいもの
レイの表情が変わる。
帝国兵たちも。
その声を聞いた瞬間、道を開けた。
木々の陰から。
一人の男が、ゆっくりと姿を現す。
戦場にいるとは思えないほど。
その足取りは軽かった。
「久しぶりだな。」
男は、倒れた帝国兵たちを眺める。
「その様子だと、あんたはエルフ側か。」
「……ルコ。」
レイは。
アイリスを庇うように前へ出た。
「金か?」
「ああ。」
ルコは、あっさりと答えた。
「依頼は、帝国の指示に従うこと。」
「前金だけで、数百万もらってる。」
「…………。」
「それとは別に。」
ルコの視線が。
レイの背後にいるアイリスへ向けられる。
「エルフの女を一人連れて帰れば、いい値で売れる。」
「お前……。」
「その子を渡してくれれば。」
ルコは。
何でもないことのように続けた。
「俺は、ここで手を引く。」
「断る。」
「そう言うと思ったよ。」
ルコは、小さく息を吐いた。
「あんたには借りがある。」
「できれば、殺したくない。」
「そこを退いてくれないか?」
「退くわけないだろ。」
「だよなぁ……。」
ルコは。
困ったように首を傾けた。
「前に会った時も、そうだったな。」
「アイリス。」
レイは。
ルコから目を離さないまま、声を落とした。
「俺が時間を稼ぐ。」
「逃げろ。」
「嫌だ。」
「今度は聞け。」
「嫌!」
「アイリス!」
「レイだけ置いていけない!」
「…………。」
ルコが。
静かに地面を蹴った。
その姿が。
一瞬で、アイリスの視界から消える。
「下がれ!」
レイが振り返り。
アイリスの身体を突き飛ばした。
直後。
金属が激しくぶつかる音が響く。
レイは。
迫る刃を、辛うじて受け止めていた。
「遅くなったな。」
ルコが呟く。
「……うるせぇ。」
レイは。
刃を押し返そうとする。
けれど。
傷ついた左腕に力が入らない。
ルコが身体を捻る。
レイの足が払われ。
背中から地面へ叩きつけられた。
「レイ!」
「来るな!」
レイはすぐに起き上がる。
右手へ魔力を集め。
ルコへ向けて放った。
雷が。
森の中を駆け抜ける。
だが。
ルコは僅かに身体を傾けただけで、それを避けた。
「いつもの威力がないぞ。」
「……十分だ。」
レイは距離を詰める。
拳。
蹴り。
至近距離から放たれる魔法。
けれど。
そのすべてが。
あと一歩のところで届かない。
肩の傷。
失われた体力。
帝国兵との連戦。
そして。
ほとんど残っていない魔力。
レイの動きは。
目に見えて鈍くなっていた。
「もうやめろ。」
ルコが告げる。
「今のあんたじゃ、俺には勝てない。」
「……まだだ。」
「立つな。」
「まだ……終わってない。」
レイは。
再び前へ出る。
「本当に、頑固だな。」
ルコの姿が。
レイの懐へ入り込んだ。
「――っ!」
鈍い音。
レイの身体が、大きく揺れた。
腹部から。
刃の先端が突き出している。
「レイ……?」
アイリスの声が。
震えた。
ルコが刃を引き抜く。
鮮血が飛び散り。
レイは、その場へ膝をついた。
残っていた魔力が。
刺突の衝撃によって、完全に乱れる。
左肩へ集中させていた魔力も。
新たに開いた腹部の傷を押さえる魔力も。
もう、維持することができなかった。
肩と腹部から。
止める術を失った血が、次々と溢れ出す。
「レイ!!」
アイリスが駆け寄る。
倒れかけた身体を抱き留め。
腹部の傷へ、両手を押し当てた。
「大丈夫……。」
「今、治すから……!」
「アイリス……逃げろ……。」
「喋らないで!」
傷が深すぎる。
魔力の尽きたレイは。
もう、出血を抑えることさえできない。
アイリスの魔法では。
傷が広がることは防げても。
溢れ続ける血を、止めることはできなかった。
「お願い……。」
「止まって……!」
「止まってよ……!」
淡い光が。
震えながら、傷口を包む。
それでも。
指の隙間から。
温かい血が、次々と溢れてくる。
「悪いな。」
頭上から。
ルコの声が聞こえた。
アイリスが顔を上げる。
ルコは。
再び刃を構えていた。
「そこまでやられても。」
「こいつは、諦めない。」
刃が振り下ろされる。
「やめて!!」
アイリスは。
考えるより先に、レイの身体へ覆い被さっていた。
背中へ。
焼けるような痛みが走る。
「――っ!」
銀色の髪が舞い。
血が、宙へ散った。
「アイリス……!」
レイの声が響く。
力が抜ける。
けれど。
地面へ倒れる前に。
ルコの腕が、アイリスの身体を掴んだ。
「離せ……!」
レイが手を伸ばす。
だが。
身体は、もう動かなかった。
「アイリスを……離せ……!」
「……ごめんね、レイ。」
アイリスは。
薄れていく意識の中で、笑おうとした。
「助けられなくて……。」
「違う……!」
レイは。
血に濡れた地面を這う。
「俺が……お前を守れなくて……!」
「……悪いな。」
ルコは。
傷ついた二人を見下ろした。
「少しばかり、胸糞は悪いけど。」
アイリスの身体を抱え直す。
「でも、これも運命だよ。」
「この子は、連れていく。」
「アイリス……!」
ルコが。
森の奥へ歩き出す。
「待ってくれ……!」
レイが伸ばした手が。
少しずつ。
遠ざかっていく。
「待って……。」
アイリスも。
必死に手を伸ばした。
けれど。
二人の指が触れることはなかった。
「アイリス……!」
レイの声が。
遠くなっていく。
「また……。」
地面へ伏したレイが。
震える声で呟いた。
「また、救えないのか……。」
「あの時みたいに……。」
その言葉を最後に。
アイリスの視界は。
暗闇へ沈んでいった。




