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LAVeLESS  作者: 神矢
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29/91

守りたかったもの

 レイたちが洞窟を離れたあと。


 エルフたちは、森の南へ向けて移動を始めた。


 幼い子供。


 傷ついた戦士。


 自力では歩けない老人。


 全員が互いの身体を支えながら。


 木々の間を、静かに進んでいく。


「こちらの方を、横にしてください。」


 レイの仲間である少女は。


 倒れかけた戦士の身体を、地面へ寝かせた。


 傷口へ手をかざすと。


 淡い光が、血に濡れた衣服を照らす。


「少し痛むかもしれませんが、我慢してください。」


「……すまぬ。」


「謝らないでください。」


 少女は治療を続けながら。


 それでも時折、来た道を振り返っていた。


 レイたちが消えていった方向を。


 心配そうに。


 何度も。


 森の遠くから。


 激しい爆発音が響いた。


 鳥の群れが。


 木々の上から、一斉に飛び立っていく。


「レイ……。」


 アイリスは、足を止めた。


「進むんじゃ、アイリス。」


 長が声をかける。


「じゃが……。」


 長もまた。


 戦いの音が聞こえる方向へ、険しい目を向けていた。


「今戻ったところで、足手まといになる。」


「分かってる……。」


 アイリスは、拳を握った。


 レイは言っていた。


 少し騒いで。


 敵を遠くへ連れていくだけだと。


 戦うための作戦ではないと。


 けれど。


 森を揺らすほどの轟音が。


 何度も、何度も響いている。


 あれが。


 ただ逃げているだけの音だとは思えなかった。


「誰か来るぞ!」


 先頭にいた戦士が声を上げた。


 木々の間から。


 一人のエルフが、足を引きずりながら姿を現す。


「しっかりしろ!」


 仲間たちが駆け寄り。


 倒れかけた身体を支える。


「帝国軍は……?」


「北へ……向かっておる。」


 戦士は、苦しそうに息を吐いた。


「人族の……二人が……。」


「敵の前へ出て……。」


「二人だけで、帝国軍を止めておる……。」


「二人だけで……?」


 アイリスの顔から。


 血の気が引いていく。


「レイは……。」


 震える声で尋ねる。


「黒い髪の人族は、どうしてるの?」


「ひどい傷じゃ……。」


「それでも……まだ戦っておる。」


「…………。」


 アイリスは。


 治療を続ける少女へ目を向けた。


「レイは、敵を遠くへ連れていくだけだって言ってた。」


「……はい。」


 少女は。


 わずかに目を伏せた。


「レイ兄は、皆さんを安心させたかったのだと思います。」


「最初から、知ってたの?」


「…………。」


 返事はなかった。


 それだけで。


 十分だった。


「嘘つき……。」


 アイリスは、小さく呟いた。


 絶対に戻ってくる。


 そう約束した。


 いつものように笑って。


 自分の頭を撫でて。


 すぐに戻ると言った。


 けれど。


 レイは最初から。


 自分たちだけで、帝国軍を食い止めるつもりだった。



「アイリス?」


 長が呼びかける。


 アイリスは。


 森の奥へ目を向けた。


「……ごめんなさい。」


「何を――。」


 地面を蹴る。


「アイリス!」


 背後から。


 少女の声が追いかけてくる。


 けれど。


 今、その場を離れれば。


 治療を受けている戦士の命が危ない。


「待ってください!」


 声が遠ざかる。


 アイリスは振り返らなかった。


 枝が腕を掠める。


 足元の根に躓きそうになる。


 それでも。


 ただ、前へ走り続けた。


 レイは。


 自分たちを守るために戻ってきた。


 なら。


 自分だけが逃げることなど、できなかった。



 森の中に。


 無数の帝国兵が倒れていた。


 気を失っている者。


 武器を失い、動けなくなっている者。


 木々へ身体を打ちつけられた者。


 その中心で。


 レイは、荒い呼吸を繰り返していた。


 左肩には魔力を集中させ、出血だけはどうにか止めている。


 けれど。


 傷そのものが治ったわけではない。


 動くたび。


 切り裂かれた傷が、さらに深く開こうとする。


 魔力も。


 すでに、ほとんど残っていなかった。


「まだ……いるのかよ……。」


 レイの前には。


 剣を構えた帝国兵が、何人も立っている。


 もう一人の仲間は。


 別の部隊を引きつけ、さらに北へ向かったらしい。


 今。


 この場所で戦っているのは、レイ一人だった。


「捕らえろ!」


 兵士たちが、一斉に動く。


 レイも。


 地面を踏み込もうとした。


 その時。


 横から放たれた水の塊が、兵士の顔へ直撃した。


「ぐっ……!」


 体勢を崩した兵士へ。


 続けて、水の矢が突き刺さる。


「誰だ!」


 兵士たちが振り返った。


「レイ!!」


「アイリス……?」


 木々の間から。


 銀色の髪を揺らしながら、アイリスが駆けてくる。


「どうして、ここに……。」


「私たちの里だから!」


 アイリスは、声を張り上げた。


「私たちが守るんだよ!」


「アイリス……駄目だ……!」


 レイが叫ぶ。


「逃げろ!」


「嫌!」


 アイリスは。


 レイの隣へ並んだ。


「私も戦う。」


「お前まで捕まったら、意味がないだろ!」


「レイが死んだら、もっと意味ない!」


「…………。」


 レイは。


 一瞬、言葉を失った。


 その隙を狙い。


 帝国兵が背後から斬りかかる。


「レイ!」


 アイリスが叫ぶより早く。


 レイは身体を捻り、刃を避けた。


 兵士の腕を掴み。


 そのまま地面へ投げ落とす。


「くっ……!」


 けれど。


 レイの膝が、大きく揺れた。


 アイリスは、すぐにその身体を支える。


「傷を見せて。」


「今はいい。」


「よくない!」


 アイリスは。


 レイの左肩へ手をかざした。


 淡い光が。


 裂けた傷口へ流れ込んでいく。


 深い傷を、すぐに治すことはできない。


 それでも。


 これ以上、傷が広がらないようにすることはできる。


 出血自体は。


 レイが傷口へ魔力を集中させることで止めていた。


 けれど。


 アイリスはまだ、その技術を知らなかった。


「アイリス。」


「黙ってて。」


「でも――。」


「少しだけだから。」


 アイリスは。


 必死に魔力を流し続けた。


 その時。


 離れた木々の奥から。


 枯れ枝を踏む音が聞こえた。


「ずいぶん派手にやったな。」

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