人族を信じた日
それから数日。
レイの仲間の一人が、優秀な医者だった。
意識を取り戻してからは。
全員に残っていた毒と傷を、瞬く間に治してしまった。
あとは、失った体力を戻すだけ。
そのため。
レイたちは、もうしばらく里で休養することになった。
最初は遠巻きに眺めていた里の子供たちも。
今ではすっかり、三人の周囲へ集まるようになっていた。
「もう一回!」
「次はもっと高く!」
「分かった、分かったから順番な!」
レイの仲間の一人が、風の魔法で木の葉を舞い上げる。
空へ昇った無数の葉が。
鳥の群れのように形を変えながら、子供たちの頭上を旋回していた。
歓声が上がる。
もう一人の仲間は。
擦り傷を作った子供へ、慣れた手つきで治癒魔法をかけていた。
「これくらいなら、すぐ治りますよ。」
「痛くないですか?」
「うん!」
「でも、次からは走る時に足元も見ましょうね。」
「はーい!」
その光景を眺めながら。
アイリスは、少し離れた場所に座っていた。
「混ざらないのか?」
隣から声をかけられる。
レイだった。
「子供じゃないから。」
「俺とそんなに変わらないだろ。」
「レイも子供なの?」
「俺は大人。」
「嘘。」
「失礼な奴だな。」
レイは笑いながら、アイリスの隣へ腰を下ろした。
「でも。」
アイリスは、子供たちを見る。
「みんな、楽しそう。」
「そうだな。」
「人族を怖がらなくなった。」
「俺たちが特別、怖くないだけかもな。」
「レイは少し変。」
「それ、褒めてる?」
「分からない。」
「じゃあ褒め言葉として受け取っとくわ。」
レイはそう言って。
楽しそうに遊ぶ仲間たちを眺めていた。
その横顔は。
森の外の話をしていた時と同じように、穏やかだった。
同じ頃。
里の中央にある大樹の中では。
長と、帝国の貴族が向かい合っていた。
長い間。
人族との交流を断ってきた、エルフの里。
五十年以上前に起きた争いで。
多くのエルフが、人族によって命を奪われた。
今も。
人族を憎んでいる者は、決して少なくない。
長もまた。
幼い頃に、大切な者を失っていた。
それでも。
里を閉ざしたままでいることが、本当に正しいのか。
その答えを。
長は、ずっと考え続けていた。
「帝国は、エルフ族との正式な交流を望んでおります。」
貴族は、穏やかな口調で告げた。
「薬草や魔導技術の交易。」
「そして、互いの文化や知識を共有する機会を設けたい。」
「もちろん。」
「里の者へ、無理に外へ出ることを求めるつもりはありません。」
「…………。」
長は。
貴族の言葉を、黙って聞いていた。
「我々も。」
貴族は続ける。
「過去の争いを、なかったことにできるとは思っておりません。」
「ですが。」
「これから先まで、憎しみだけを残す必要もないはずです。」
長い沈黙のあと。
長は、静かに目を閉じた。
「……すぐに、すべてを受け入れることはできぬ。」
「当然です。」
「じゃが。」
長は目を開く。
「そなたたちの話を聞くことから、始めてみよう。」
貴族は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
里が。
もう一度、人族を信じようとした瞬間だった。
⸻
「もう、行くの?」
森の出口。
アイリスは、荷物を背負ったレイたちを見上げていた。
「ああ。」
「俺たちも、仕事の途中だからな。」
レイの隣には。
帝国の貴族と案内人。
そして、二人の仲間が立っている。
貴族は。
里の長と交わした約束を帝国へ持ち帰り、正式な使節を送ることになっていた。
「すぐ戻ってくる?」
「どうだろうな。」
レイは、少し困ったように笑う。
「正式な話になったら。」
「俺たちが来るとは限らないから。」
「…………。」
「でも。」
レイは、アイリスの前で膝を折り、目線の高さを合わせた。
「約束しただろ。」
「いつか、森の外へ連れていくって。」
「忘れてない?」
「忘れるかよ。」
レイは笑う。
「俺、約束は守る方なんだ。」
「本当に?」
「たぶん。」
「たぶん……。」
「いや、守る。ちゃんと守るから。」
アイリスは。
差し出されたレイの手を見る。
それから。
自分の小さな手を、そっと重ねた。
「約束。」
「ああ。」
「約束だ。」
二人は。
もう一度、同じ言葉を交わした。
「じゃあな、アイリス。」
「うん。」
「またね、レイ。」
レイたちの姿が。
木々の向こうへ、少しずつ小さくなっていく。
やがて。
完全に見えなくなった。
それでもアイリスは。
しばらく、その場から動かなかった。
次に会う時は。
森の外の話を、もっと聞きたい。
そしていつか。
レイが育ったという国のように。
人族とも、同じ場所で笑える日が来るのかもしれない。
そんな未来を。
少しだけ、信じてみたくなっていた。




