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LAVeLESS  作者: 神矢
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24/95

初めて出会った、あの日から

 その日は、朝から激しい雨が降っていた。


 屋根を叩く雨音が、家中に響いている。


 レイが目を覚ましたのは、すでに昼を過ぎた頃だった。


「……よく降るな。」


 欠伸をしながら、居間へ向かう。


「アイリスー。」


 返事はない。


「……?」


 台所にもいない。


 二階にもいない。


「どこ行った?」


 不思議に思いながら玄関を開けた、その瞬間。


「…………は?」


 レイは目を疑った。


 庭の真ん中。


 土砂降りの雨の中で。


 アイリスが、背筋を伸ばして立っていた。


 全身ずぶ濡れになり。


 肩口で切り揃えられた水色の髪から、絶え間なく雨粒が滴り落ちている。


「おい!」


 レイは慌てて外へ飛び出した。


「何やってんだ!」


 アイリスは、きょとんとした顔で振り返った。


「待機。」


「いや、それは見れば分かる!」


「なんで外なんだよ!」


 アイリスは、少しだけ首を傾げた。


「……奴隷だから。」


「……は?」


「昨日、本で読んだ。」


 何でもないことのように、ぽつりと告げる。


「奴隷は、汚い服を着るもの。」


「綺麗な家の中で暮らす奴隷はいない。」


「犬小屋でも十分だって。」


「だから。」


 雨が、アイリスの頬を伝っていく。


「私は、外にいる。」


 その表情に迷いはなかった。


 本気だった。


「…………。」


 レイは、数秒間黙り込んだ。


 怒鳴りつけることもできた。


 力ずくで家へ連れ戻すこともできた。


 けれど。


 そんなことをすれば。


 アイリスが背負おうとしている覚悟まで、否定してしまうような気がした。


「……そっか。」


 レイは、静かに頷いた。


「気が済むまで立ってろ。」


「え?」


「その代わり。」


 そう言って。


 レイは、その場へ腰を下ろした。


 降りしきる雨など気にもせず。


 庭の真ん中へ。


「俺も付き合う。」


「……レイ?」


「お前一人じゃ、退屈だろ。」


 レイはアイリスを見上げ、笑った。


「ほら。」


「一緒に風邪ひこうぜ。」


「いや、だけど……。」


「じゃあ、中に入ろう。」


「…………」


「…………」


 アイリスは、困ったような顔をした。


「レイは、風邪ひく。」


「お前もひくだろ。」


「私は奴隷だから。」


「俺の従業員でもある。」


「…………」


「それに。」


 レイは空を見上げた。


 大粒の雨が容赦なく顔へ降り注ぐ。


 それでも、どこか楽しそうに笑っていた。


「俺、結構頑固なんだ。」


 もう一度、アイリスを見る。


「お前が動かないなら。」


 レイは、濡れた前髪をかき上げた。


「俺も動かねぇ。」


「…………。」


 アイリスは、雨の中へ座り込んだレイを見つめた。


 このままでは。


 本当に、いつまでもここにいるつもりなのだろう。


「……主人が、奴隷に付き合う必要はない。」


「俺が勝手に付き合ってるだけだ。」


「でも……。」


「それとも何か?」


 レイは、わざとらしく肩を竦めた。


「奴隷は主人を雨の中に放置するもんなのか?」


「それは……違う。」


「なら、一緒に中へ入ろうぜ。」


「…………。」


 アイリスは、しばらく黙っていた。


 やがて。


 観念したように、小さく頷く。


「……分かった。」


「よし。」


 レイは満足そうに立ち上がった。


 その直後。


「へくしっ!」


「…………。」


「今のは違う。」


「風邪ひいてる。」


「まだひいてねぇよ。」


「くしゃみした。」


「雨が鼻に入っただけだ。」


「早く中に入って。」


「お前が言うのかよ。」


 二人は、揃って家の中へ戻った。


 床を濡らさないよう、アイリスが玄関で立ち止まる。


 けれど。


 レイは気にした様子もなく、乾いた布を持ってくると、そのままアイリスの頭へ被せた。


「ほら。」


「自分で拭ける。」


「知ってるよ。」


 そう言いながら。


 レイは、水色の髪を乱すように拭いていく。


「次からは、外で待つなよ。」


「でも、レイが寝てたから。」


「起こせばいいだろ。」


「主人を起こすのは……。」


「昼過ぎまで寝てる主人が悪い。」


「…………。」


「だから、遠慮すんな。」


 その頃のアイリスには。


 レイの言葉を、素直に受け入れることはできなかった。


 自分は奴隷で。


 レイは主人。


 それ以外の関係になれるとは、まだ思っていなかった。


 それでも。


 雨に濡れながら隣へ座った、この変わった主人のことを。


 少しだけ。


 信じてみてもいいのかもしれないと思った。


 けれど。


 思い返してみれば。


 レイは、この家で暮らし始めてから変わったわけではない。


 自分が面倒なことへ巻き込まれると分かっていても。


 見捨てる方が後味が悪いとでも言うように、誰かへ手を伸ばしてしまう。


 初めて出会った、あの日から。


 ずっと。



 ◇


 初めて出会った、あの日から。


 レイは。


 何も変わっていなかった。


 ◇

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