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LAVeLESS  作者: 神矢
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22/90

シュトリア・レ・マーブル 店主の一日

 中級区。


 何でも屋 《ラヴェレス》とは反対側の区画に、一軒のケーキ屋がある。


 店の名前は《シュトリア・レ・マーブル》。


 ケーキだけでなく、焼き菓子やチョコレート、季節の果物を使った菓子まで、様々なものを扱っている。


 中でも特徴的なのは、光魔法を使ったお菓子だ。


 口に入れた瞬間、淡い光が弾けるもの。


 皿の上で小さな星が瞬くもの。


 香りとともに光の花が開くもの。


 見て、聞いて、嗅いで、触って、味わう。


 五感すべてで楽しみ、少しでも幸せな気持ちになってもらう。


 それが、この店の店主――レナ=シュトリアのお菓子作りだった。


「よし!」


 最後のケーキをショーケースに並べ、レナは満足そうに頷いた。


 扉の札を裏返す。


 今日も《シュトリア・レ・マーブル》の一日が始まる。


     ◇


 店に来るのは、もちろん街の人たちがほとんどだ。


 毎朝同じ焼き菓子を買っていく人。


 仕事の休憩中に紅茶を飲みに来る人。


 学校帰りに少ないお小遣いを握って、真剣にケーキを選ぶ子供たち。


 けれど、この店には時々――少し変わったお客さんもやってくる。


「よ、レナ。」


「あ、ルコ。いらっしゃい。」


「今日商談があってさ。おすすめ適当に包んでくれよ。」


「何人?」


「四人。」


「じゃあ、甘すぎない方がいいかな。」


「任せる。お前の店なら外さねぇだろ。」


「ふふ。ありがと。」


 ルコとは、プロハンター試験で知り合った。


 あの試験では、まったく知らない者同士で四人のパーティーを組まされた。


 レナとルコ。


 そして、レイ。


 もう一人は、受験者に紛れ込んでいた試験官だった。


 試験の途中で、その試験官が裏切る。


 レナもルコも、その正体には気づかなかった。


 けれどレイだけは、途中から試験官を怪しんでいた。


 裏切る可能性まで考え、あらかじめその場面を想定していたらしい。


 実際に試験官が動いた時には、ルコもさすがの対応力で即座にレイと連携した。


 結果、危なげなく突破することができた。


 だからレナには、二人に少しだけ借りがある。


「はい。これでどう?」


「お、いいじゃん。いくら?」


「あと、これ。」


「ん?」


「新作。一個おまけ。」


「……お前、たまにこういうことするよな。」


「いらない?」


「いる。」


「じゃあ持ってって。」


「ありがとな。また来るわ。」


「商談頑張ってねー。」


 別に、大げさな恩返しをしようとは思っていない。


 たまに一つ、おまけする。


 それくらいでいい。



「こんにちは!」


「あ、クロノちゃん。いらっしゃい。」


 昼を過ぎた頃、桃色の髪を揺らしながら、一人の少女が店に入ってきた。


 最近この街に来たばかりみたい。


 褐色の肌をした、十七歳の女の子。


 クロノだ。


 ショーケースの前に立つと、並んだケーキを真剣に見比べる。


「うーん……。」


 右を見る。


 左を見る。


 もう一度右を見る。


 そして――。


「ボクは今日これにする!」


「今日はそれ?」


「うん!」


 クロノちゃんは、レイの弟子だ。


 前に本人から聞いた。


 ギルドランクが一定まで上がったら、本格的に修行をつけてもらえるらしい。


 だから頑張るんだ、と。


 その時のクロノちゃんは、とても楽しそうだった。


「最近どう?」


「頑張ってるよ! 早くランク上げたいから!」


「ふふ。そっか。」


「うん!」


 選んだケーキを受け取って、クロノちゃんは嬉しそうに席へ向かっていった。


 ふと、外を見ると。


 店の前に、スーツ姿の男たちが現れた。


 その中央には、深くフードを被った男性。


 ――国王陛下だ。


 一応、お忍びらしい。


 ただ、この辺りではもう結構知られている。


 近所の人たちも気づいているけれど、誰も声をかけたりはしない。


 静かに過ごしたくて来ているのだと、みんな分かっているからだ。


「いらっしゃいませ。」


「うむ。今日は空いているか?」


「はい。奥のお席へどうぞ。」


「私はどこでも構わんぞ?」


「護衛の方もいらっしゃいますし、他のお客様が緊張してしまいますので。」


「そうか。では任せよう。」


 陛下は時々、この店へ来てくださる。


 特別なことをするわけではない。


 ケーキを食べて、紅茶を飲んで。


 少し休んで帰っていく。


 その日もいつもと同じだった。


 ――はずだった。


「あっ。」


 窓の外に、見覚えのある黒髪が見えた。


 レイだ。


 店内を覗き込んでいる。


 レナと目が合う。


 そのままレイの視線が奥へ動いて――。


 国王陛下と目が合った。


「…………。」


「…………。」


 レイが消えた。


「あー……帰っちゃった。」


「ん?」


 国王が窓の外を見る。


「今の黒髪の若者はどうしたんだ?」


「たぶん、陛下がいらっしゃるので遠慮したんですよ。」


「私がいたからか。それは悪いことをしたな。」


「大丈夫ですよ。どうせ後で来ますから。」


「そうか。」


 国王は紅茶へ手を伸ばす。


 けれど、ふともう一度窓へ目を向けた。


「……あの黒髪の若者。」


「はい?」


「どこかで見たことがあるような……。」


 レナは首を傾げた。



 王族のお客さんは、もう一人いる。


「こんにちは、レナさん。」


「あ、シャルちゃん。いらっしゃい。」


 十五歳の少女、シャルロア。


 この国では、王族は成人するまで基本的に表へ出ない。


 だから彼女の顔を知っている人はほとんどいない。


 第二王女だと教えてもらったのは、少し前のことだった。


 正体を知ってもレナなら態度を変えないと思ったから。


 そう言われた。


 だから、変えていない。


「今日は何にする?」


「迷いますね……新作も美味しそうです。」


「おすすめだよ。」


「では、それをいただきます。」


 シャルちゃんは、時々こうしてこっそり城を抜け出してくる。


 この店のお菓子を食べると幸せな気持ちになる、と言ってくれた。


 そして――。


「あ、レイさん。」


「お、シャルじゃん。」


 少し前からレイとも知り合いらしい。


 この店で二人が顔を合わせた時は、レナも少し驚いた。


「今日はアイリスさんも一緒なんですね。」


「うん。こんにちは、シャル。」


「こんにちは、アイリスさん。」


 レイは、シャルちゃんをどこかの貴族のお嬢さんだと思っている。


 第二王女だとは知らない。


 そしてレナは――シャルちゃんがレイを好きなのも知っている。


 だから、もちろん余計なことは言わない。


 レイとは、プロハンター試験の後、しばらく会っていなかった。


 数年ぶりに再会したのは、この店だ。


 それからは、よく顔を出してくれる。


 今日も妹のアイリスちゃんと一緒だった。



「こんにちは。あっ。」


 新しく店に入ってきた女性が、レイを見て足を止める。


「おう、ヒナ。」


「あなたは仕事してきなさいよ。」


「今日は休みだぞ。お前こそ仕事してこいよ。」


「私だって休み。あなたに休みなんていらないでしょ。私はアイリスと休んどくから。」


「なんでだよ!」


 ヒナさんは軍人さん。


 自分と同じ歳なのに、軍本部の少佐さんなんだとか。


 いつもレイとはこんな風に軽口を言い合っている。


 でも、仲が悪いわけではなさそうだ。


 結局、三人で同じ席に座っている。


「あんた、いつも同じの食べてるわね。」


「これが美味いんだよ。」


「他にも食べればいいのに。」


「好きなの食えばいいだろ。」


 ヒナさんがアイリスちゃんを見る。


「アイリスは今日も全種類制覇目指してるの?」


「もう……終わった。」


「早いわね。」


「うん。」


「どれがおすすめ?」


「これ。」


「じゃあそれにするわ。」


 アイリスちゃんが指差したケーキを、レナは笑いながら取り出した。


 そんな時。


 店の扉が開いた。


「…………。」


「あ。」


 レイが振り返る。


「お前、本当に鼻いいよな。」


 メルちゃんだった。


「何食べるんだ?」


 メルちゃんがショーケースを見る。


 しばらくして、一つを指差した。


「これ。」


「はいはい。」


 レイが立ち上がる。


 どうやら今日も、レイにたかりに来たらしい。


 メルちゃんは素直じゃない。


 でも、ケーキを食べ終わった後は――。


「ごちそうさま。」


「おう。」


 二人が揃って店を出ていった。


「あぁ、今日も行っちゃったー。」


 今頃、街のどこかを走り回っているのだろう。


 レナは残されたアイリスちゃんを見る。


「ふふ。アイリスちゃん、ケーキおまけしてあげる。」


「いいの?」


「いいよ。」


「ありがとう。」


「また甘やかしてるわね。」


 ヒナさんが笑う。


「いいの。アイリスちゃん可愛いから。」


「……そういえば。」


 レナは思い出す。


「またメルちゃんのところにケーキ持ってかないとね。」


 毎月、中旬ごろの日曜日。


 レナは下級区の孤児院へ、お菓子を持っていく。


 今ではレイとアイリスちゃんも毎回手伝ってくれている。


「レイには、また運ぶの手伝ってもらわないと。」


「うん。私も手伝うよ。」


「じゃあ次は絶対休み取るわ。」


 ヒナさんも紅茶を飲みながら言った。


「私も手伝わせてもらうから。」


「ほんと? 助かる!」


 やがて日が暮れる。


 最後のお客さんを見送り、テーブルを片付ける。


 ショーケースを綺麗にして。


 明日の準備を済ませて。


「よし。」


 レナは店の灯りを落とした。


 扉を閉め、今日の営業を終える。


 中級区。


 何でもラヴェレスとは反対側の区画にある、小さなケーキ屋さん。


 明日になれば、またいろんな人がこの扉を開ける。


 《シュトリア・レ・マーブル》は――


 今日も街の人に癒しを届けている。

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