黒猫とやっぱり変な人
孤児院を訪れた日。
レイはいつものように、頼まれた仕事を手際よく片付けていた。
荷物を運び終え、庭へ戻ってくると、ローズが湯気の立つお茶を二つ持って近付いてくる。
「少し休憩にしませんか?」
「お、ありがとう。」
二人は軒先に並んで腰を下ろした。
庭では子供たちが元気よく遊び回っている。
その少し離れた場所では、メルが何気ない様子で庭を眺めながら耳をこちらへ向けていた。
ローズは湯呑みを両手で包みながら、ふと思い出したように口を開く。
「レイさん。」
「ん?」
「レイさんのところの何でも屋さんって。」
「プロハンターが社長の会社なんですよね?」
レイは少しだけ考える。
「あぁ。」
「そうだな。」
ローズは安心したように微笑んだ。
「やっぱり。」
「どうりでお仕事が早くて丁寧なわけですね。」
「それはどうも。」
ローズは少し照れくさそうに笑った。
「そんなところから来ていただけるなんて。」
「うちは本当に恵まれてますね。」
レイは苦笑する。
「まぁ、そう言われると悪い気はしないな。」
「世界最高峰の教育を受けてるんでしょうね。」
「ん?」
レイは首を傾げた。
「いや。」
「そんなの受けてないが……。」
ローズは感心したように何度も頷く。
「なるほど。」
「背中で語るというやつですね。」
「え?」
「え?」
二人とも本気で首を傾げる。
少しだけ沈黙が流れる。
ローズはくすりと笑った。
「ご縁って、不思議なものですね。」
「あ、そうだ。」
「ここへは慈善事業で来てくださってるんですか?」
「いや。」
「何でも屋をやる条件で、ギルド指定の依頼が毎月あるんだ。」
「その一つがここ。」
「そうだったんですね。」
ローズは胸に手を当て、小さく頭を下げる。
「それでも、うちとしては本当にありがたいです。」
少し考えてから、遠慮がちに続ける。
「うちには、プロの方にお願いするようなお仕事はありませんけど……。」
「もし、本当に困ることがあったら。」
「……ご相談してもいいんでしょうか。」
「まぁ。」
レイは軽く頷く。
「何かあったら。」
「できることはするよ。」
ローズの表情がふっと和らいだ。
「ありがとうございます。」
「その一言だけで十分です。」
嬉しそうに微笑む。
「あ。」
「そうだ。」
レイは右手へ視線を落とした。
指貫グローブを外し、そのまま手の甲をローズへ向ける。
「はい。」
「……え?」
ローズは目を丸くする。
「ん?」
レイは少しだけ首を傾げた。
「あぁ。」
「プロハンターの刻印。」
「一応、提示しとこうと思って。」
ローズは刻印とレイの顔を何度も見比べる。
「え……?」
「なんで……?」
「社長さんが……。」
「プロハンター……?」
レイはきょとんとした。
「ん?」
「俺が社長だけど。」
「知ってたんじゃないの?」
ローズの思考が止まる。
「……。」
「……え?」
「えぇぇぇぇぇっ!!」
孤児院中に響くほどの声だった。
子供たちが一斉に振り向く。
レイは少しだけ耳を押さえる。
「そんな驚く?」
少し離れたところで、その様子を眺めていたメルは静かに瞬きをした。
(……。)
昨日の夜。
『私たちが会ったり話したりすることはないかな。』
『雲の上の存在って思えばいいよ。』
ローズの言葉を思い出す。
(お母さん。)
(会うことないって言ってた。)
その視線の先では。
トランポリンを持ってきて。
自分と本気で鬼ごっこをして。
「働きたくねぇ。」
なんてぼやいている。
そんな人が。
世界に三百人ほどしかいない、その一人。
(……。)
(やっぱり。)
(変。)
「な、なんでですか!?」
ローズは思わず立ち上がった。
「プロハンターの社長さんが、こんなところに来てるんですか!?」
「いや!」
「うちはものすごく助かってますけど!」
「でも、こんなの従業員さんのお仕事じゃないですか!」
「従業員さんはいないんですか!?」
「いるよ。」
レイはあっさり答えた。
「一人。」
「……一人?」
「妹。」
「妹!?」
「十二歳。」
「十二歳……。」
ローズは一度頷きかける。
「その子は、何を?」
「営業。」
「十二歳で営業!?」
「うん。」
「本人が好きみたいでさ。」
「依頼取ってくるの、ほとんどあいつ。」
「……。」
ローズは額へ手を当てた。
「プロハンターの会社で……。」
「十二歳の妹さんが営業……。」
「まぁ。」
「でも俺としては、仕事より学園に行ってほしいんだよな。」
「学園ですか?」
「あぁ。」
「まだ十二歳だし。」
「本人が行きたいなら、魔導学園には通わせたいと思ってる。」
「じゃあ……。」
ローズは少し考える。
「妹さんが学園へ通うようになったら、お仕事は大丈夫なんですか?」
「最高。」
「……え?」
「依頼減るだろ。」
レイは嬉しそうに答えた。
「ギルドの指定依頼は残るけど。」
「あいつが営業しなくなったら、それ以外はかなり減ると思うし。」
「俺、働きたくねぇから。」
「……。」
ローズはしばらくレイを見つめた。
「プロハンターで。」
「はい。」
「社長さんで。」
「はい。」
「十二歳の妹さんが営業担当で。」
「そう。」
「その妹さんには、仕事より学園へ行ってほしくて。」
「うん。」
「そうなったら仕事が減るから嬉しい……。」
「最高だな。」
「……。」
ローズは両手で頭を抱えた。
「ちょっと待ってください。」
「今、整理してます。」
レイは苦笑しながら肩をかいた。
「まぁ……。」
「プロがやるような仕事じゃないのは確かだし。」
「俺もまだ一九歳だし。」
「プロの社長がいて、俺のことを従業員だと思うのも分かる。」
「でも。」
「ハンターは自由な職業だから。」
「自分で決めたなら。」
「どんな仕事だってするさ。」
「……。」
ローズは小さく息を吐いた。
「すみません。」
「取り乱してしまって……。」
「せっかく来ていただいてるのに。」
「あぁ。」
「いいよ。」
レイは軽く笑う。
「改めて。」
「よろしく。」
ローズもほっとしたように笑みを浮かべる。
「はい。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「あ。」
「次の休みに妹連れてくるよ。」
ローズは穏やかに微笑む。
「本当ですか?」
「楽しみにしてます。」
「あぁ。」
レイは軽く頷くと、湯呑みを置いて立ち上がった。
「じゃ、続きやるか。」
「はい。」
ローズも立ち上がり、二人はまたそれぞれの仕事へ戻っていく。




