バースデー
昼休みの教室。
マリーは窓の外を見上げた。
「ほんとに星、綺麗だったね〜。」
「うん。」
「あんなに大きな彗星、また見られるかな?」
「レイが、数ヶ月後にはまた見られるって言ってた。」
「本当? 楽しみだね!」
「うん。」
アイリスはしばらく空を見ていた。
「……来週、レイの誕生日なの。」
「そうなんだ!」
「誕生日会を開きたい。」
マリーがアイリスを見る。
「いいね。レイさん、喜ぶと思うよ。」
「うん。喜んでほしい。」
アイリスは少し俯いた。
「私、レイに何を返せるのか、ずっと考えてた。」
「返すって……。」
「探しに来てくれたことも、自由にしてくれたことも。」
「一緒に暮らしてくれてることも。」
マリーは何も言わず、続きを待った。
「全部は返せないけど、誕生日くらいは私が何かしたい。」
アイリスが顔を上げる。
「でも、どうやって準備するのか分からない。」
「マリー、一緒に考えてくれる?」
「もちろん。」
マリーが笑った。
「アイリスちゃんが開く誕生日会、私も手伝いたい。」
「誕生日といえば、まずはケーキだよね。」
マリーが言うと、アイリスはすぐに顔を上げた。
「レナの店。」
「あ、そうだね! 帰りに相談しに行こうか。」
「うん。」
放課後。
二人が学園を出ようとすると、廊下の向こうからメロリアが歩いてきた。
「メロリア先生。」
「あら、アイリスさんにマリーさん。」
マリーが嬉しそうに頭を下げる。
「先日は、素敵な星をありがとうございました!」
「こちらこそ。一緒に見られて嬉しかったです。」
「はい! 今日も二人で、また見たいねって話してたんです。」
「数ヶ月後には、もう一度見られると思いますよ。」
「レイさんも、一緒に研究してたんですよね?」
「ええ。とても助けてもらいました。」
メロリアは少し笑った。
「おかげで、予定よりずっと早く見せられたんです。」
「やっぱりあの人、何でもできるよね。」
マリーがアイリスを見る。
「うん。レイは世界最強だから。」
「星の研究でも?」
「うん。」
二人が笑うと、メロリアもつられて笑った。
「あ、そうだ。」
マリーがメロリアに向き直る。
「来週、レイさんの誕生日なんです。」
「そうなんですか?」
「はい。これからケーキ屋さんで作戦会議をするところで。」
メロリアがアイリスを見る。
アイリスは頷いた。
「レイの誕生日会を開きます。」
「先生も、来てくれますか?」
「もちろんです。」
メロリアの返事に、アイリスの顔が緩む。
「ありがとうございます。」
「サリアも誘っていいですか?」
「はい。」
「なら、私から声をかけておきますね。」
「うん。お願いします。」
メロリアと別れ、二人はレナの店へ向かった。
⸻
レナの店に入ると、奥の席にヒナとシャルがいた。
二人の前にはケーキと飲み物が並び、レナもカウンター越しに話している。
「アイリスちゃん、マリーちゃん。いらっしゃい。」
「こんにちは、レナ。」
「こんにちは!」
アイリスは奥の席へ向かった。
「久しぶり、シャル。」
「こんにちは、アイリスさん。お久しぶりです。」
シャルはフォークを置いて笑った。
「マリーさんも、こんにちは。」
「こんにちは。シャルさん。」
「二人でケーキを食べに来たの?」
ヒナが尋ねる。
「ケーキの相談に来たの。」
「来週、レイの誕生日だから。」
「あら、そうなの?」
ヒナが顔を上げた。
「私、誕生日会を開きたい。」
アイリスはレナを見る。
「ケーキ、お願いできる?」
「もちろん。私が作って持っていくよ。」
「ありがとう。」
「私も行っていいかしら?」
「うん。ヒナにも来てほしい。」
「分かったわ。楽しみにしてる。」
シャルがアイリスを見た。
「レイさんの誕生日会ですか。私も行きたいです。」
「シャルも来て。」
「……夜ですよね?」
「うん。」
シャルの顔から笑みが消えた。
「門限があるので、夜は出られないんです。」
「そうなんだ……。」
「残念です。レイさんに、おめでとうって言いたかったのに。」
「それなら、今日ケーキを一緒に選ぼうよ!」
マリーがショーケースを指さす。
「シャルさんが選んだのも、レイさんに食べてもらえるよ。」
「……いいんですか?」
「もちろん。」
シャルはアイリスを見た。
「私も選んでいいですか?」
「うん。一緒に選ぼう。」
シャルは嬉しそうに席を立ち、みんなでショーケースの前に集まった。
「レイさんって、どんなケーキが好きなの?」
マリーが尋ねる。
「チーズケーキ。」
「あいつ、いっつもチーズケーキよね……。」
ヒナも頷いた。
「この店でも、いつもチーズケーキを食べていますね。」
シャルが言う。
「じゃあ、それは決まりだね!」
「うん。でも、みんな来るなら一種類じゃ足りないね。」
レナが並んだケーキを見渡す。
「いくつか作って持っていくよ。みんなも好きなの選んで。」
「私、この新作が好きです。」
シャルが一つを指さした。
「さっき食べたばかりだけど、もう一度食べたいくらい美味しかったです。」
「そこまで言われたら、作らないわけにはいかないね。」
レナが笑う。
アイリスもショーケースを覗き込み、レイとみんなで食べるケーキを選び始めた。
ケーキが決まると、マリーは持ってきた紙を広げた。
「次は、当日の準備だね。」
「いつ開くの?」
ヒナが尋ねる。
「土曜日。学園から帰ってきてから、みんなで飾りつけしたい。」
「レイはその間、どうするの?」
「仕事に行ってもらう。」
アイリスは少し考えた。
「私が依頼の時間を調整して、十九時くらいに帰ってきてもらう。」
「そこまでできるなら安心ね。」
ヒナが笑う。
「私は早めに行って、飾りつけを手伝うわ。」
「ありがとう。」
「ケーキは、それまでに私が持っていくよ。」
レナも頷いた。
その時、店の扉が開いた。
「……いた。」
メルがヒナを見て呟く。
「あら、メル。どうしたの?」
「……散歩してたら、ヒナの匂いがした。」
メルはヒナのそばまで来て、アイリスとマリーにも気づいた。
「何してるの?」
「レイの誕生日会の相談。」
「……レイの?」
「うん。土曜日の夜に開くの。」
メルはアイリスを見た。
「……私も行きたい。」
「来て。」
アイリスが答えると、メルは小さく頷いた。
「……お母さんに聞いてみる。」
「きっと喜ぶわよ。」
ヒナはメルの頭に軽く手を置いた。
「あと、プレゼントも考えなきゃ!」
マリーが紙に書き足す。
「何がいいかな?」
アイリスはすぐには答えられなかった。
レイが欲しいものを聞いても、きっと「特にない」と言う。
「……見に行きたい。」
「じゃあ、みんなで行こうか。」
⸻
上級区にある服屋へ向かった。
服のほかに、アクセサリーや雑貨も並ぶ店だ。
扉を開けると、店主のルルがアイリスを見つけて、すぐに近づいてきた。
「アイリスちゃん! 今日もお着替えに来てくれたの?」
「違う。」
「えー、残念。」
ルルは二十六歳。
アイリスが来るたびに、あれもこれもと服を持ってくる。
「今日はレイのプレゼントを探しに来た。」
「あら、お兄さんの?」
「うん。誕生日なの。」
「それなら任せて。何か考えてる?」
アイリスは店の中を見渡す。
マリーとメルもそれぞれ棚を覗き、ヒナはレイが普段着ている服を思い浮かべながら小物を見た。
「これ、レイさんに似合いそう!」
「……こっちも。」
マリーとメルが選んだものを、アイリスが一つずつ確かめる。
マリーとメルが服を見ている間、アイリスは店の奥まで歩いた。
服屋なのに、そこには何に使うのか分からない品物まで並んでいる。
どれも値札を見ると、簡単には手を出せない。
アイリスは棚の前で足を止めた。
黒い革の指貫グローブが、一組置かれている。
手の甲には細い銀の模様が入り、指先は動かしやすそうだった。
アイリスはそれを手に取る。
「これがいい。」
「え、それ?」
マリーが振り向いた。
「もっと綺麗な服もあるよ?」
「レイ、いつも着けてるから。」
アイリスはグローブを両手で持ち、少し離して見た。
「これ、かっこいい。」
メルも覗き込む。
「……似合いそう。」
「確かに、あいつが着けたら似合うわね。」
ヒナが頷いた。
ルルはアイリスの手元を見て、笑った。
「いいのを見つけたね。サイズ、確かめようか。」
「うん。」
アイリスはグローブを大事そうにルルへ渡した。
レイへの感謝を伝える誕生日会は、少しずつ形になっていった。




