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LAVeLESS  作者: 神矢
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メロリアの望み

会議室に残ったのは、王と側近、バルテシア、メロリア、そして変装したレイだけだった。


 王は椅子の背にもたれ、先ほどより気楽な顔でメロリアを見る。


「二十年の話を、もう少し聞かせてくれないか。」


「まだ話してもいいんですか?」


「もちろんだ。」


 メロリアの顔が明るくなった。


「では、五歳の頃に見た光の形からお話しします。」


 学園長が小さく笑う。


「長くなるよ。」


「構わん。」


 王は身を乗り出した。


 メロリアは高台で最初の光を見た夜のことを話した。


 九歳で初めて小惑星を見つけたこと。


 ほかの彗星を発見するたびに嬉しく思いながらも、ずっと探していたあの光は見つからなかったこと。


 見えたはずだと言っても、誰にも同じものを見せられなかったこと。


 王は途中で話を遮らなかった。


 メロリアが軌道の計算を話せば、その数字の意味を尋ねる。


 何年も観測を続けた話には、どうして同じ彗星だと分かったのかを尋ねた。


 メロリアも一つずつ答えていく。


 話し終えた頃には、窓から差す光の向きが変わっていた。


「……そうか。」


 王はしばらく、机の上の記録を見つめていた。


「昨夜、私も空を見た。」


「あんなに美しい彗星は初めてだった。」


 顔を上げる。


「だが、君の話を聞いて、もう一度見たくなった。」


 メロリアは何も言わず、王を見ていた。


「本当に感動した。」


「君には、何か褒美を与えたい。」


「できる限り、望みを聞こう。」


 メロリアが一歩前に出た。


「メロリア彗星は、素晴らしかったでしょう?」


「うむ。」


「では、ひれ伏してください。」


 側近が息を呑んだ。


 王はすぐに椅子から立ち上がる。


「陛下!?」


 側近が慌てて王の前へ出た。


「お待ちください。さすがにそれは……!」


「私が、できる限りの褒美を与えると言ったんだぞ。」


「しかし、陛下がひれ伏すなど――」


「それに私は、心から彼女を素晴らしいと思っているんだ。」


 王は側近の横を通り、メロリアの前で膝をついた。


 そして、深く頭を下げる。


 メロリアは満足そうに、その姿を見つめた。


「ありがとうございます。」


「約束したからな。」


 顔を上げた王が笑う。


 学園長も笑っていた。


 バルテシアは二人を見比べ、何か言いかけて、結局やめた。


 レイは少し離れた場所で、口元を押さえている。


 王と目が合いそうになると、何事もなかったように視線を窓の外へ向けた。


 側近はまだ落ち着かない様子だったが、メロリアは満足そうだった。


 王が席に戻ると、机の上の記録を一枚手に取った。


「ところで、気になっていたことがある。」


 王は術式の一部を指さす。


「魔導具を作ったのはサリアだと聞いた。」


「あれほどのものを作れるのは彼女くらいだろう。それは分かる。」


「だが、魔導具と術式を繋ぐここは、どうやったんだ?」


 側近も記録を覗き込む。


「私も、そこは気になっておりました。」


「最初に提出されたものと、接続部分だけが大きく変わっています。」


 王はレイを見た。


「ここは君が改良したのだろう?」


 王が、魔導具と術式を繋ぐ部分を指した。


「はい。」


「どうやったんだ?」


「封印術を使いました。」


「……封印術?」


 バルテシアが王の手元の記録を覗き込む。


 指で線を辿り、途中で止まった。


「確かに、ここには少し隙間があるな。」


「魔導具から入ってくる魔力には幅がある。」


「そのうち、干渉する部分だけを封じたのか。」


「はい。」


「なるほど。精密な制御は必要だが、理屈は分かる。」


 バルテシアはその先へ目を移した。


 そして、再び手を止める。


「……いや、待て。」


 バルテシアの指が、記録の先で止まった。


「ここから先は魔力が完全に同化している。」


「封じたい部分だけを分けることはできないだろう。」


「封印術には、特定の状況下でのみ発動させる技術がありますから。」


 レイもその箇所を見る。


「今回は、それを応用してみました。」


「……なるほど。」


 バルテシアは記録を見つめた。


「魔力の状態によって、封印を働かせたり、通したりするのか。」


「はい。」


「理屈は分かる。だが、接続部分に使えば普通は流れが乱れるぞ。」


「そうですね。」


 レイは頷く。


「何にでも使える方法ではないと思います。」


「今回は試したら、うまく通りました。」


「おそらく魔導具と術式の相性が、噛み合ったんでしょう。」


「……君は封印術まで扱うのか。」


 バルテシアは記録から顔を上げた。


「少しだけですよ。」


「その『少し』を、いつもおかしなところで使う。」


 バルテシアは額に手を当てる。


「……ああ。お前は何でも屋だったな。」


「何でも屋?」


 王が聞き返した。


「いえ、生き方の話です。」


 レイがすぐに答える。


「私は器用貧乏で、色々とできることが多いので。」


「器用貧乏、か。」


 王は手元の記録を見る。


 側近も同じものを見ていたが、何も言わなかった。


 バルテシアは二人の視線に気づき、咳払いをする。


「それより、封印術の話だ。」


「君は封印術を、どういうものだと思っているんだ。」


「止めたいものを止める術、ですかね。」


「そんな都合よく切り分けられるなら、誰も苦労せん。」


「……そうなんですか?」


「基本だ!」


 王が思わず笑う。


 バルテシアは記録を王の方へ向けた。


「この魔導具だから、干渉する箇所を分けて捉えられた。」


「それでも、魔力の流れに触れずに封印を維持するには、相当精密な制御が要ります。」


「別の魔導具なら、同じ方法はまず使えんでしょう。」


「運もよかったんですね。」


 レイが言うと、バルテシアは呆れた顔をした。


「運だけでできることではない。」


 メロリアが横から記録を見る。


「接続部分を一から調整していたら、次に彗星が見える時期にも間に合わなかったと思います。」


「だからといって、昨日すぐに発動するとは思ってませんでしたよ。」


「危険はないと言いましたよね?」


「はい。それは断言しました。」


「では、どうして止めたんですか?」


「……こうなるからですよ。」


 レイは会議室を見回した。


「発動したら、説明に呼ばれるでしょう。」


「ああ。大臣どもはうるさいからな。」


 王は苦笑した。


「できれば、彗星だけ見ていたかったです。」


「でも、見たかったんですよね?」


 メロリアが尋ねる。


 レイは少しだけ笑った。


「もちろん。」


「だったら、昨日発動してよかったでしょう?」


「……まあ、そうですね。」


 メロリアは満足そうに頷いた。


 その時、レイのすぐそばで二つの魔力が弾けた。


 一つは、レイが反射的に放ったものだった。


(……やべ。)


 考えるより先に応じてしまった。


 レイは顔を動かさず、相手を探る。


 王の傍らに立つ側近だ。


 側近もこちらを見ていない。


 だが、二手目が来た。


(試してきてるな……。)


 最初から気づいていれば、何もせずに受けていた。


 だが、一手目を弾いてしまった。


 今さら次だけ受ければ、手を抜いたと分かるだろう。


 レイは相手の魔力が触れる瞬間に合わせ、二手目も弾いた。


 少しだけ付き合ってから、自然に負けるしかない。


 今度はレイから、細い魔力を返す。


 側近は受けると見せて、触れる直前に外した。


 空いたところへ、別の一手が滑り込む。


 レイはそれも弾く。


 互いにメロリアたちの話を聞いたまま、見えない魔力だけを交わしていた。


 側近の手が、少しずつ速くなる。


 レイも合わせる。


 次の一手は途中で二つに分かれた。


 片方を弾き、もう片方が届く寸前で受け止める。


(うまいな、この人。)


 レイは感心しながら、返す手を少しずつ遅らせた。


 一度目は、かろうじて弾く。


 二度目は、受けた魔力を押し戻せない。


 三度目で、側近の魔力がレイの魔力を抜いた。


 レイはそこで手を止める。


 側近も、それ以上は仕掛けてこなかった。


 レイは何事もなかったように、メロリアが片づける記録へ手を伸ばした。


 側近は王の後ろに立ったまま、わずかに口元を緩めた。


⸻


 やがてメロリアが記録をまとめ終えた。


「今日はありがとうございました。」


 メロリアが頭を下げる。


「こちらこそ、いい話を聞けた。」


 王は窓の外を見た。


「次に彗星が見える時も、ぜひ教えてくれ。」


「はい。その時は、先にお知らせします。」


 学園長が笑う。


「それなら私も安心だ。」


 バルテシアは記録を一冊抱え、立ち上がった。


 レイもメロリアに続いて礼をする。


 王は四人を見送り、扉が閉まるまで席に座っていた。


 会議室に残ったのは、王と側近だけになった。


⸻


 四人が部屋を出ると、王は扉を見たまま尋ねた。


「お前、何かやっていたか?」


「お気づきでしたか。」


「なんだか少し、楽しそうだったからな。」


 側近は微かに笑った。


「メロリア殿と一緒に来た方と、少し遊んでいました。」


「何か気になることでもあったのか。」


「隙がまるでありませんでした。」


「それに、魔力にも違和感がありました。おそらく変えていたのでしょう。」


「だから、少し試しました。」


 王が側近を見る。


「どうだった?」


「一手目は、考えるより先に弾いたようでした。」


「そこからは、しばらく付き合っていただきました。」


「最後は私が取りましたが……。」


 側近は自分の指先に目を落とす。


「合わせ方が的確すぎるんです。」


「私の動きに合わせて、手を抜いているように感じました。」


「わざと負けたと?」


「確信はありません。」


「ですが、勝った手応えもありませんでした。」


 王は少し考える。


「調べられるか?」


「難しいでしょう。」


「王城の中だから、というのもあるでしょうが、私が探っても隙がありませんでした。」


「魔力も変えているなら、追う手がかりはほとんどありません。」


「そうか。」


 王は、レイたちが出ていった扉へ目を向けた。


「お前が勝って、なお気になる相手か。」


「ええ。」


 側近は小さく頷いた。


「こちらから遊びに誘ったつもりでしたが……。」


 少しだけ、楽しそうに笑う。


「遊ばれていたのは、私の方かもしれません。」


 王は、レイたちが出ていった扉へ目を向けた。


「影部隊の隊長であるお前が、そこまで言うか。」


 王は楽しそうに笑う。


「気になって仕方がないな。」


「おそらく無駄でしょうが、手の者に追わせてみましょう。」


「ああ。頼んだ。」


 側近は一礼し、静かに部屋を出た。


⸻


 メロリア彗星の発見は、瞬く間に世界中へ広まった。


 ローレン理論改式の発表から、まだ日も浅い。


 グランフェルナ王立魔導学園には、各国の研究者から手紙が届き続けていた。


 そんなある日。


「レイ先生!」


 学園の廊下で、メロリアがレイに駆け寄る。


「今回の観測方法なら、まだ見つかっていない星も探せると思うんです!」


「一緒に探しましょう!」


「待て待て。」


 後ろから来たバルテシアが、二人の間に割って入った。


「君がローレン理論に出した着想を参考に、別の理論にも可能性が見えてきたんだ。」


「そちらの方が気になるだろう!」


「バルテシア先生の研究は、もう手伝いましたよ。」


「一度手伝えば終わりというものではない。」


「私の方も、まだ始まったばかりです。」


 メロリアも譲らない。


 二人が揃ってレイを見る。


「……今日は、講義が終わったら帰りますよ。」


「では明日にしましょう。」


「明日なら私も空いている。」


 レイは二人を見比べた。


「いや、だから……。」


 言いかけて、やめる。


 あれほど待ち望んでいた彗星を見つけても、メロリアはもう次の星を探している。


 バルテシアも、新しい理論の話を始めると止まらない。


 レイはため息をついた。


 そして、二人に聞こえないくらいの声で呟く。


「……めんどくせぇな。」


 それでも、二人が持ってきた記録には、もう目を向けていた。


⸻


 数日後。


 王は、側近からの報告を聞いていた。


「それで、あの者は?」


「あれから、尻尾すら掴めておりません。」


「……そうか。」


「あの日も、追跡に気づかれてすぐにまかれたそうです。」


 王は椅子にもたれた。


「魔導大会の優勝者も分からずじまいだし……。」


 しばらく天井を見上げる。


「ケーキでも食いに行くか。」


「医者から、月に一度までと言われております。」


「私は王だぞ?」


「お身体のことに関しては、医者の方が偉いです。」


「……そうか。」


 王は残念そうに、机の上の報告書へ目を戻した。


 今日も王都は平和だった。

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