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LAVeLESS  作者: 神矢
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メロリア彗星

 五歳のメロリアは、王都の高台にいた。


 家の用事が終わると、ここへ来て空を見るのが好きだった。


 その夜、星々の間に一本の光を見つけた。


「……動いてる。」


 細い光が、夜空を進んでいた。


 見えていたのは、ほんの一部だけ。


 それでもメロリアは、その美しさから目を離せなかった。


 もっと見たい。


 あの光の先には、何があるんだろう。


 けれど、次の夜に同じ場所を見ても、光はなかった。


 メロリアは空を見続けた。


 星の名前を覚え、本を読み、観測の方法を学んだ。


 九歳の時には、新しい小惑星を見つけた。


 自分で考えた名前が、その星についた。


 嬉しかった。


 だが、最初に見たあの光は、いっこうに姿を見せない。


 肉眼で見えるほどの彗星や惑星なら、もう誰かが見つけているはずだった。


 それでも、あの夜に見たものをメロリアは忘れられなかった。


 ほかの小惑星を見つけても。


 新しい彗星を見つけても。


 空を調べるたび、探していたのはいつも、あの光だった。


「……これだけは、私が見つける。」


 メロリアは再び夜空を見上げた。


 メロリアは、それからもあの光を探し続けた。


 だが、研究を話すたびに、同じことを言われた。


「見えない彗星なんて、存在するはずがない。」


「現代魔法学で説明できないだろう。」


 観測記録を見せても、軌道の計算を説明しても、信じてもらえなかった。


 十代の頃、一人の少年に研究の話をしたことがある。


「俺は信じるよ。見つかるといいな!」


 嬉しかった。


 初めて、認めてくれる人がいた。


 メロリアはその少年を好きになった。


 けれど、ある日。


 少年が友人たちと話しているのを聞いた。


「メロリアって、顔はいいのに変人だよな。」


「お前、ひどいな。」


「理屈で考えたら、見えない星なんて存在するわけないだろ。」


「ちげぇねえ。天才なのに、まだ子供なんだよな。」


 笑い声が聞こえた。


 メロリアは、声をかけずにその場を離れた。


 誰も、自分の研究を理解してくれない。


 それでもよかった。


 あの光を見たことだけは、誰に否定されても変わらない。


⸻


 やがてメロリアは天文学者として認められ、王立魔導学園の教授になった。


 そこには、魔法理論学の権威と呼ばれるバルテシアがいた。


 天才だが、性格が悪い。


 ほかの教授たちからも距離を置かれているらしい。


 その話を聞いて、メロリアは少し興味を持った。


 彼なら、自分の研究をどう考えるだろう。


 悪態をつかれても構わなかった。


 慣れている。


 メロリアは観測記録を持って、バルテシアを訪ねた。


 説明を聞き終えたバルテシアは、長い間、記録を見つめていた。


「……申し訳ない。」


「え?」


「私の理論をもってしても、物理的に存在するものを見えなくする魔法は分からない。」


 バルテシアは記録から顔を上げた。


「ただ、本当にそこに存在するのであれば。」


「研究が進めば、その膜を外せる可能性はある。」


 バルテシアは少し考えてから、はっきりと言った。


「未知のものへ挑むのが学問だ。」


 メロリアは黙って聞いていた。


「だが、君の研究はあまりにも早すぎる。」


「信じてもらえないのも、仕方がないとは思う。」


「本当にすまない。」


 メロリアは、渡した記録を見下ろした。


 バルテシアは存在を証明できるとは言わなかった。


 それでも、笑わなかった。


 分からないものとして、真剣に考えてくれた。


「……ありがとうございます。」


 自分はこの人を誤解していたのだと思った。


 人付き合いには時間を使わない。


 言葉も厳しい。


 けれど、研究に真剣な人を馬鹿にする人ではない。


 それからメロリアは、バルテシアの講義も見に行くようになった。


 生徒にもっと天文学を好きになってもらいたくて、評価の高い講義はできるだけ見ていた。


 バルテシアの講義は堅い。


 淡々と進む。


 だが、抜群に分かりやすかった。


 この教え方なら、興味の薄い生徒にも内容を理解してもらえる。


 メロリアはそう思い、自分の講義でも参考にした。


⸻


 ある時、戦闘魔法術の講師が変わったと聞いた。


 レイという、臨時講師。


 一度外された時には生徒たちが猛反発し、戻ると落ち着いたらしい。


 戦闘には興味がなかった。


 だが、そこまで生徒に求められる講義なら、一度見てみたい。


 レイの講義は、バルテシアのものとはまったく違った。


 真剣に聞いてほしいところでは、教室が静まる。


 その合間には、生徒たちが声を上げて笑う。


 メロリアも、思わず笑ってしまった。


 しかも、分かりやすい。


 聞いたことのない話まで、すんなり頭に入ってくる。


 戦いには興味がなかったはずなのに、この人が実際に戦うところを見てみたいと思った。


 レイは、講義が終わってからも普通に挨拶をしてくれた。


 バルテシア以外の他の先生たちとは違い、メロリアを避けたり、早く話を終わらせようとしたりしない。


 その一方で、面倒なことを頼めば露骨に嫌な顔をする。


 そこも信用できた。


 そしてある日、レイに彗星の研究を話した。


「でも、見えない理由があるって考え方は、おかしくないです。」


「たとえば?」


「蜃気楼って知ってます?」


「聞いたことはありません。」


 レイが紙に引いた、曲がる光の線。


 あの一言から、考える方向が増えた。


 研究は一気に進んだ。


 ついに、二十年間追い続けた彗星の尻尾を掴んだ。


     ◇


 メロリアは、窓の外から目を離せなかった。


 五歳の夜に見た細い光が、今は空いっぱいに広がっている。


 隣に立つレイの横顔を、少しだけ見た。


 彼がいなければ、今日この景色を見ることはできなかっただろう。


 もう一度彗星を見上げる。


 気づけば、涙が頬を伝っていた。


⸻


 空へ伸びた光に、王都の人々は足を止めた。


「何だ、あれ!?」


「こっちに落ちてこないだろうな……。」


 店から飛び出してきた商人も、荷を運んでいた手を止めて空を見上げる。


「待て。あの光、魔導学園から出てないか?」


「本当だ。学園からのサプライズか?」


 光の先に、長い尾を引くものが現れた。


「あれ、彗星か?」


「パパ! あれなにー?」


「たぶん彗星だと思うんだけど……。」


「あんなでかいの、見たことないぞ。」


 さっきまで不安そうにしていた人々も、次第に言葉を失った。


 商人たちも商売を忘れ、夜空に見入っている。


 サリアもまた、自宅の庭からその彗星を見上げていた。


「やったな。メロリア。」


 後ろから、セバスが声をかける。


「お嬢様が珍しく庭に出ていると思ったら……これを待っていたんですね。」


「ああ。今日がタイミングだとは聞いていたからな。」


 サリアは空から目を離さずに答えた。


「あいつなら、完成したらすぐに発動すると思っていた。」


 長い尾が、王都の夜空を明るく照らしている。


「綺麗だな。」


「ええ。とても。」


⸻


 教室では、誰もが空を見上げたまま動けずにいた。


 メロリアが、珍しく声を張り上げる。


「皆さん!」


 その場にいた人々が振り向いた。


 メロリアの声は震えていた。


 涙を拭うこともせず、もう一度呼びかける。


「皆さん!」


「はい!」


 レイが笑顔で答えた。


 つられるように、周りからも声が上がる。


「は、はい!」


「見えますか!」


「はい!」


 メロリアは空を指さした。


「あの美しい光。あれが……あれが……。」


 言葉が詰まる。


 それでも、涙を流しながら笑っていた。


「あれが、メロリア彗星です!」


 誰かが拍手をした。


 それが広がり、気づけばその場にいた人々も笑顔になっていた。


「ねえ、レイ先生。」


「はい?」


 メロリアがレイを見る。


「天文学って、素晴らしいでしょう?」


 レイはしばらく彼女を見つめ、それから彗星へ目を戻した。


「ええ。そうですね。」


 二十年間、メロリアだけが追い続けた光を、今は王都の誰もが見ていた。


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