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LAVeLESS  作者: 神矢
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王都の夜空を

 一昨日、メロリアたちと飲んで以来、レイが研究を手伝いに来るのは初めてだった。


 変装したまま最上階の教室に入る。


「一昨日はどうも。」


「こちらこそ。楽しかったです。」


 メロリアは床に広げた魔法陣の前に立っていた。


 傍らには、サリアが作った調整用の魔導具が置かれている。


「調整はうまくいってますか?」


「ええ。ただ、ここだけがうまくはまらないんです。」


 メロリアが魔法陣の一部を指した。


「位置を追う部分は動いています。」


「でも、そこから術式へ繋ぐと、少しずれるんです。」


「見せてください。」


 レイはしゃがみ、魔導具と魔法陣を見比べた。


 メロリアが試した形も、横に書き残してある。


「ああ。多分、ここをこう変えればいいですよ。」


 レイは術式の一部を書き換えた。


「いや。あとはここも邪魔してるな。」


 レイは少し考えた後、術式の一部に手をかざし、光を放つ。


「これで、もう一度動かしてみてください。」


「……はい。」


 メロリアが魔力を流す。


 魔導具が彗星の位置を追い、魔法陣の光がそれに合わせて動いた。


 今度は、ずれない。


「…………。」


 メロリアはしばらく光を見つめた。


 ここだけでも、あと何日かかるか分からなかった。


 今日、彗星が通ることは知っている。


 だが、調整は間に合わないはずだった。


 完成させるのは数か月後。次に条件が揃う時に発動するつもりだった。


「……できました。」


「うまくいきましたね。」


 レイは立ち上がる。


 メロリアは窓の外を見た。


 今日の彗星が通る時刻まで、まだ間がある。


「レイ先生。」


「はい。」


「今日、発動します。」


 レイも窓の外を見た。


 数か月後のはずだった本番が、突然、目の前に来ていた。


⸻


 最上階へ上がると、例の教室から光が漏れていた。


「……やっぱり、あの教室に入った。」


 アイリスが小声で言う。


 二人は扉へ近づき、隙間から中を覗いた。


 床には、前に見た魔法陣が広がっている。


 そのそばにメロリアと、変装したレイがいた。


 レイがちらりと扉の方を見る。


「っ……。」


 マリーが肩を跳ねさせた。


 だが、レイはすぐに目をそらし、メロリアへ向き直る。


「メロリア先生。やっぱり駄目ですよ。」


「駄目じゃないです。」


「さすがにまずいですって。」


「やめときましょうよ。」


 メロリアは魔法陣から目を離さない。


 マリーがアイリスの腕を掴んだ。


「今日を逃したら、次は数か月後なんですよ。」


「それは分かってます。でも、今ここで発動するなら、先に話を通さないと。」


「説明している間に、間に合わなくなります。」


 メロリアが魔法陣に手をかざす。


 床を走る光が、少しずつ強くなった。


 マリーがアイリスの腕を強く掴む。


「……やっぱり、あの時言ってたこと、本気だったんだ。」


「うん。」


「レイさん、止めようとしてるよね?」


「止めようとはしてる。」


「どうしよう……。」


 アイリスは魔法陣を見た。


 まだ発動していない。


 今なら、自分でも壊せる。


 だが、レイはメロリアのすぐそばにいて、言葉で止めようとしているだけだった。


「……もう少し見る。」


「えっ。大丈夫なの?」


「本当に危なかったら、止める。」


 マリーは頷いたが、アイリスの腕を離さなかった。


「……さすがに危ないですし。」


 レイが言うと、メロリアは手を止めた。


「レイ先生。」


「はい。」


「レイ先生から見て、この術式に問題点はありますか?」


「ありませんけど。」


「発動した後、何か大きな危険が起きると思いますか?」


「……いや、ないんですよね。」


 レイは魔法陣を見た。


「そもそも攻撃魔法じゃないし。」


「では、安心ですね。」


「いや、そういう話じゃ――」


 メロリアが魔法陣へ魔力を流した。


 床を走る光が、教室の隅まで一気に広がる。


「……発動しちゃった。」


 扉の外で、マリーが青ざめた。


 アイリスも教室の中を見つめる。


 レイは魔法陣を止めようとしていない。


 それでも、音と光はどんどん大きくなっていった。


「……もう止められないですね。」


 レイは光に満ちた魔法陣を見た。


「レイ先生。」


「はい。」


「私、人生で一番と言っていいくらい興奮しています。」


「はい。分かります。」


 レイも窓の外を見る。


「楽しみですね。」


「ええ。とても。」


 扉の外で、アイリスはマリーの腕にそっと触れた。


 レイはもう、メロリアを止めようとしていない。


 アイリスも、危険な魔法ではないと思った。


 だが、教室から響く音と漏れ出す光は、さらに強くなる。


 廊下の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。


 研究室に残っていた先生たちと、上級生だった。


 アイリスはもう隠れなかった。


 ここまで来たら、発動を見守るしかない。


「君たち! 何をやっているんだ!」


 駆けつけた先生に、マリーが振り向く。


「わかりません!」


「中でメロリア先生が何かをしてるんです!」


 マリーは教室を指した。


「空にとんでもないものを出せるとか、これで人類は震え上がるとか言ってて……。」


「一緒にいる人が止めてたんですけど。」


「メロリア先生が発動しちゃって……!」


 先生たちが顔を見合わせた。


 教室の中から、また大きな音が響く。


 一人が扉に手をかけた。


 先生が扉を開ける。


 床一面に広がる魔法陣を見て、後ろの先生たちも足を止めた。


 光は窓の方へ集まり、低い音が教室を満たしている。


「今すぐそれを止めるんだ!」


「メロリア先生! あなたは何をしようとしているんだ!」


 メロリアは答えなかった。


 キラキラした目で、窓の外を見つめている。


 そばにいた男が、困った顔で振り向いた。


「あとで説明します。」


 男の髪と顔立ちが変わる。


 纏っていた魔力も、見慣れたものに戻った。


「レイ先生!?」


「はい。」


 レイは魔法陣を指さした。


「危ないんで、陣には入らないでくださいね。」


 先生たちは足を止めた。


 レイがここにいて、陣のそばに立っている。


 それでも、窓の外へ伸びようとしている光を見れば、安心などできなかった。


「レイ先生。これは一体……。」


「あとで説明します。」


 レイはもう一度魔法陣を確かめ


 そこへ、遅れてバルテシアがやってきた。


 教室の中を覗き込み、ため息をつく。


「メロリアくんか……。」


「また勝手に。」


「バルテシア先生! 止めてください!」


「いや、もう遅いだろう。」


 バルテシアは光る魔法陣を見た。


「人類が震え上がる、と言っていたそうなんですよ!」


 先生の一人がバルテシアに訴える。


「あ、あと! 王様がひれ伏すとか、も!!」


 マリーも慌てて付け加えた。


 バルテシアは頭を抱えた。


「……確かに、ある意味そうかもしれんな。」


「先生!?」


 魔法陣の光は、すでに窓へ集まっている。


「今は見守ろう。」


 バルテシアは教室の入口に立つ先生たちへ言った。


「大丈夫だ。私が責任を持って叱る。」


「叱って済む話なんですか!?」


 その問いに答えるより早く、教室の音が一段と大きくなった。


 教室の窓から、巨大な光の柱が天へ伸びた。


 先生たちが息を呑む。


 光は街へ降り注がず、夜空の一点へ届いた。


 月明かりのほとんどない空に、細い線が現れる。


 それはゆっくりと広がり、見えなかった輪郭をあらわにしていった。


 彗星だった。


 空を横切るほど大きな、長い尾を引く彗星。


 その光が、王都の屋根や通りを照らす。


 街の人々が足を止め、次々に空を見上げた。


 王都だけではない。


 遠く離れたこの国の街からも、同じ光が見えていた。


「……すげえ。」


 レイが呟く。


 バルテシアも、教室へ駆けつけた先生たちも、もう何も言わなかった。


 扉のそばでは、マリーがアイリスの手を握っている。


「あの花火より……。」


「うん。」


 アイリスも空から目を離せない。


 窓辺のメロリアは、彗星を見つめていた。


 初めて見る、その全体を。


 そして、五歳の頃に見た、ほんの一筋の光を思い出した。


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