二回目の潜入
「アイリスちゃん!」
授業を終えて教室を出たところで、マリーが駆け寄ってきた。
「この前の七不思議、まだ星を見てないよね。」
「うん。」
「レイさんは問題ないって言ってたし、もう一回見に行かない?」
アイリスは少し考えた。
前に忍び込んだ時は、メロリアの魔法陣に気を取られて、窓の外を見るどころではなかった。
「行きたい。」
「本当?」
「うん。今度こそ星を見る。」
マリーが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、またうちに泊まりに来てよ。夜になったら二人で行こう。」
「分かった。」
アイリスも小さく笑った。
「……前より、うまく潜入できると思う。」
「アイリスちゃん、そっちも楽しみにしてるでしょ。」
「うん。」
アイリスは今度も否定しなかった。
⸻
マリーの部屋で、二人は寝る支度を済ませた。
だが、ベッドには入らない。
窓の外が十分に暗くなるのを待っていた。
「……そろそろ行けるかな?」
「うん。」
アイリスは立ち上がり、マリーを見た。
「私はアルファ。」
「え?」
「マリーはベータ。」
「……何それ?」
「潜入中のコードネーム。」
マリーは目を丸くしてから、笑った。
「アイリスちゃん、楽しんでるでしょ。」
「うん。」
アイリスは否定しなかった。
そして、少し声を低くする。
「今回の任務は、重要機密を狙う。」
「重要機密って、七不思議の星?」
「そう。」
アイリスが真剣な顔で頷く。
「ベータ。ぬかるなよ。」
「……了解、アルファ。」
マリーも声をひそめて答えた。
顔を見合わせると、二人とも笑ってしまう。
「前は結構怖かったんだけどな。」
「でも、また行きたいって言った。」
「うん。今夜こそ星を見たいから。」
アイリスは扉の方へ歩き出した。
「任務開始。」
「了解。」
マリーがその後を追った。
部屋を出る前に、アイリスが足を止めた。
「ベータ。もう一つ。」
「何、アルファ?」
「もし見つかったら、プロハンターの依頼だと言って。」
「……え?」
「それ以上は、聞かれても話さない。」
「それもレイさんから教わったの?」
「うん。プロの権限、使っていいって。」
マリーはしばらくアイリスを見つめた。
「……レイさんらしいね。」
「うん。」
アイリスは頷き、静かに扉を開けた。
「行くよ、ベータ。」
「了解、アルファ。」
⸻
二人は前と同じように屋敷を抜け、学園へ向かった。
学生証で門を通り、人の気配を避けながら本館に入る。
アイリスが教室棟へ続く扉を開けた。
二人は廊下へ滑り出た。
廊下を進みながら、アイリスが小声で言った。
「今回の任務は、最上階の重要機密を見つけること。」
「七不思議の星だね。」
「うん。」
アイリスは少し間を置いた。
「可能なら、ボスの暗殺も視野に入れる……。」
「ボス?」
「学園長。」
「学園長!?」
マリーは慌てて声を抑えた。
「それ、任務に入ってたの?」
「うん。無理はしなくていい。」
アイリスは真剣な顔のまま続ける。
「今回の最重要事項は、機密の発見だから。」
「そ、そうだよね。」
「でも、できるなら学園長室への侵入もしたい。」
「それはちょっとやりすぎじゃない?」
「ボスの秘密も手に入れたい。」
「…………。」
マリーは少し考えた。
「確かに、気になる。」
「うん。」
「行けるなら行こう。」
「了解、ベータ。」
二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。
曲がり角の手前で、アイリスが足を止めた。
「あの先生はまずい。オーラ消して。」
「う、うん。」
マリーが目を閉じる。
アイリスは廊下の窓を少し開けた。
向かいの校舎にも、窓が並んでいる。
指先に土魔法で小さな塊を作り、音もなく飛ばした。
塊が向こう側の窓に当たる。
コツン、と乾いた音が響いた。
「……なんだ?」
廊下を歩いていた教授が顔を上げた。
窓辺へ寄り、向かいの校舎を確かめる。
「何もいないな。鳥か何かか。」
教授が外を見ている間に、アイリスがマリーの手を引いた。
二人は廊下を横切り、次の角へ滑り込む。
「……今の、レイさんに教わったの?」
マリーが囁く。
「ううん。今思いついた。」
「アルファ、すごい……。」
「静かに、ベータ。」
「はい……。」
最上階へ続く階段が見えてきた。
その手前の廊下を、一人の男が歩いている。
見覚えのない顔だった。
アイリスは足を止め、マリーにも止まるよう合図した。
男が、振り向こうとする。
アイリスはマリーの手を引き、壁際に隠れた。
次の瞬間、アイリスの身体が強張る。
「……やばい。バレた。」
「えっ?」
「どうしよう……。」
マリーも慌てて身を縮めた。
アイリスは慎重に気配を消していた。
男には、まだ姿を見られていない。
それなのに、あの一瞬でこちらの存在に気づかれた。
「……誰、あの人。」
「分かんない。先生かな……?」
二人は息を潜めた。
だが、誰かが近づいてくる音はしない。
アイリスがそっと廊下を覗く。
男は何事もなかったように、階段を上がっていくところだった。
「……あれ?」
その後ろ姿を見て、アイリスの肩から力が抜けた。
「レイの匂いがする。」
「え? 魔力じゃなくて?」
「魔力は変えてる。別人に見える。」
「でも、あれはレイ。」
「アイリスちゃん、鼻よすぎない? この距離で分かるの?」
「嗅覚を魔力で強化してる。」
「そんなこともできるんだ……。」
アイリスは、階段を上がっていく男の背中を見た。
匂いだけではない。
歩き方も、階段に足をかける時の動きも知っている。
マリーが階段を見上げた。
「レイさん、私たちに気づいたの?」
「うん。たぶん最初から。」
「なんで変装してるんだろう……。」
「分からない。」
「声、かける?」
アイリスは首を振った。
「変装してる。邪魔しない方がいい。」
レイはもう、階段の上へ消えていた。
「必要なら、向こうから声をかけてくる。」
「……そっか。」
二人はもう少し待ってから、最上階へ向かった。
⸻
レイは変装したまま、最上階の教室へ向かっていた。
階段が見えてきたところで、後ろに二つの小さな魔力を感じる。
振り向くと、廊下には誰もいなかった。
壁際に隠れたらしい。
だが、《センス》には二人の位置がはっきり分かる。
(アイリスとマリーか。)
アイリスがマリーの家に泊まるとは聞いていた。
(また潜入ごっこしてんのか。)
レイは悪戯っぽく笑った。
(気づかないふりをしてやるか。)
何も見なかったように前を向き、階段を上がっていった。




