黒猫との出会い
王都の中級区で何でも屋を始めて、ひと月ほど経った頃だった。
『とりあえず何でも屋でもやっとけ。アイリスと一緒に許可は取っといた。』
ルコにそう言われて、気づいたら始まっていた何でも屋。
だが。
「聞いてねぇぞ……。」
家を出る少し前。
「そろそろだから、行ってきて。」
「どこに?」
「ギルド。」
「指定依頼があるから。」
「……指定依頼?」
「うん。」
「あぁ……そうなんだ……。」
そして、今。
手には一枚の依頼書。
『ギルド指定依頼』
『孤児院のお手伝い』
『九時〜十八時』
『報酬 五千ベル』
王都で何でも屋を開く条件。
それは毎月、ギルド指定の依頼を二、三件受けること。
そんな話は聞いていない。
「ルコのやつ……。」
深いため息をつく。
受付では、
『リーベル孤児院さんは、今回で最後とのことですが、国と共同の事業ですから。』
『レイさんなら安心です。よろしくお願いしますね。』
笑顔でそう言われてしまった。
断れなかった。
「責任重大だなぁ……。」
依頼書を眺めながら歩き出す。
「まぁ、仕方ないか。」
「最後ってことだし。」
「適当に終わらせて帰ろ。」
数歩歩いて、ふと呟く。
「あ……。」
「来月からは別の孤児院か。」
「まぁ。」
「子供は嫌いじゃないし。」
そう呟きながら、とぼとぼ歩いていく。
王都下級区。
石造りの小さな教会。
その隣には、飾り気のない大きな建物が建っていた。
孤児院だ。
庭からは子供たちの笑い声が聞こえてくる。
レイは扉を軽く叩いた。
「こんにちはー。」
「ギルドから来ましたー。」
扉が開く。
「あら。」
二十五歳ほどの若い司祭が顔を出した。
「レイさんですね。」
「はい。」
「今日一日、よろしくお願いします。」
「うぃーす。」
気の抜けた返事。
ローズは一瞬だけ言葉を失った。
(……大丈夫かしら。)
身なりはきちんとしている。
顔立ちも悪くない。
けれど。
隠そうともせず、やる気のなさそうな空気が全身から漂っている。
(でも……。)
ギルドが派遣してくれた方だ。
そう思い直し、ローズは微笑んだ。
「では、こちらへ。」
⸻
「配達ですか?」
「はい。」
「あと、この机も脚が少しぐらついていて……。」
「了解。」
レイは荷物を肩に担ぐ。
「じゃあ、行ってきます。」
⸻
二十分後。
「終わりました。」
「……え?」
ローズは目を丸くした。
「もうですか?」
「ついでに机も直しときました。」
庭に置かれた机を見る。
ぐらついていた脚は綺麗に補修されていた。
「これくらいなら魔法で十分だったんで。」
「……。」
ローズは思わず机を撫でる。
継ぎ目すらほとんど分からない。
(すごい……。)
やる気はなさそうなのに。
仕事だけは驚くほど早く、そして丁寧だった。
「ありがとうございます。」
「では……。」
「午前中は、もうお願いすることはありません。」
「最後に、庭の警備だけお願いできますか?」
「といっても、この辺りは平和なので、特に危ないことはありませんけど。」
「了解。」
レイは軽く手を上げ、持ってきた荷物を持って庭へ向かった。
(何をするんだろう……。)
ローズはその背中を見守る。
「お前ら。」
「ちょっとそこ開けて。」
ぶっきらぼうな声に、遊んでいた子供たちが一斉に振り向く。
警戒したように少し距離を取る。
レイは荷物から一つの魔導具を取り出し、庭へ置いた。
魔力を流し込む。
次の瞬間。
庭の一角に、大きな円形の遊具が広がり始めた。
「ちょっ……。」
ローズは慌てて庭へ駆け出す。
「レイさん!」
「何をしてるんですか!」
「ん?」
レイは振り返る。
「あぁ。」
「トランポリンです。」
「最近もらったんで。」
「……トランポリン?」
聞いたこともない名前だった。
レイは魔導具を軽く確認する。
「よし。」
「見てろよ、お前ら。」
靴を脱ぐ。
そのまま勢いよく飛び乗った。
身体が高く跳ね上がる。
「おぉ。」
さらに頭から落ちる。
また跳ねる。
くるりと一回転。
子供たちは呆然と見つめていた。
そのまま勢いよく外へ飛び出す。
「危ない!」
ローズが思わず声を上げる。
しかし。
透明な壁に包まれるように身体がふわりと受け止められ、そのままトランポリンへ戻ってまた跳ね始めた。
レイは笑う。
「よし!」
「どうだ、お前ら!」
子供たちの目が一斉に輝いた。
「すごい!」
「やってみたい!」
「僕も!」
「私も!」
レイは笑いながら手を振る。
「よし。」
「靴脱げー。」
「ぶつかるから距離空けろよ。」
さっきまで警戒していた子供たちが、一斉に集まってくる。
庭はあっという間に笑い声でいっぱいになった。
レイは子供たちを見守りながら、不意に口を開く。
「お?」
「誰か抜けたな。」
ローズには何のことか分からなかった。
レイは軽く振り返る。
「ローズ院長。」
「ちょっと行ってきますね。」
「え?」
返事を待たず、そのまま庭を飛び出していった。
ローズは慌てて庭を見回す。
「……あ。」
「メルちゃんが、またいない……。」
いつ抜け出したのか。
まったく気付かなかった。
「てことは、レイさんも諦めてすぐ戻ってくるわね……。」




