研究者は眠らない
食事が進むにつれ、メロリアの声が少し弾んできた。
「レイ先生。」
「はい?」
「今度、天文学の講義を一緒にやりませんか?」
「代行じゃなくて?」
「ええ。私もいます。」
メロリアは楽しそうに笑った。
「先生が疑問に思ったことを、その場で私に聞いてください。生徒たちとも一緒に考えましょう。」
「ああ。それなら面白そうですね。」
「でしょう?」
メロリアが嬉しそうに杯を持ち上げた。
向かいでは、バルテシアが酒を飲み、レイを見た。
「……レイ。」
「はい?」
「本当に、君には感謝しているんだ。」
レイが少し驚く。
「急にどうしたんですか?」
「別に急ではない。前にも言っただろう。」
「言いましたね。」
「それでも、もう一度言っておきたくなった。」
バルテシアは杯を置いた。
「君がいなければ、あそこまで辿り着けなかった。」
研究の中身には触れず、それだけ言う。
「……ありがとうございます。」
レイが答えると、メロリアがバルテシアを見る。
「今日は素直ですね。」
「私はいつも素直だ。」
「そうでしたっけ?」
「メロリアくん。」
バルテシアが眉を寄せると、メロリアは声を上げて笑った。
一方、サリアも酒はかなり飲んでいたが、様子はほとんど変わらない。
隣の女性に、使っている魔導具の話を聞いている。
「その調整が面倒なのか?」
「はい。朝、急いでいる時には少し。」
「なるほど。覚えておこう。」
女性は嬉しそうに頷いた。
サリアも楽しそうに、次の話を聞いていた。
レイの隣に座った女性が、三人のやり取りを聞いて笑った。
「レイさん、人気者ですね。」
「まあ、器用貧乏だからな。」
「それなりに役には立てる。」
「その『それなり』っていうのは、いい加減やめてくださいよ〜。」
メロリアが杯を置いた。
「レイ先生は優秀な助手……いや、共同研究者ですから。」
「待て!」
バルテシアが身を乗り出す。
「こいつは私の助手だぞ!」
「今は私のです。」
「……くっ。」
バルテシアはレイを見てから、メロリアへ向き直った。
「君がずっと続けていた研究は、レイが入って進んだのかね?」
「はい。もう、意味が分からないくらい進んじゃって。」
メロリアは楽しそうに笑う。
「だから、こうして飲みに来られてるんですよ。」
「そうか。」
バルテシアは頷いた。
「今、私は気になる研究を抱えていない。完成するといいな。」
「ええ。」
メロリアはレイをちらりと見た。
「本当は、共同で発表したいんですけどね。」
「嫌です。」
レイは即答した。
「ですよね〜。」
「こいつに何を言っても無駄だぞ。」
「バルテシア先生も大変だったんでしょうね。」
二人が顔を見合わせる。
レイは黙って酒を飲んだ。
バルテシアの隣に座っていた女性が、ふと顔を上げた。
「あ!」
「どうしたのかね?」
「バルテシア先生って、バルテシア・アバルテス教授ですか!?」
「そうだが?」
「先日のローレン理論改式の論文、読みましたよ!」
バルテシアが女性を見る。
「……理解できたのかね。」
「難しかったです。でも、とても面白かったです。」
「君は若いのにすごいな。」
「ムラサキでは普段から教養を身につけてますからね。」
レイが言う。
「頭のいい子ばかりですよ。」
女性は嬉しそうに笑った。
それから、レイとバルテシアを見比べる。
「もしかして、あの論文の研究もレイさんと?」
「ああ。」
バルテシアはレイを指した。
「こいつが、自分の名前は出すなと言うんだ。」
女性が驚いてレイを見る。
レイは小さく息をついた。
「魔法理論学でまで名前が知られると、興味のない研究も頼まれそうだからな。」
「ローレン理論は面白かったから、手伝ったんだよ。」
「でも、あれほどの論文に名前が載らないのは……。」
「それに、プロハンターとしての公平性もある。」
レイは杯を置いた。
「軍事利用を考えるような人の研究は、やりたくないしな。」
「……なるほど。」
女性が頷く。
バルテシアは腕を組んだ。
「その理由は分かる。だが、君が共同研究者だったことに変わりはないぞ。」
「先生がそう思ってくれてるなら、それで十分ですよ。」
レイが答えると、バルテシアはそれ以上言わなかった。
「今回の研究は、私単独で発表します。」
メロリアが言うと、バルテシアは意外そうに眉を上げた。
「君なら強引にレイの名前を出すと思っていたぞ。」
「そうしたいんですけどね。」
メロリアはレイを見た。
「彼は望んでいませんし、これからも研究を手伝ってもらいたいですから。」
「分かってくれて助かります。」
レイが答える。
バルテシアは杯を置いた。
「魔法理論学を専門とする私にも、君の言う『見えない星』は理解できなかった。」
「だが、レイがいるなら、うまくいきそうな気がしてくるな。」
「はい。見えなかった理由までは突き止めました。」
「そこまで進んだのか……。」
「ただ、膜を剥がすための魔法陣の調整には、まだ時間がかかりそうです。」
メロリアが言うと、それまで隣の女性と話していたサリアが顔を上げた。
「どこを調整している?」
「彗星の位置に合わせる部分です。」
「彗星は動き続けていますから、調整している間にも位置がずれてしまうんです。」
サリアは少し考えた。
「魔法陣そのものを、毎回書き直しているのか?」
「ええ。今のところは。」
「なら、追う部分だけ魔導具に任せたらどうだ。」
メロリアがサリアを見る。
「魔法陣は膜に働きかけることに集中させる。」
「彗星の位置を追って、術式の向きを調整する部分は別に作るんだ。」
「……その部分だけ、切り離す?」
「ああ。魔導具なら、観測した位置の変化に合わせて動かせる。」
サリアは指先で卓上に円を描いた。
「陣全体を何度も直すより、調整する箇所は少なくなるはずだ。」
メロリアは黙って考え込んだ。
「確かに……その分け方なら、試せます。」
「魔導具が必要なら私が作る。」
サリアは酒を一口飲んだ。
「食事が終わったら、今の魔法陣を見せてくれ。」
「ありがとうございます、サリア。」
メロリアが笑う。
「一緒に飲みに来てよかった。」
「まだ作れると決まったわけじゃない。」
「サリアなら作れます。」
「……魔法陣を見てから判断する。」
そう言いながら、サリアも少し楽しそうだった。




