研究者の集まり
身支度を終えたサリアは、レイたちとともに地下街へ向かった。
「外に出たら研究の話を聞かせると言ったな。」
「ちゃんと話すよ。」
「ならいい。」
サリアはそれ以上文句を言わなかった。
地下街へ下りると、地上とは違う賑わいが四人を迎えた。
店先から聞こえる笑い声。
行き交う人々の話し声。
頭上では、巨大な魔導灯が街を照らしている。
夜に合わせて光を落としているはずだが、それでも通りの先まで明るかった。
「……あの魔導灯。」
サリアが足を止めた。
「明るさを落としても、端までむらがない。どうやって調整しているんだ……?」
灯りを見上げたまま、何やら小声で考え始める。
「サリア、置いてくぞ。」
「見ながら歩いている。」
メロリアは通りに並ぶ店を見回した。
「賑やかですね。」
晩餐会とも、貴族たちが集まる店とも違う。
客と店の人間が気軽に言葉を交わし、その横を別の客たちが笑いながら通り過ぎていく。
メロリアは楽しそうにその様子を眺めた。
「……騒がしいな。」
バルテシアが呟く。
「落ち着いたところの方がよさそうですね。」
レイは通りの奥を指した。
「いつも一軒目は友人の店に顔を出すんです。そっちでいいですか?」
「どこですか?」
「あっちの奥に見える、ムラサキです。」
「お、お前!」
バルテシアがレイを見た。
「ムラサキは、ただの飲み屋じゃないだろう!」
「まあ、そうですね。」
「女性二人も一緒だぞ?」
「高級店ですし、女の子たちの教育もしっかりしてますよ。会話の質も高いです。」
「そういうことじゃなく……。」
バルテシアはメロリアとサリアを見た。
メロリアは首を傾げる。
「ムラサキが高級店だとは、聞いたことがあります。」
彼女は通りの奥に見える店を眺めた。
「そちらの方が落ち着いていそうですし、私はいいと思いますよ。」
「私はどこでもいい。」
サリアはまだ頭上の魔導灯を見ていた。
「……途中にあるあの灯りも、近くで見たいが。」
「じゃあ、そこを通って行こう。」
レイが歩き出すと、三人もその後に続いた。
ムラサキへ向かう道も、よく手入れされていた。
道端にごみは見当たらない。
石畳は綺麗に掃かれ、店先の灯りも整っている。
地下街の通りは、下級区より綺麗な場所も多かった。
ムラサキのエリアに入ると、通りの雰囲気が変わった。
建物はどれも意匠が凝っていて、道は隅々まで清掃されている。
花や香の匂いも、ほかの通りとは違った。
「……ここの建物は美しいな。」
サリアが足を止める。
「珍しいですね。サリアが街を眺めているなんて。」
「私だって、美しいものくらい分かる。」
「そうですね。」
メロリアは笑って、隣に並んだ。
「あちらの建物も見てください。窓の形が素敵です。」
「……確かに。」
二人は建物を眺めながら、楽しそうに歩いていく。
バルテシアはその後ろから、通りに並ぶ店を見ていた。
「レイ先生。」
メロリアが振り返る。
「友人のお店は、どちらですか?」
「全部です。」
「え?」
「これ全部です。」
レイは周囲の建物を示した。
メロリアが目を丸くする。
バルテシアも足を止めた。
「……まさか、友人というのは。」
「ええ。リュウ・リスタードです。」
「リュウ・リスタード!?」
二人の声が重なった。
サリアだけが首を傾げる。
「誰だ、それ?」
「ここの支配者の息子だ。」
バルテシアが答えた。
「実質的に、地下街のボスだ。」
「そうなのか。」
サリアはレイを見る。
「私を肩に担いで連れ出す君だ。そのくらいで驚きはしない。」
「関係あるか?」
「ある。」
メロリアは呆れたように笑った。
「……確かに、レイ先生ならおかしくありませんね。」
「君の場合、何が出てきても驚けんな。」
バルテシアも息をついた。
それから、目の前の店を見上げる。
「だが、本当に二人を連れて入っていいのか?」
「格式高い店ですから。最初に通されるのは、上品に酒と会話を楽しむ場所ですよ。」
「……そうなのか。」
「今日は食事と酒だけです。心配いりません。」
バルテシアは頷いた。
レイは通りを少し歩き、落ち着いた造りの店に入った。
店内は外の賑わいから少し離れ、静かな音楽が流れている。
「あら、レイさん。」
女将が出迎えた。
「珍しい。ルコさん以外といらっしゃるなんて。」
「こんばんは。」
女将はレイの後ろにいる三人へ目を向けた。
バルテシアと、メロリア、サリア。
レイはその視線に気づいて笑う。
「ああ。友人だよ。」
「そうでしたか。皆様、ようこそお越しくださいました。」
女将も笑顔で頭を下げた。
「奥のお座敷が空いております。そちらへどうぞ。」
四人は女将に案内され、店の奥へ進む。
座敷に入ると、バルテシアが周囲を見回した。
「……落ち着いた場所だな。」
「でしょう?」
レイは席に着き、女将に声をかけた。
「今日は食事もするから、会席料理を四人分お願いできる?」
「かしこまりました。お飲み物はいかがいたしましょう?」
「まずはみんなに聞くよ。」
女将は頷き、四人が落ち着くのを待った。
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
「俺はいつものを。」
「かしこまりました。」
女将はほかの三人にも目を向けた。
バルテシアが酒を選び、メロリアとサリアもそれぞれ注文する。
女将が部屋を出ると、バルテシアは改めて座敷を見回した。
「……もっと下品な店を想像していた。」
「え?」
メロリアは一瞬きょとんとした顔をして、それからバルテシアが店へ入るのをためらっていた理由に気づいた。
「レイ先生が、私たちをそんなところへ連れてくるわけないじゃないですか。」
「いや、それはそうなんだが。」
バルテシアは少し気まずそうに咳払いをした。
「無知は恥だな。」
「ラクエンには、そういう店も多いですからね。」
レイが答える。
「そう思ってる人も多いですよ。」
彼は室内を見回した。
「ですが、ここは格の高さでやってますから。そういうものは、表には絶対に出さないんです。」
サリアが首を傾げた。
「ここは食事をするだけの店じゃないのか?」
「着飾った女の子と一緒に飲む店だよ。」
「ふむ。なるほど。接待付きなのか。」
「ああ。それに、気に入った子がいて、向こうもよければ外に連れ出したりもできる。」
「そういう仕組みか。」
サリアは納得して頷いた。
レイはバルテシアを見る。
「先生も、楽しく話せる子がいたら二軒目に誘えますよ。」
「……私は別に、そういう目的で来たわけではない。」
「分かってますよ。」
レイが笑うと、メロリアも楽しそうに笑った。




