メロリアの驚嘆
メロリアが出かける準備をしている間、レイは実験室の外へ出た。
廊下に人がいないことを確かめ、変えていた顔立ちと髪の色を戻す。
身に纏う魔力も、いつもの状態へ戻した。
「……レイ?」
声をかけられて振り向くと、バルテシアが立っていた。
「先生。こんばんは。」
「もう帰るのか?」
「いえ。メロリア先生と食事に行きます。」
「メロリアくんと?」
「はい。」
バルテシアは少し眉を寄せた。
「……君は、あの研究を手伝っているのか?」
「今はその話はできません。」
「そうか。」
バルテシアは頷き、腕を組んだ。
「なら、私も行こう。」
「え?」
「メロリアくんには、君が私の助手だと分からせておく必要がある。」
「まだ言ってるんですか、それ。」
「君自身が、助手の助手などと言い出したんだろう。」
「それと先生の助手になるのは別ですよ。」
「食事の席で、はっきりさせよう。」
レイは呆れて笑った。
「まあ、先生とも飲んだことないですしね。」
研究中は何度も一緒に食事をしたが、いつも研究室で出前を取っていた。
「メロリア先生に聞いてみます。」
「うむ。」
バルテシアは満足そうに頷いた。
実験室の扉が開き、メロリアが出てきた。
レイの隣にいるバルテシアを見て、少し意外そうな顔をする。
「バルテシア先生も、一緒に食事へ行きたいそうです。」
「もちろんいいですよ。」
メロリアは笑った。
「バルテシア先生とは、共通点がありますしね。」
「なんだ?」
「嫌われ者という共通点が。」
「私は嫌われてなど!」
「そうですか?」
「いや……まあいい。」
バルテシアは言い返すのをやめた。
「私と普通に話すのは、メロリアくんとレイだけだ。」
「ふふ。レイ先生がおかしいんですよ。」
レイは苦笑した。
「お二人とも、悪い人じゃないですから。」
「ありがとうございます。」
メロリアはレイを見た。
「それにレイ先生、あのサリアとも親交が深いみたいですよ。」
「サリア? 魔導具研究の権威の、あのサリアか?」
「ええ。今から誘うところです。」
バルテシアがレイへ向き直る。
「君は私の助手なのに、魔導具研究にまで手を出しているのか!」
「一から開発はできませんよ。たまにアイデアを出したり、手伝ったりするだけです。」
「……それを手を出していると言うんだ。」
「何でも屋ですから。修理や調整も仕事ですよ。」
バルテシアは呆れたようにレイを見た。
「君は一体、いくつの研究室に出入りしているんだ?」
「数えたことないですね。」
「まったく……。」
「でも、今日は研究の話でサリアを誘うわけじゃないですよ。」
「では、なぜ呼ぶ?」
「メロリア先生の従姉妹なんです。」
「……従姉妹?」
バルテシアはメロリアを見る。
「サリアくんが?」
「はい。」
「初めて聞いたぞ。」
「聞かれませんでしたから。」
メロリアはさらりと答えた。
バルテシアは一瞬黙り、レイへ向き直る。
「……それで、サリアくんは来るのか?」
「これから誘います。」
「研究室から出てくるといいですね。」
メロリアが笑う。
「まあ、行ってみましょう。」
⸻
サリアの家へ向かう途中、メロリアがレイに尋ねた。
「どこに飲みに行くんですか?」
「地下街に抵抗がなければ、そちらに。」
「私は行ったことがないぞ……。」
バルテシアが言うと、メロリアは少し意外そうにした。
「珍しいですね。」
「ラクエンで遊べるというのは、高貴な男性にとって一種のステータスだと聞いたことがあります。」
「私は勉強しかしてこなかったからな。」
バルテシアは肩をすくめた。
「プライベートで飲みに行く相手もいなかった。」
「私もです。」
メロリアが頷く。
「晩餐会には参加してきましたが、地下街は行ったことすらありません。」
レイは二人の顔を見た。
「お二人とも問題なければ、行きましょう。」
「私は構わない。」
「私も行ってみたいです。」
バルテシアは少し歩いてから、レイに尋ねた。
「サリアくんはいいのかね?」
「あいつは、どこでも適応すると思います。」
「……研究室以外で落ち着くタイプだとは思いませんけど。」
メロリアが言うと、レイは笑った。
「まあ、聞いてみますよ。」
三人はサリアの家へ向かった。
⸻
サリアの家に着くと、執事長のセバスが三人を出迎えた。
「レイ様。いらっしゃいませ。」
「こんばんは、セバス。」
セバスはメロリアに気づき、丁寧に頭を下げる。
「メロリア様。お久しぶりでございます。」
「お久しぶりです、セバス。」
「お変わりなくお過ごしでしょうか。」
「ええ。サリアも元気ですか?」
「はい。本日も研究室にいらっしゃいます。」
セバスはレイに向き直った。
「昨日もお風呂に入れていただき、ありがとうございます。」
「……お風呂?」
バルテシアが小さく呟く。
レイはその声を聞きながらも、いつも通りに答えた。
「ああ。サリアを食事に誘おうと思って。」
「そうでしたか。まだお食事はお済みではありませんので、どうぞお入りください。」
セバスが扉を開ける。
バルテシアはレイをちらりと見た。
「……後で聞かせてもらうぞ。」
「別に面白い話じゃないですよ。」
レイは笑って、二人とともに屋敷へ入った。
セバスは外出用の服を用意するため、メイドたちのもとへ向かった。
三人はサリアの研究室の前で足を止める。
レイが扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「サリアー。開けてくれ。」
返事はない。
「サリア?」
中から、紙をめくる音だけが聞こえる。
「おい。開けろ。」
しばらくして、扉の向こうから声がした。
「……君は昨日来ただろう。」
「ああ。」
「二日連続で来るということは、私を外に出すつもりだ。」
「…………。」
「当たりだろう?」
「違うよ。ちょっと作ってほしいものがあるんだ。」
中から慌ただしい足音が聞こえた。
鍵が開く。
「なんだね君は! 初めからそう言ってくれればよかったものを!」
サリアが笑顔で扉を開けた。
だが、レイの後ろにメロリアと見知らぬ男がいるのを見て、真顔になる。
「…………。」
扉を閉めようとした、その時。
「よし。」
レイが笑顔でサリアを肩に担ぎ上げた。
「なっ……!? 君、やはり騙したな!」
「昨日のうちに言ったら、鍵開けなかっただろ。」
「当然だ!」
サリアがレイの肩の上で抗議する。
メロリアは目を丸くした。
研究室からサリアを連れ出すだけでも驚きなのに、担いで連れていくとは思わなかった。
隣ではバルテシアも、言葉を失っていた。
レイはサリアを肩に担いだまま、廊下を進んだ。
メロリアとバルテシアが、少し遅れてついていく。
「私は外に出たら焼け死ぬんだぞ!」
「あ、もう陽は落ちてるから安心だぞ。」
「くっ……研究を続けないと死んでしまうんだ。」
「いつも死なないじゃん。」
「今日は死ぬんだ!」
サリアが肩の上で抗議しても、レイは歩く速さを変えない。
「それに、またアイデアを持ってきたのは本当。」
「……何?」
「飯の後で話すよ。」
「…………。」
サリアは少し黙った。
「……分かったから、おろしてくれ。」
レイがサリアを床に下ろす。
私室の前では、セバスとメイドたちが外出用の服を用意して待っていた。
「お支度をいたしましょう、サリア様。」
「君は全く……。」
サリアはレイを睨んだが、それ以上は抵抗せず、メイドたちと私室へ入っていった。
セバスはいつも通りの顔で、その後を見送った。
メロリアとバルテシアだけが、まだ呆然としていた。
あのサリアが、文句を言いながらも出かける支度をしている。
「放っておくと、風呂にも入らないし、まともに食事もしないんですよ。」
レイの言葉に、メロリアが頷く。
「それは知っています。昔からそうでしたから。」
「レイ様に来ていただくようになってからは、二日に一度ほど、きちんとした食事をされるようになりました。」
セバスも嬉しそうだった。
「二日に一度で、喜んでいいのか?」
バルテシアが尋ねる。
「以前に比べれば、大きな変化でございます。」
セバスは穏やかに答えた。
「実質的に使用人用のシェフになっていた料理長も、喜んでおりますよ。」
「サリア、食べること自体は好きですからね。」
レイは私室の扉を見た。
「一緒に食べた時に話したんです。」
「お前も、自分の作った魔導具を誰かに喜んで使ってもらえたら嬉しいだろ。料理人も同じだって。」
バルテシアはレイを見た。
「……相変わらず、君はぶっ飛んでいるな。」
「そうですか? あいつと飯を食うの、普通に楽しいですよ。」
メロリアは二人の話を聞きながら、もう一度私室の扉を見た。
人付き合いより研究を選ぶところは、自分とよく似ている。
そんな従姉妹にも、レイという友人ができた。
自分も同じ人を友人と呼べることが、メロリアは嬉しかった。




