王都の秋祭り
十月に入ると、王都アルトーラの空気が少し変わった。
昼間はまだ暖かい。
けれど朝と夕方には、外を歩く人たちの服が一枚増える。
中級区の通りでは、店先に秋祭りの飾りが並び始めていた。
通りかかる子供たちが足を止め、どの店に何が出るのかを楽しそうに話している。
祭りの日が近づくにつれて、その話し声も増えていった。
学園から帰ってきたアイリスも、窓の外を眺めていた。
「ねえ、レイ。」
「ん?」
「秋祭りに行きたい。」
「あー、もうそんな時期か。」
「行ってこいよ。」
アイリスは首をかしげた。
レイをまっすぐ見上げる。
「レイもいっしょ。」
「……はい。」
アイリスは満足そうに笑った。
「マリーも誘っていい?」
「あー、下級区だろ?」
レイは少し考えた。
「一応、俺からトーリアさんに聞いてみるよ。」
「うん、ありがとう。」
⸻
数日後。
レイはアイリスを連れて、トーリアの家を訪ねた。
家の表では、一人の少年が訓練をしている。
レイはその魔力に覚えがあった。
「あれ。お前、あの夜に間違えて会社へ入ってきたやつだよな?」
少年が動きを止めた。
「えっ!? あなた、もしかしてあの時の……!?」
「そう。夜間警備してた。」
レイは家の方を見る。
「トーリア家の雇われだったのか。」
「え……はい。」
「ってことは、あれ遊びじゃなくて、マジで修行だったの?」
「え、いや……その……。」
「まぁいいけど。トーリアさんに迷惑かけないように、もっと技術磨けよ。」
少年は困った顔で、声を落とした。
「あの、トーリア様には内緒に……。」
「あぁ。言わないよ、こんなこと。」
「いいんですか?」
「俺も昔から、同じようなことやってたし。」
レイはそう言って笑った。
ノアも安心したように笑う。
「似たもの同士ですね。」
「いや、全然違う。」
「えっ!?」
「オーラ遮断くらい覚えとけよ。」
「丸見えだったぞ。」
「……丸見えだったんですか?」
「うん。まずは隠す練習からだな。」
レイがオーラ遮断を見せる。
ノアも真似てみたが、すぐに魔力が漏れた。
「最初はそんなもんだよ。」
ノアはさらに続ける。
レイはその様子を見て、何度か短く声をかけた。
「そう。それを動きながら維持できるように。」
「普段からその状態で生活すれば、魔力が刺激されて総量も上がりやすいぞ。」
「ただ、定期的に発散させろよ。」
「はい。」
ノアがもう一度試していると、家からトーリアが出てきた。
そこへ、家からトーリアが出てきた。
「おお、レイ君! 来ていたのか。」
「こんにちは。」
「わざわざうちの護衛に、特別指導をしてくれていたのか!」
「特別なことなんて教えてないですよ。」
「ははは。ノア、レイ君は魔導学園の講師なんだぞ!」
「えっ!? あの魔導学園の!?」
ノアはレイを見た。
「そんな人に、教えてもらってたんですか……?」
「臨時講師だけどな。」
「さっきの、もう一回やってみろよ。」
「はい!」
ノアがオーラ遮断を試す。
まだ魔力は漏れていたが、レイは頷いた。
「うん。続ければできるようになるよ。」
「ありがとうございます!」
レイは頷くと、トーリアに向き直った。
「今日は、アイリスがマリーを秋祭りに誘いたいと言ってまして。」
「先にトーリアさんにお声がけをと思って、伺いました。」
「ああ、そういうことか。ひとまず中へ入ってくれ。」
レイとアイリスはトーリアに続いて家へ入った。
ノアは表に残り、教わったばかりのオーラ遮断をもう一度試した。
⸻
家に入ると、マリーがアイリスを見つけて駆け寄ってきた。
「アイリス! 今日はどうしたの?」
「秋祭りに、マリーも一緒に行きたくて。」
「本当!?」
マリーはすぐにトーリアを振り返った。
「お父様、行ってもいい?」
「ああ。レイ君も一緒なら安心だ。」
マリーの顔が明るくなる。
だが、トーリアはそこでレイを見た。
「とはいえ、うちは公爵家だからな。」
「娘を下級区へ行かせる以上、護衛なしというわけにはいかん。」
トーリアはレイに金を差し出した。
「レイ君。君にマリーの護衛を頼みたい。これはその依頼料だ。」
「いえ、いりませんよ。」
「俺も遊びに行くだけですし、引率する大人としてマリーを見るのは当たり前ですから。」
「……そうか。」
トーリアは少し考えてから、もう一度金を差し出した。
「なら、アイリスちゃんとマリーの分のお小遣いだ。」
「二人に好きなものを買ってやってくれ。楽しんできなさい。」
マリーが嬉しそうにアイリスの手を取る。
「何から見に行こうか!」
「まだ祭りの日じゃないよ。」
「分かってる。でも、今から決めたい!」
⸻
下級区で最も広い広場。
ここでは定期的に、様々な催しが開かれる。
今日は、王都アルトーラの秋祭り。
広場には屋台が並び、今年も大勢の人たちで賑わっていた。
アイリスとマリーは肩を並べ、気になる屋台を見つけるたびに足を止めている。
レイは少し後ろから、二人について歩いた。
「……平和だな。」
「アイリスちゃん、次はあっち!」
「うん。」
二人が駆け出す。
レイが後を追おうとした時、近くにいた少年が声を上げた。
「あっ、レイさん!」
「おう。」
「この前、屋根の上で仕事してたの見たよ! すっごく格好よかった!」
「そうか。ありがとな。」
少年は嬉しそうに母親のもとへ戻っていった。
少し先では、花屋で会った少女が友人と歩いていた。
レイは目が合うと、軽く手を上げる。
「あ、花屋の子だよな。こんにちは。」
「は、はい! こんにちは!」
「祭り、楽しんでな。」
「はい!」
レイが通り過ぎると、少女は隣の友人の袖をつかんだ。
「……今、道で話しかけられた。」
「見てたよ。」
屋台の前では、以前依頼を受けた女性とも会った。
「レイさん。こんにちは。」
「こんにちは。あれから、変わりないですか?」
「はい。安心して帰れてます。」
「それならよかった。」
女性は笑って、レイに会釈した。
その先で、マリーが振り返る。
「レイさん、早く!」
「ああ、今行く。」
レイは二人のもとへ歩いていった。




