王都アルトーラの人々②
ある花屋で働く少女には、最近ちょっとした楽しみがあった。
店先の道を、時々一人の青年が通る。
黒い髪。
遠目からでも分かるほど整った顔立ち。
歩き方やちょっとした仕草は、どこか貴族のように綺麗なのに――
いつも気怠そう。
王都の中級区で何でも屋を営んでいる、レイという青年だった。
仕事をしているところも何度か見たことがある。
「めんどくせぇ……。」
なんて言いながら、頼まれた仕事は丁寧にこなしている。
なんだか不思議な人。
それくらいに思っていた。
ある日のことだった。
「待て!」
通りから怒鳴り声が聞こえた。
少女が店先を見ると、男がこちらへ走ってくる。
その後ろから誰かが、
「泥棒だ!」
と叫んでいた。
怖い。
少女は思わず店の奥へ下がった。
男が店の前を通り過ぎようとした、その時だった。
上から何かが落ちてきた。
――いや、人だった。
屋根から飛び降りてきたレイが、逃げてきた男をあっという間に取り押さえる。
いつもの気怠そうな表情はなかった。
真剣な顔。
鋭く相手を見る眼差し。
「…………」
さっきまで恐怖で鳴っていた心臓が、今は別の理由でうるさかった。
「……はぁ。」
思わずため息が漏れる。
「格好いい……。」
それからしばらく経った、ある日。
「こんにちはー。」
「はーい。いらっしゃいま――」
少女の声が止まった。
レイさんだった。
「この花ください。いくらですか?」
「あ……あ、あ、あの……。」
「ん?」
「あっ……三百ベルです!」
「安いね。はい、三百。」
「あ、はい!」
代金を受け取る。
「ありがとね。」
「…………」
「?」
「あ、ありがとうございました!」
「うん。また来るね。」
それだけだった。
その日の仕事が終わった後。
「今日、レイさんに話しかけられちゃった!」
「え!? なんでそんなことがあるの!?」
「お花買いに来たの!」
「いいなぁ!」
「しかも、ありがとうって言われちゃった……。」
「ずるい!」
「ほんっとに顔綺麗だった……。」
少女にとってその日は、しばらく忘れられそうにない一日になった。




