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LAVeLESS  作者: 神矢
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ローレン理論改式

 ローレン理論の改式は、ついに完成した。


 論文も書き終えた。


 残るのは、査読へ送ることだけだった。


 バルテシアはレイを研究室へ呼んだ。


「やっと、全て終わった。」


 机の上には、書き上げた論文が置かれている。


「発表しようと思う。」


「やっとですね。」


 レイが笑った。


「おめでとうございます。二か月ですか。かなりかかりましたね。」


「何を言っているんだ!」


 バルテシアは思わず声を上げた。


「数十年かかってもおかしくない研究だぞ!?」


「そうなんですか?」


「そうだ!」


 バルテシアは論文に手を置いた。


「レイ。お前がいたから、ここまで早く終わらせられた。感謝している。」


「いえいえ。」


 レイはあっさり答えた。


 礼を言われるために手伝っていた、という顔ではなかった。


「それで、共同発表にしようと思う。」


「それはやめてください。」


「何を言っている?」


 バルテシアは眉をひそめた。


「君の最初のアイデアがきっかけなんだぞ。その後も君の発想力と論理力があったから、ここまで早く完成できた。」


 論文の上を指で叩く。


「魔力操作の実証も、君と君の周りの人間に助けられた。これは共同研究だ。」


「俺は専門家じゃないですし、魔法が好きで手伝ってただけですよ。」


「それで貢献が消えるわけではない。」


「共同研究なのは分かります。」


 レイは頷いた。


「でも、専門でもないことで目立つのは困ります。」


「君にも権利がある。」


「その権利、捨てます。」


「……そんな簡単に言うな。」


 バルテシアは額を押さえた。


「分かった。せめて報奨金や、金銭的な部分は折半しよう。」


「それもいりません。」


「なぜだ!?」


「目立つでしょう。」


「プロなら、隠し口座くらいあるだろう。」


「俺は持ってません。」


 バルテシアは言葉を失った。


 そういえば、アイリスを学園に途中入学させたいと頼んできた時もそうだった。


 入学のことは熱心に話したが、学費の免除は一度も求めなかった。


 金が惜しいわけでも、遠慮しているわけでもない。


 レイは本当に、今回の研究から名声や金を受け取るつもりがないのだ。


「……納得はいっていない。」


「はい。」


「だが、これは発表すべきものだ。」


「……私の名前で発表する。」


「それがいいですよ。」


 レイはほっとした様子で頷いた。


 バルテシアはまだ釈然としなかったが、今はそれ以上言わなかった。


「これからも、研究に協力してくれるか?」


「時間が合えば。趣味の範囲で。」


「……そうか。」


 バルテシアは机の上の論文に目を落とした。


 そこに至るまで、レイがどれだけ力を貸したか。


 少なくとも、自分だけは忘れないつもりだった。


⸻


 ローレン理論改式の発表は、瞬く間に全世界の魔法理論学者のもとへ広がった。


 長く改善の余地はないと言われてきた理論を、根本から組み直した論文だった。


 査読はこれからだ。


 それでも、誰も辿り着けなかったところまで到達したバルテシアの名は、歴史に残るだろうと言われ始めていた。


 学園でも、教授たちは論文の話でもちきりだった。


 その中で、以前レイの講義を見学していた数人は、論文の出発点に気づく。


 あの場でレイが示し、バルテシアと共に検討を始めた着想だ。


 だが、発表者として記されていたのはバルテシア一人だった。


⸻


 バルテシアの研究室に、数人の教授が訪れていた。


「バルテシア先生。論文を拝見しました。」


「最初の着想は、レイ先生が講義で出したものでしたよね。」


「私たちも、その場でお二人が検討を始めたのを見ています。」


「なぜ、レイ先生のお名前がないのでしょうか。」


 バルテシアは腕を組んだ。


「本人が共同発表を断った。」


「報奨金も出るはずです。」


「それも断った。」


 教授たちは顔を見合わせた。


「……申し訳ありませんが、先生からそう伺うだけでは納得できません。」


「だろうな。」


 バルテシアも、すぐに信じてもらえるとは思っていなかった。


 その時、開いていた扉の方から声がした。


「バルテシア先生は、そんなことしないと思いますよ〜。」


 教授たちは声の主を見て、露骨に嫌な顔をした。


 ――めんどくさいやつが来た。


 天文学教授のメロリアだった。


 二十四歳で教授となった彼女は、そんな視線を気にせず中へ入ってくる。


「メロリア先生。今は大事な話をしています。」


「聞こえてましたよ〜。」


 メロリアは教授たちを見た。


「レイ先生って、そういうの興味なさそうですし。」


「バルテシア先生の言う通りじゃないですか?」


「興味がなさそう、だけで済ませるわけにはいきません。」


「そうですか?」


 メロリアは首を傾げた。


「私なら、天文学以外の研究で名前を出すと言われても断りますよ。」


「興味のない分野で有名になったら、面倒じゃないですか。」


「それはメロリア先生の場合でしょう。」


 バルテシアはメロリアを見る。


 メロリアは机の上の論文に目を落とした。


「私も読みましたけど、これ、本当にすごいですよ。」


 教授たちの視線が彼女に向く。


「確かに、レイ先生の着想がきっかけになったかもしれません。」


「でも、論文としての完成度も、そこに至るまでの検証も、全てに説得力があります。」


 メロリアはバルテシアを見た。


「私はずっと、魔法理論学の研究ではバルテシア先生の右に出る者はいないと思っていました。」


「先生は誰よりも研究に真面目です。」


 そして、抗議に来た教授たちへ向き直る。


「だから、レイ先生の成果を勝手に奪うようなことはしないと思いますよ〜。」


「……それでも、レイ先生のお名前がない理由は確かめる必要があります。」


「ええ。だから本人に聞けばいいじゃないですか。」


 メロリアはあっさり言った。


「ここで話し続けても、レイ先生が何を望んでるかは分かりませんよ〜。」


 教授たちは黙った。


 バルテシアはメロリアを見たまま、わずかに眉を上げた。


 メロリアの言う通り、教授たちはレイ本人を呼んだ。


 事情を聞いたレイは、バルテシアの方を見た。


「バルテシア先生は、共同で発表しようと何度も強く勧めてくれました。」


 それから、教授たちに向き直る。


「先生は、そんなふうに人を裏切る方ではありません。」


「では、本当にレイ先生ご自身が断られたのですか?」


「はい。」


 レイは頷いた。


「俺は魔法が好きなので、協力しただけです。」


「ですが、講義での着想は明らかに――」


「魔法理論学の専門家ではありませんし、この分野で研究者として名を残したいという誇りも持っていません。」


 レイは机の上の論文を見た。


「実際に全ての計算をしたのは、バルテシア先生です。」


「研究している間も、先生がずっと真面目に取り組んでいたのを、そばで見ていました。」


「俺は助手の助手くらいの感覚なんです。」


 バルテシアが何か言いかけたが、レイは続けた。


「魔法理論学に誇りを持っている先生の成果です。」


 教授たちは黙った。


 レイが共同発表を断ったのは、バルテシアに言わされたからではない。


 少なくとも、その場にいる誰にも、そうは見えなかった。


 レイは右手の指貫グローブを外し、プロハンターの紋章を見せた。


「共同発表も報奨金も、俺の意思で断っています。」


 教授たちを見渡す。


「バルテシア先生から奪われたものは、何もありません。」


「プロ権限を行使します。」


「この件は、ここだけにしてください。」


 教授たちは、レイとバルテシアを交互に見た。


 講義で見たレイの貢献は事実だ。


 だからこそ抗議に来た。


 だが、本人がここまで明確に断り、バルテシアをかばっている。


「……バルテシア先生。」


 一人が深く頭を下げた。


「事情を確かめずに疑ってしまい、申し訳ありませんでした。」


「レイ先生にも、失礼なことをしました。」


「いえ。あの講義を見てたなら、そう思いますよね。」


 レイが答える。


 教授たちはもう一度謝罪し、研究室を出ていった。


 残ったのは、バルテシアとメロリア、レイの三人だった。


「メロリアくん。」


「はい?」


「本当に助かった。」


 バルテシアは腕を組んだ。


「私自身、共同発表をしないことに納得していない。」


「だからこそ、彼らにも反論しにくかった。」


「お気になさらず。」


 メロリアは論文を見た。


「こんなに素晴らしい論文は、世に出すべきですしね。」


「……君は天文学にしか興味がないと思っていたぞ。」


「天文以外には、あまり興味ないですよ。」


 メロリアはあっさり認めた。


「でも、魔法自体は普通に好きです。」


「魔法理論学も、学生時代に単位のために研究したことがありますし。」


「そうだったのか。」


「少しくらいなら分かりますよ〜。」


「この論文を理解できるなら、少しくらいではないが……まぁいい。」


 バルテシアはレイに向き直った。


「それより、レイ。」


「はい。」


「なんだ、助手の助手とは。」


「いや、俺に魔法理論学の専門知識がないのは分かりますよね?」


「それは知っている。」


「だから助手の助手ですよ。」


「研究者としては一流だ!」


 バルテシアが声を強めた。


「私は、君を対等な共同研究者だと思っている。」


「それは光栄ですね。」


「……君は、この改式のすごさをまだ理解していないようだな。」


「いや、そんなことないですよ。」


 レイは首を振る。


「普通に実戦でも役立ちますし。」


「……そういう話だけではない。」


 メロリアが小さく笑った。


 バルテシアは論文を手に取る。


 レイの着想から始まった研究を、二人で進めてきた。


 完成までの二か月は、数十年かかってもおかしくない道のりだった。


 レイはまだ、その価値を実戦で使えるかどうかから考えている。


 バルテシアは論文の表紙を見つめ、静かに息を吐いた。


 査読の結果は、これからだ。


 だが、ローレン理論にはもう、以前と同じ形には戻れない変化が生まれていた。


⸻


 その後、ローレン理論改式の査読は、修正を一つも求められることなく終了した。


 この偉業を成し遂げた研究者として、歴史に残る名前は一つだけ。


 バルテシア・アバルテス。


 彼は生涯にわたって、一人の男に感謝し続けることになる。


 もっとも――


 そのことを、本人に言うつもりはなかった。

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