最強コンビ
メルが足を止めたのは、昼間に通った土産物屋の前だった。
店はもう閉まっている。
窓に明かりはなく、入口には錠がかかっていた。
「……ここ。」
メルは扉を見つめる。
あの嫌な匂いが、この店からしていた。
アイリスが隣に立った時、奥の方から人の話し声が聞こえた。
二人は顔を見合わせる。
声はすぐに途切れた。
少し待っても、もう人の気配がしない。
「……いなくなった。」
「奥に行ったのかな。」
「……匂いは、まだする。」
メルは錠のかかった扉を見た。
アイリスも頷き、精霊魔法で錠を解除する。
二人は扉をそっと開け、暗い店内へ入った。
品物の並ぶ棚の間を抜けて、匂いを辿る。
店の奥には、もう一つ扉があった。
その先の小さな部屋に、地下へ降りる階段がある。
メルは階段の手前で立ち止まった。
「……下からする。」
アイリスは暗い階段を見下ろした。
その頃、レイたちは聞き込みを切り上げようとしていた。
確かな情報は、まだ何もない。
レイは何気なくセンスを広げた。
そして、少し離れた場所にいる二人の位置に気づく。
「あっ……あの二人、外出てるな。」
「どこにいるの?」
ヒナが尋ねる。
「あぁ、多分、土産物屋じゃないか。」
「さっき気にしてたもんな。」
ルコが思い出したように言う。
昼間、二人は何度も店先で足を止めていた。
「まぁ、こっちも情報ないし、一度戻るか。」
「ええ。ついでに二人と合流して戻りましょ。」
三人は土産物屋の方へ歩き出した。
⸻
地下に降りた二人は、奥の部屋から聞こえる話し声を頼りに進んだ。
あの嫌な匂いも、近づくほど強くなる。
扉の前でメルが足を止めた。
中には何人もいる。
アイリスは少しだけメルを振り返り、それから普通に扉を開けた。
「……アイリス?」
メルが驚いた声を出す。
部屋の中では、数人の男が薬らしきものを作っていた。
台の上には袋詰めされた粉や、小瓶が並んでいる。
男たちの手が止まった。
「こんな時間に子供が紛れ込むなんてな。」
奥にいた男が、入口近くの部下を睨む。
「毎回、鍵は閉めろって言っただろ!」
「いや、閉めたはずなんですが……。」
アイリスは台の上を指さした。
「それ、調べたいから。全員おとなしくして。」
一瞬、部屋が静かになる。
次の瞬間、男たちは声を上げて笑った。
「聞いたか? 俺たちにおとなしくしてろってさ。」
「まあいい。」
奥の男が笑いを収める。
「見られたからには帰せねぇ。捕まえろ。」
メルはアイリスの手を引いた。
「……逃げよう。」
けれどアイリスは動かない。
近づいてくる男を見て、静かに言った。
「こっちに来ないで。」
「いやいや、痛いことはしないから。おとなしくしろ。」
「来ないでって言ったからね。」
アイリスが手を向ける。
放たれた水が男の胸を打ち、奥まで吹き飛ばした。
一撃で動かなくなる。
男たちの笑いが止まった。
「魔法使いか。」
一人が前に出る。
さっきの男とは違い、構えに迷いがない。
「俺が止める。」
一人が前に出た。
この場では、一番戦い慣れている男だった。
アイリスが水の矢を放つ。
男はその威力を見極め、正面に魔法の盾を作った。
強い。
だが、今の威力なら受け止められる。
そう判断した直後だった。
精霊たちの魔力が、放たれた後の水の矢へ流れ込む。
男の目の前で、矢が一気に膨れ上がった。
「なっ――」
盾ごと弾かれ、男は床に倒れた。
立ち上がらない。
一番腕の立つ男が、一撃で倒された。
残った男たちは、誰も前に出なかった。
アイリスは男たちを見渡す。
「変な動きしたら、すぐ撃つからね。」
誰も答えない。
誰も動かない。
メルはアイリスの隣に寄った。
「……どうするの?」
「たぶん、レイがそろそろ来るから大丈夫。」
「……分かるの?」
「うん。」
アイリスは扉の方をちらりと見た。
レイなら、二人が旅館を出たことにはもう気づいているはずだった。
メルは頷き、もう一度男たちを見た。
誰も、アイリスから目をそらせずにいた。
⸻
土産物屋の前まで来たところで、レイが足を止めた。
アイリスとメルの気配は、確かにここにある。
だが、店の中よりもさらに下だった。
「下にいる……おかしいな。」
「まさか……。」
ルコが店の奥を見た。
「あの子たち……!」
ヒナが先に駆け出す。
三人は暗い店内を抜け、奥の階段を下った。
地下の扉を開けたレイは、まず部屋を見渡した。
薬を作っていたらしい台。
床に倒れた二人の男。
壁際から動こうとしない、残りの男たち。
その前に、アイリスが立っていた。
メルも隣にいる。
二人とも怪我はない。
レイは苦笑した。
「まぁ、そりゃもう終わってるよな。」
「……うん、まあいい……お前の妹だし……。」
ルコも、倒れた男たちを見て言葉を濁した。
ヒナは二人のもとへ歩み寄る。
「心配したわよ……必要なかったみたいだけど……。」
「……ごめんなさい。」
メルが小さく言った。
そして、レイを見上げた。
「……怒らないの?」
「なんで?」
「……勝手に、出たから。」
「お前の逃げ足は知ってるからな。」
レイがいつも通りに笑いながら言うので、メルは少しだけ目を丸くした。
アイリスは台の上を指さす。
「これ、調べてほしい。」
「ああ。任せろ。」
レイは並んだ小瓶や袋を確認してから、二人を振り返った。
「どうやってここを見つけた?」
「……匂い。」
メルが答える。
「街に来た時から、変な匂いがしてた。」
「それを追って、ここまで来たのか。」
「……うん。」
「すげぇな、メル。」
メルが顔を上げる。
「俺たちは聞いて回っても、ここには辿り着けなかった。」
ルコも頷いた。
「大手柄だぞ。」
メルは二人の顔を見てから、少し俯いた。
「……アイリスが、みんな止めた。」
「そうね。」
ヒナがアイリスを見る。
「この人数を、メルを守りながら抑えたのね。よくやったわ。」
アイリスは照れたように笑った。
レイも頷く。
「二人とも、よくやった。」
メルが見つけ、アイリスが止めた。
どちらか一人では、ここには辿り着けなかった。
その後、ヒナが屯所へ連絡し、男たちと部屋に残されていたものを引き渡した。
旅館へ戻る道では、五人で並んで歩いた。
メルは何度かレイたちの方を見たが、何も言わなかった。
アイリスがその手を取る。
「メル、明日も街を見ようね。」
「……うん。」
湯気の立つ夜の通りを、二人は手を繋いで歩いた。
翌朝、五人は温泉街を見下ろせる高台へ向かった。
坂道を上りきると、旅館の屋根がいくつも見えた。
その間から白い湯気が立ち上っている。
「昨日、あそこ歩いたよね。」
アイリスが通りを指さす。
メルは目を凝らした。
「……あのお店も見える。」
「ほんとだ。」
二人はしばらく、昨日歩いた道を上から探していた。
高台を下りてからは、通りの店を一軒ずつ覗いた。
湯で蒸した甘い菓子を買って、皆で食べる。
熱いから気をつけろとレイが言ったそばから、ルコが口に入れて慌てた。
ヒナに笑われ、メルも小さく笑う。
土産物屋では、アイリスとメルがローズ院長へのお土産を選んだ。
メルは何度も棚を見比べてから、小さな包みを手に取る。
「……これ、お母さんに。」
「ああ、いいと思うぞ。」
レイが頷くと、メルはその包みを大事そうに持った。
⸻
帰りの列車でも、アイリスとメルは窓際に座った。
行きに見た景色が、今度は反対の順番で流れていく。
「楽しかったね。」
アイリスが言う。
「……うん。」
メルは膝の上のお土産を見てから、レイの方を向いた。
「……また、来られる?」
「ああ。また来ような。」
「みんなで?」
「もちろん。」
メルは頷き、もう一度窓の外を見た。
⸻
王都へ戻ると、レイはメルを孤児院まで送った。
出迎えたローズ院長に、メルは買ってきた包みを渡す。
「私に? ありがとう。」
「……お母さんに、選んだ。」
「嬉しいわ。旅行はどうだった?」
メルはローズ院長を見上げた。
「楽しかった。」
列車に乗ったこと。
高いところから温泉街を見たこと。
皆で甘いものを食べたこと。
メルは思い出した順に話した。
ローズ院長は、頷きながら聞いている。
話し終えたメルは、少し間を置いて言った。
「……また行きたい。」
「ふふ。行けるといいね。」
メルはお土産を持つローズ院長を見て、嬉しそうに頷いた。
列車の窓から見た景色も、湯気の立つ街も、まだ鮮やかに覚えている。
王都の外には、知らない場所がきっとまだたくさんある。
次はどこへ行けるだろう。
メルはそんなことを考えながら、ローズ院長の隣で土産の包みを見つめていた。




