ノア外伝エピローグ②
数日後。
ノアは再び、実家の居間に座っていた。
先月も、まったく同じ場所に座って家族から色々と聞かれた気がする。
違うのは、今回家族の前に置かれている金額が、百五十万ベルではなく二百万ベルになっていることくらいだ。
「それで。」
兄がノアを見る。
「なんで増えたんだ?」
「給料?」
「それ以外に何があるんだよ。先月、二百万ベルだっただろ。」
「うん。」
「それが、なんで一か月で三百万になった?」
「あぁ……。」
それなら、一応ノアにも心当たりはある。
「一件、仕事をやったんだ。」
「仕事?」
「うん。それが評価されたんだと思う。」
「どれくらいかかった?」
「二時間くらい。」
「…………。」
兄が黙り、母と父もノアを見る。
「それで、百万増えたの?」
「うん。」
「ボーナスじゃなくて?」
「違うよ。毎月。」
「そんなはずないでしょう!!!」
「うわっ!」
突然の大声に、ノアの肩が跳ねる。
「二時間でしょう!? 二時間仕事しただけで、毎月百万ベルも給料が上がるわけないでしょう!」
「でも上がったんだって!」
「ボーナスでもすごいわよ! 二時間の仕事で百万ベルなんて!」
「俺に言われても知らないよ!」
実際、ノアだって詳しい理由までは分からない。
一つ依頼を受け、それを二時間ほどで終わらせた。
その後、ゲルムから契約金を月二百万ベルから三百万ベルへ増額すると伝えられた。
ノアが知っているのは、それだけだ。
「いや。」
そこで、それまで黙っていた兄が口を開く。
「プロなら、それくらい普通に稼ぐって聞くぞ。」
「ほら!」
ノアがすぐに兄を見る。
「兄ちゃん分かってる!」
「ハンターなら、一件で百万ベルっていうのも別におかしい金額じゃない。」
「トップ層なら月に何千万稼ぐことだって珍しくない。」
「だから金額そのものがおかしいわけじゃない。」
「そうそう!」
ようやく味方が現れた。
ノアは嬉しそうに頷いたが、兄はそこで何かに気づいたように黙った。
「…………。」
「?」
「でも、お前。」
「うん。」
「まだ一年目だろ。」
「…………。」
「……うん。」
兄の表情が変わる。
「やばい仕事じゃないのか?」
「…………。」
ノアは少し考えた。
「いや、やばい仕事は受けてない。」
「ほら!!!」
「いや、受けてないって!!」
母が勢いよく机を叩く。
「今、考えたでしょう!」
「だって、頼まれたことはあるから!」
「やっぱりあるんじゃない!」
「でも断ったんだよ!」
「何を頼まれたの!?」
「それは言えない!」
「またそれ!?」
「仕事なんだから仕方ないだろ!」
「まあまあ。」
またしても、祖母がのんびりと口を挟んだ。
「ノアができない仕事は、ちゃんと断ってるって言ってるんだから大丈夫だよ。」
「ばあちゃん……!」
「それに三百万ベルも貰えるなんて、やっぱりノアはすごいねぇ。私は昔から、この子なら――」
「おばあちゃんはちょっと黙ってて!」
「なんでだい?」
「母さん!」
先月と、ほとんど同じやり取りだった。
「とにかく!」
ノアはどうにか話を戻す。
「今のところ、まだ俺には早いと思った仕事はちゃんと断ってるから。」
「……本当に?」
「本当だよ。」
「危ないと思ったら?」
「断る。」
「無理だと思ったら?」
「それも断るって。」
それでも母は、まだ完全には納得していない。
仕事内容を何一つ話さないまま、大丈夫だから信じてくれと言われても、家族としては心配するに決まっている。
「……ちょっとだけなら。」
「え?」
「仕事のこと。詳しいことは言えないけど、どんな仕事かくらいなら話せるよ。」
具体的な案件や対象を話さなければ、この程度なら問題ないだろう。
「ハンターでもよくある、調査の仕事なんだ。」
「調査?」
「うん。会社のために色々調べるんだよ。人のことだったり、他の会社のことだったり、必要な情報を集めたり。」
嘘は言っていない。
むしろ、かなり正確な説明だ。
「それで……。」
改めて家族に話すとなると少し照れくさくなり、ノアは僅かに視線を逸らす。
「俺には、そういう仕事の才能があるって言われたんだ。」
「才能?」
「うん。それで、ヘッドハンティングされた。」
「お前が?」
「そう。」
ノアは頷く。
「俺自身も、まだよく分かってないけど……ビヨンド商会の人がそう言ってるんだ。」
「…………。」
なぜ自分だったのか。
何を見て、そこまで評価されたのか。
未だにノア自身、完全には理解できていない。
それでも、実際に一つの依頼は達成できた。
それで報酬まで上がったのなら、本当に自分でも気づいていなかった何かがあるのかもしれない。
「だから、俺ももう少しやってみようと思ってる。」
家族が顔を見合わせる。
少なくとも、先ほどまでよりはかなりまともな話になった。
ハンターが調査の仕事を請け負うこと自体は珍しくない。
その分野で才能を見込まれ、大手商会から直接声をかけられた。
それなら、まだ一年目のノアが突然大きな報酬を得るようになった理由としても、理解できなくはない。
「……じゃあ。」
母が確認するように言う。
「本当に、危ないことはしないのね?」
「しないよ。少なくとも、自分には無理だと思ったらちゃんと断る。」
「そこは絶対よ。お金より、自分の方が大事なんだからね。」
「分かってるって。」
ノアが素直に頷くと、ようやく母の表情も少しだけ緩んだ。
父も兄も、完全に心配がなくなったわけではないだろう。
それでも、ノアが突然怪しい仕事に手を出したわけではなく、本人なりにできる仕事とできない仕事を判断している。
そこだけは納得してくれたらしい。
「ほらねぇ。」
祖母が嬉しそうに笑う。
「やっぱりノアはすごい子だったでしょう? 私は最初から――」
「おばあちゃん。」
「なんだい?」
「もう話は終わったから、好きなだけ褒めていいわよ。」
「なんだい。それなら最初から黙らせなくてもいいじゃないか。」
「ばあちゃん!」
ノアが笑い、ようやく居間の空気も普段のものへ戻っていった。
こうして、第二回家族会議もどうにか無事に終わった。
月三百万ベルという金額は、未だに家族からすれば信じられない。
それでも、ノアはビヨンド商会から調査の才能を見込まれ、正式に契約を結んで働いている。
本人も無理な仕事は断っている。
なら、心配ではあるが今は見守ろう。
家族もようやく、そこまで納得することができた。
◇
その頃。
ビヨンド商会、情報調査部。
ゲルムは、ここ最近の報告書を机に広げていた。
「……やはり、間違いないな。」
情報調査部が抱えている全案件をノアへ共有するようになってから、依頼達成までにかかる平均日数が明らかに短くなっている。
単純に、一つ一つの仕事が早くなっただけではない。
以前なら現場の人間が動き始めてから集めていた情報が、最初からある程度揃っている。
誰を向かわせるべきかの判断も早く、対象に適した人材が最初から配置されることで、無駄な調査や人員の入れ替えも減っていた。
さらに、簡単な案件には経験の浅い隊員を回し、その人間だけでは足りない部分を事前の情報で補っている。
その結果、依頼の達成速度を落とすことなく、若い隊員が実戦経験を積む機会まで増えていた。
(人材の育成まで考えている……。)
そして、その影響は情報調査部だけに留まっていない。
調査の過程で得られた情報の中から、商会にとって有益なものが他部署へ回されるようになった。
取引先が今後必要とする可能性のある商品。
競合商会の動向。
各地域で変化し始めている需要。
商談相手が抱えている事情。
それまでなら、調査を終えた時点で役目を終えていた情報の中から、商売に利用できるものが拾い上げられ、必要な部署へ渡されている。
結果。
商談による利益効率まで、目に見えて上がり始めていた。
「…………。」
ゲルムは報告書から顔を上げる。
ここまでのことを、こちらから頼んだ覚えはない。
ノアには情報を渡しただけだ。
彼ほどの人間なら、こちらが把握していない細かな部分まで既に調べている可能性が高い。
それでも、自社が持っている情報を全て共有しておけば、何かの補完にはなるだろう。
そう考えて渡した。
それだけだった。
人材配置を任せたわけではない。
部下を育成してほしいとも言っていない。
ましてや、情報調査部で得た情報を整理し、商会全体の利益に繋げてほしいなどとは一言も頼んでいなかった。
それをノアは、自ら行っている。
そして、結果まで出していた。
(彼を手放してはならない。)
改めて、ゲルムはそう思う。
もともと、ノアとの契約については月五百万ベルまで許可を得ていた。
最初に二百万ベルを提示したのは、まだ若いこともあり、まずは下限から話を始めただけ。
その後、一件の依頼を完璧に達成したことで三百万ベルへ引き上げたが、それでも当初から想定していた契約金の範囲内でしかない。
だが、今は事情が変わっている。
当初ビヨンド商会が求めていたのは、正体不明の大会優勝者との独占契約だった。
同業他社からの仕事を受けず、必要な時にはビヨンド商会の依頼を引き受けてもらう。
そのためなら、月五百万ベルまで出す。
そういう契約だった。
今、ノアが行っている仕事は。
そこに含まれていない。
「…………。」
ゲルムは、改めて数字を見る。
全案件を共有してからノアが生み出している利益を考えれば、月三百万ベルで評価できる働きではない。
案件処理の高速化。
人材育成。
人員配置。
さらに、調査で得た情報を利用した商会全体の利益向上。
(……月二千万でも、おかしくないのではないか?)
それだけの利益を、既に商会へもたらし始めている。
何より、この先もノアが同じように動き続ければ、情報調査部そのものの能力まで底上げされていく。
社長からは、最初から言われていた。
彼が報酬について何か要求してきたなら、無理に交渉する必要はない。
必要なら、それ以上でも構わない。
彼を逃すな。
だが。
ノアは何も言わない。
月三百万ベルという契約のまま、こちらから頼んでもいない仕事まで当然のようにこなし続けている。
(これは……。)
増額交渉を待っていてはいけないのではないか。
こちらが明確に価値を認識しているのなら、相手から言われる前に待遇へ反映させるべきだ。
ましてや、月五百万ベルまでは最初から想定していた。
なら。
少なくとも。
そこまでは、こちらから上げるべきだろう。
「……社長に相談しよう。」
ゲルムは報告書をまとめて立ち上がった。
現在のノアが生み出している利益を考えれば、月五百万ベルでも安い。
それでも、まずは一度。
当初から予定していた金額まで、こちらから引き上げる。
その上で、今後の待遇について改めて考えればいい。
ゲルムは資料を手に、社長室へ向かった。
◇
その頃。
ノアは魔導列車に揺られながら、王都へ戻っていた。
窓の外を流れていく景色を眺めながら、ようやく少し肩の力を抜く。
(よかった……。)
今回は、ちゃんと説明できたと思う。
詳しい仕事内容までは話せないが、調査の仕事をしていること。
その才能を見込まれ、ビヨンド商会から直接声をかけられたこと。
自分にはまだ早い仕事や、危険だと思った仕事は断っていること。
家族も最後には納得してくれた。
これでもう、急に給料が増えたからと、犯罪でもしているのではないかと心配されることもないだろう。
(母さんも心配しすぎなんだよな。)
とはいえ。
月十五万ベルだった息子が、突然二百万ベルを貰うようになり、その翌月には三百万ベルになったのだ。
改めて考えれば、心配するのも分からなくはない。
それでも、もう大丈夫だ。
今度こそ、ちゃんと事情を説明した。
ノアは安心して座席へ身体を預ける。
王都へ戻れば、まだ確認しておきたい案件がいくつか残っている。
急いだ方がいいものを先に整理して、空いている人間を確認しておこう。
自分も、ようやくこの仕事を少しずつ分かってきた。
あとは今までどおり、ちゃんと働けばいい。
そんなことを考えながら、ノアを乗せた魔導列車は王都へ向かって走っていく。
もちろん。
ノアは知らない。
その頃、ビヨンド商会ではゲルムが社長室へ向かい、月三百万ベルの契約金を、まずは五百万ベルへ引き上げる相談を始めようとしていることを。
第二回家族会議を終え、ようやく家族を安心させた帰り道。
ノアの知らないところで。
第三回家族会議の開催は、ほぼ決まっていた。




