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LAVeLESS  作者: 神矢
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ノア外伝エピローグ

 ノアは、銀行で自分の残高を確認していた。


「…………。」


 二百万ベル。


 何度確認しても、そこに記された金額は変わらない。


(本当に振り込まれてる……。)


 契約書には、確かに月収二百万ベルと書かれていた。


 もちろん、ゲルムが嘘をついていると思っていたわけではない。


 それでも実際に自分の口座へ振り込まれた金額を見ると、改めてその大きさを実感する。


 しかも、まだ何もしていない。


 普通なら、働いた後に報酬を受け取る。


 だがビヨンド商会は、契約を結んだ時点で最初の二百万ベルを支払った。


 前払い。


(これも、すごいことだよな……。)


 それだけ自分を信用している、ということなのだろうか。


 ノアはもう一度、二百万という数字を見る。


 現在、公爵家で護衛見習いとして働いている自分の給料は、寮付きで月十五万ベル。


 これでも新人としては、かなりいい。


 同期の多くは寮付きで月十万ベルほどだから、自分は五万も多く貰っている。


 初めて給料を聞いた時は、素直に嬉しかった。


 まだ一年目なのに、少しだけ評価されているような気がしたし、家族にも少し自慢した。


 そして、その多く貰っている五万ベルを、毎月実家へ仕送りすることにした。


 自分には寮がある。


 生活にも困っていない。


 なら、他の新人より多く貰っている分くらい、家族へ送ってもいいだろう。


 最初に五万ベルを送った時。


 数日後、母から手紙が届いた。


『新人なんだから、自分のために使いなさい。一年目くらいは、仕送りなんてしなくても大丈夫よ。』


 そんなことが書かれていた。


 実家の商売は、大きく儲かっているわけではない。


 だが、別に落ち込んでいるわけでもなく、昔から変わらず続いている。兄もいずれ家業を継ぐ予定で、ノアからの仕送りがなければ生活できないような家ではなかった。


 それでも。


(俺が送りたいんだから、いいだろ。)


 初めて、自分で働いて稼いだ金。


 その一部を家族へ送れることが、ノアには少し嬉しかった。


「…………。」


 そして今。


 目の前にあるのは、二百万ベル。


 十五万ベルの中から五万ベルを送るのなら、分かる。


 では。


 二百万ベルなら。


(…………どうしよう。)


 しばらく考える。


 そもそも、公爵家からの十五万ベルは今までどおり貰える。


 住む場所もある。


 生活もできる。


 なら、この二百万ベルは、ほとんどそのまま残ることになる。


(こんなに持ってても、使わないしな……。)


 ノアは少し考えたあと、送金用の書類を手に取った。


 送り先は、いつもの実家。


 そして送金額の欄に。


『一、五〇〇、〇〇〇ベル』


 そう記入する。


「これでお願いします。」


「かしこまりました。」


 窓口の職員へ書類を渡す。


 職員は内容を確認し、一瞬だけノアを見た。


「百五十万ベルで、お間違いありませんか?」


「はい。」


「承知いたしました。」


 そのまま手続きが進められる。


 五十万ベルも残る。


 十分すぎる。


 というより、何に使えばいいのかも分からない。


(これで、少しは楽になるだろ。)


 そう思いながら、ノアは銀行を出た。


     ◇


 数時間後。


 王都の隣町にある銀行で、ノアの実家への送金が確認された。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 その金額を知らされた家族は、揃って黙っていた。


 百五十万ベル。


 最初に口を開いたのは、母だった。


「……百五十万?」


「あぁ。」


 父が答える。


「百五十万ベルだ。」


「…………。」


 母は、もう一度確認する。


「送り主は?」


「ノア。」


「…………。」


 また、沈黙。


 今まで。


 毎月、五万ベルだった。


 それが突然。


 百五十万ベル。


「……間違えたんじゃない?」


「五万を?」


「…………。」


「それにしては、間違いすぎだろ。」


「そうだけど……。」


 母は、しばらく考えたあと。


「……あの子、王都で何してるの?」


 誰にともなく呟いた。


 当然。


 答えられる者はいなかった。


     ◇


 翌日。


 公爵家にいるノアのもとへ、実家から一通の手紙が届いた。


「…………?」


 封を開ける。


 母の字だった。


『ノアへ。


 送ってくれたお金について話があります。


 できるだけ早く、一度帰ってきなさい。


 母より』


「…………。」


 短い。


 そして。


 なんとなく怖い。


(なんで怒ってるんだ……?)


 別に悪いことはしていない。


 家族の生活も、少しは楽になると思った。


 それなのに。


 文面からは、明らかに。


 帰ってきなさい。


 ではなく。


 帰ってこい。


 そんな圧を感じる。


「…………。」


 ノアは、もう一度手紙を読む。


 幸い。


 実家は王都の隣町。


 魔導列車を使えば、一時間ほどで帰れる。


 休みの日にでも帰ればいい。


(まあ、直接説明すれば分かるか。)


 そう考え。


 ノアは手紙をしまった。


     ◇


 数日後。


 実家へ戻ったノアは、居間に座っていた。


 正面には母と父。


 その隣には、いずれ家業を継ぐ予定の兄。


 少し離れたところには祖母もいる。


「…………。」


 妙に、空気が重い。


 家に帰ってきただけなのに、なぜか全員から見られている。


(なんだこれ……。)


 ノアは少し居心地悪そうに座り直した。


「ノア。」


「はい。」


 母が口を開く。


「説明して。」


「……何を?」


「百五十万ベル。」


「あぁ。」


「何のお金?」


「仕送りだけど。」


「それは分かってるわよ。」


「じゃあ何?」


「なんで百五十万も送ってきたの?」


「あぁ……。」


 ようやく、ノアも聞かれている意味を理解した。


「仕事が増えたんだ。」


「仕事?」


「うん。それで、給料も増えた。」


「いくら?」


「二百万。」


「…………。」


「…………。」


「……毎月?」


「うん。」


「…………。」


 母が黙った。


 父も黙った。


 兄まで黙った。


「……何?」


「ノア。」


「うん。」


「何の仕事?」


「…………。」


 ノアは少し考えた。


 契約上。


 仕事内容を勝手に話すことはできない。


「それは言えない。」


「…………。」


「…………。」


「ノア。」


「いや、違う!」


 空気が変わったのを感じ、ノアは慌てて否定する。


「怪しい仕事じゃないから!」


「仕事内容を言えない仕事を始めて、急に月二百万ベル貰うようになったのよね?」


「……そうだけど。」


「それを怪しいって言うの!」


「ちゃんとした会社だって!」


「どこ?」


「ビヨンド商会。」


「…………え?」


「だから、ちゃんと証拠も持ってきたよ。」


 ノアは鞄から契約書を取り出した。


 もちろん、仕事の詳細まで見せるわけではない。


 契約相手と報酬。


 家族に見せても問題のない部分だけを開いて、机の上へ置く。


「ほら、ここ。」


「…………。」


「ビヨンド商会って書いてあるだろ?」


「……本当ね。」


「こっちが報酬。」


 月額、二百万ベル。


 銀行で確認した記録もある。


 振込元は、間違いなくビヨンド商会。


 母だけでなく、父と兄も契約書を確認する。


「…………。」


 それでも。


 誰も、すぐには安心した顔をしなかった。


「だから、ちゃんとした仕事だって。」


「……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。」


「危ないことしてない?」


「してないって。」


「本当に?」


「無理な仕事なら断っていいって言われてるし。」


「…………。」


 母が反応する。


「無理な仕事って何?」


「え?」


「危ない仕事も頼まれるの?」


「…………。」


 一瞬。


 ノアの頭に。


 貴族のパーティーへの潜入。


 そして。


 王城への潜入。


 そんな依頼が浮かんだ。


「……いや。」


「ノア?」


「やばい仕事は受けてない。」


「ほら!!!」


「いや、受けてないって!!」


「頼まれてはいるんでしょう!?」


「だから、そういうのはちゃんと断ってるんだよ!」


「何を頼まれたの!?」


「それは言えない!」


「余計に怖いわよ!」


「なんでだよ!」


「普通は怖いの!」


 完全に。


 話が振り出しへ戻った。


「まあまあ。」


 そんな中。


 祖母だけは、のんびりと二人を見ていた。


「ノアが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だよ。」


「ばあちゃん……。」


「私はねぇ、ノアならいつかこれくらい稼ぐと思ってたよ。」


「…………。」


 ノアが少し嬉しそうに祖母を見る。


「本当に?」


「もちろんだよ。小さい頃から、できる子だったからねぇ。」


「ばあちゃん……!」


「おばあちゃん。」


「なんだい?」


「今はちょっと黙ってて。」


「なんでだい?」


「母さん!?」


 結局。


 その日の家族会議は、かなり長く続いた。


 ビヨンド商会との契約自体は本物。


 報酬も間違いなく、そこから支払われている。


 仕事内容については話せないが、無理な仕事を強制されているわけでもなく、本人も危険だと思った仕事は断っている。


 それなら。


 心配がなくなったわけではないが、ひとまずノアを信じよう。


 家族も、最後にはそう納得した。


 ただし。


 もう一つ。


 百五十万ベルをどうするのか。


 その話が残っていた。


「全部使っていいよ。」


 ノアは、普通にそう言った。


「ダメよ。」


「なんで?」


「なんでって……こんな大金、毎月使えるわけないでしょう。」


「でも、送ったんだから家の金だろ?」


「違います。」


「なんで?」


「あなたのお金です。」


「…………。」


 母だけではない。


 父も兄も、そこについては同じ意見だった。


 結局。


 家族が毎月受け取るのは、二十万ベル。


 それでも今までの五万ベルから考えれば、四倍になる。


 家の生活は、かなり楽になるだろう。


 そして。


 残った百三十万ベルは、ノアのために貯金しておくことになった。


 いずれハンターとして独立する時。


 何か大きな金が必要になった時。


 その時に使えばいい。


「別に、全部使っていいのに……。」


「ダメ。」


「…………。」


 どうやら。


 そこだけは、何を言っても変わらないらしい。


 それでも。


 家族が少し楽に暮らせるなら。


 ノアとしても、それでよかった。


 こうして。


 突然送られてきた百五十万ベルから始まった、第一回家族会議は。


 どうにか無事に終わった。


 家族も。


 ようやく。


 少しだけ安心した。


 ノアは王都で。


 どうやら、とんでもなく評価される仕事を見つけたらしい。


 仕事内容は分からない。


 まだ少し心配ではある。


 だが。


 契約相手は、あのビヨンド商会。


 本人も、無理な仕事は断っている。


 なら。


 ひとまず。


 信じてみよう。


 そう思った。


     ◇


 ――翌月。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 再び。


 ノアの家族は、銀行で確認された送金額を前に黙っていた。


 二百万ベル。


 先月。


 百五十万ベルだった。


 それだけでも。


 家族全員で話し合った。


 ようやく。


 事情を聞いて。


 どうにか納得した。


 そして。


 翌月。


 二百万ベル。


「…………増えてるわね。」


「あぁ。」


「五十万。」


「増えてるな。」


「…………。」


 母は、しばらく黙っていた。


 それから。


 静かに言った。


「ノアに手紙を出しましょう。」


「……そうだな。」


 こうして。


 第一回家族会議から。


 僅か一か月。


 第二回家族会議の開催が決まった。

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