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LAVeLESS  作者: 神矢
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112/146

最強の諜報員

 しばらくして。


 俺がいつものように仕事をしていると、ジャルムがやってきた。


「アノンさん。」


「あ、ジャルムさん。」


「少しよろしいですか?」


「はい。」


 仕事を終え、二人で場所を移す。


 ジャルムが俺の正面に座った。


「今日は、一つ依頼がありまして。」


「やります。」


「…………。」


 ジャルムの動きが止まった。


「……まだ内容をお伝えしていませんが。」


「大丈夫です。」


「…………。」


「やります。」


 少しだけ。


 申し訳なさそうに笑う。


「前回、断ってしまいましたから。」


「…………。」


「今回は、ちゃんとやります。」


 ジャルムはしばらく俺を見ていたが。


「……分かりました。」


 それ以上は何も言わなかった。


 そして、依頼の内容を話し始める。


 ドンヨビ商会にとって不利となる取引を、秘密裏に進めている人間がいる。


 既に話はかなり進んでいるらしい。


 問題は。


 その人間が、近いうちに取引を済ませ、そのまま王都を離れる可能性が高いこと。


「できる限り早く居場所を突き止め、取引をやめさせたいと考えています。」


「分かりました。」


「こちらで調べた限り、現在情報を持っている可能性が高い人物は――。」


 ジャルムが、何人かの名前を挙げる。


 その中に。


 知っている名前があった。


(やっぱり。)


 奥様の友人。


 以前、一度だけ会ったことがある。


 そして。


 俺が事前に得ていた情報とも一致する。


「以上です。」


「分かりました。」


「何か必要なものがあれば――。」


「大丈夫です。」


 立ち上がる。


「行ってきます。」


「……今からですか?」


「はい。」


 少し首を傾げる。


「できる限り早く、ですよね?」


「……えぇ。」


「では。」


 部屋を出る。


 そのまま歩きながら。


(さて。)


 事前に掴んでいた情報は、それほど多くない。


 ドンヨビ商会にとって不利になる取引が、秘密裏に進んでいること。


 そして。


 取引を進めている人間が、今夜のうちに王都を離れる可能性が高いこと。


 放っておけば。


 今日中に終わる。


 だから。


 今日ジャルムが俺のところへ来た時点で。


(まあ、この件だよな。)


 そう思っていた。


 それなら。


 たまには。


 内容すら聞かずに受けてみるのもいい。


 前回の依頼を断った見習いが。


 今度は申し訳なくなって、何を頼まれるのかも聞かずに引き受けた。


 そう見える。


(それに。)


 時間がない。


 わざわざ奥様のところへ行って、友人について聞く必要もない。


 以前、一度会っている。


 あの時。


 俺と奥様を見ていた彼女の視線。


 羨ましそうだった。


 少なくとも。


 俺に悪い印象は持っていない。


 むしろ。


 もう少し繋がりたい。


 そんな意思が見えていた。


(なら、直接でいいな。)


     ◇


「あら、久しぶりね。アノンくん。」


「お久しぶりです。」


 俺を見ると、女性はすぐに笑った。


「最近、あの子と会えてないそうね。」


「はい。向こうに気づかれそうになってしまって……困ったものです。」


「ふふ。寂しいんじゃない?」


「そりゃあ寂しいですよ……一人ぼっちで……。」


「……そうなのね。」


 僅かに。


 声が変わった。


 俺は気づかないふりをする。


「あ、そういえば……。」


 そのまま。


 何でもない話をするように、話題を変えた。


     ◇


 それから。


 一時間後。


「…………。」


 ジャルムは、俺が持ち帰った情報を見ていた。


「以上です。」


「…………。」


「これで大丈夫ですか?」


「……えぇ。」


 ジャルムが顔を上げる。


「十分です。」


「よかった。」


 安心したように笑う。


「じゃあ、俺は戻りますね。」


「はい。ありがとうございました。」


「いえ。」


 部屋を出る。


 扉が閉まった。


「…………。」


 ジャルムは、もう一度資料を見る。


 一時間。


 依頼をしてから。


 たった一時間。


 その中には、移動時間まで含まれている。


 そして。


 情報は正確だった。


 すぐに部下を動かし、裏を取る。


 結果。


 さらに分かったことがあった。


「隊長。」


「どうだった。」


「間違いありません。」


 部下が資料を置く。


「取引は、今夜です。」


「…………。」


「終了後、そのまま王都を出る予定だったようです。」


「そうか。」


 ジャルムは資料を見る。


 あと少し。


 遅ければ。


 間に合わなかった。


「…………。」


 そして。


 思い出す。


 依頼内容を話す前。


『やります。』


 アノンは。


 そう言った。


 前回の仕事を断ったから。


 今回は、ちゃんとやる。


 そう説明した。


(…………。)


 本当に。


 それだけか?


 依頼を受けてから、一時間。


 早すぎる。


 いくら優秀でも。


 何もないところから調べ始めて、この時間で辿り着けるものなのか。


 まして。


 今回の相手は、今夜には王都を出る予定だった。


 もし。


 アノンが。


 それを先に知っていたとしたら。


「…………。」


 ジャルムの目が細くなる。


(先に調べていた?)


 ドンヨビ商会にとって不利になる取引。


 その情報を。


 こちらから依頼する前に、既に掴んでいた。


 だから。


 今日、自分が来た時点で。


(我々が何を頼むのかも……?)


 内容を聞く必要がなかった。


 既に知っていたから。


 だから即座に受け。


 即座に動き。


 一時間で終わらせた。


「…………。」


 そこまで考えて、ジャルムは、しばらく黙った。


 まさか、そこまで。


     ◇


(さて。)


 どうやら、間に合ったらしい。


 事前に持っていた情報。


 ジャルムから聞いた情報。


 そして。


 あの女性から聞き出した情報。


 それを照らし合わせれば。


 居場所を割り出すのは難しくなかった。


 今日。


 ジャルムが俺のところへ来ることも。


 依頼の内容も。


 予想どおり。


 だから。


 内容を聞く必要もなかった。


 あとはドンヨビがどう動くか、だ。


     ◇


 俺はまた、いつものようにトーリア公爵家で見習いとして働いていた。


 ドンヨビ商会からの依頼も、必要なものだけ受ける。


 向こうも、俺が今の仕事を優先することに何も言わない。


 互いに。


 今の距離感で問題はなかった。


 そんなある日。


「アノンさん。」


「あ、ジャルムさん。」


 仕事を終えたところで、声をかけられた。


「少し、お時間よろしいですか?」


「はい。」


「一つ、お願いしたい仕事があります。」


「分かりました。」


 いつものように場所を移す。


 向かい合って座ると、ジャルムは少しだけ声を落とした。


「今回の仕事なのですが。」


「はい。」


「王城へ、忍び込んでいただきたい。」


「…………。」


 思わず。


 ジャルムの顔を見る。


「王城ですか?」


「えぇ。」


「…………。」


 これは。


 さすがに無理だ。


 いや。


 潜入そのものはできる。


 王城なら、何度も入っている。


 そもそも。


 仕事で普通に行く。


「内部へ潜入し、ある情報を持ち帰っていただきたいのです。」


「…………。」


「もちろん、危険な仕事であることは承知しています。報酬についても――。」


「いや、無理です。」


「…………。」


 ジャルムが黙った。


「……やはり、難しいですか?」


「いや、分かるでしょう?」


「…………?」


 ジャルムが僅かに首を傾げる。


「そうですね……。」


 少し考え。


「例えば――。」


 一拍。


「王家直属の者だから?」


「…………。」


 そこまで言って。


 ジャルムが小さく笑った。


「はは、そんなわけないですよね。」


「そうだよ。」


「え?」


「俺、王家の影を司る部隊、隊長補佐だから!」


「…………え?」


 もういい。


 ここまで来たら。


 全部言ってやる。


「王都に根を張る巨大組織を排除するために、見習いのフリをした諜報員!」


「…………。」


「アノンとは、俺のことだ!」


「え?」


     ◇


「…………。」


 目を開ける。


 見慣れた天井があった。


「…………。」


 しばらく。


 そのまま天井を見つめる。


「…………夢?」


 ゆっくりと身体を起こす。


 辺りを見る。


 いつもの部屋。


 王城でもない。


 トーリア公爵家でもない。


 ドンヨビ商会もない。


「…………。」


 妙に。


 はっきり覚えている。


 俺はアノン。


 王家直属の、存在しないはずの諜報機関。


 王国の影を司る影部隊。


 その隊長補佐。


 トーリア公爵家へ見習いとして潜入し、王都に根を張る巨大組織を追っていた。


 魔導大会へ出て。


 ヒナを倒して。


 魔女の口づけを手に入れて。


 ジャルムに尾行され。


 ドンヨビ商会の情報調査部でも隊長補佐になって。


 最後は。


 王城への潜入を頼まれた。


「…………。」


 なんだ。


 あの変な夢。


「王家直属の影の諜報部……影部隊隊長補佐……。」


 口に出してみる。


「…………。」


 なんだそれ。


 それっぽいけど。


 そんなもの、俺は知らない。


「ていうか……。」


「王都に根を張る組織って……。」


 少し考えて。


「そんなものあるわけねぇ。」


 なのに夢の中では。


 ずっとそれが当たり前だった。


 疑問にすら思わなかった。


「…………。」


 夢って。


 そういうところあるよな。


 起きてから考えると、明らかにおかしいのに。


 見ている間は。


 全部、普通だった。


「…………。」


 もう一度。


 布団へ身体を預ける。


 最後のジャルムの顔を思い出す。


『え?』


「…………ふっ。」


 少し笑う。


「まぁ、でも。」


 悪くなかった。


 むしろ。


「面白かったな。」


 目を閉じる。


 今度は。


 いつもの自分として。


 レイは、もう少しだけ眠ることにした。

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