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LAVeLESS  作者: 神矢
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ドンヨビ商会

 それから数日。


 俺は変わらず、見習いとして働いていた。


 彼女とは、二人きりでは会っていない。


 外を歩く時には、時折周囲を確認する。


 知らない男から突然、自分の行動を把握されていると知らされた。


 その後の見習いとしては。


 まあ、こんなものだろう。


 そして。


 仕事を終えた俺が、人通りの少ない路地へ入ったところで。


「アノンさん。」


「……!」


 足を止める。


 振り返った。


「お久しぶりですね。」


「お前は……!」


 J。


 また来た。


「そう驚かないでください。」


 男が一歩、前へ出る。


「私は、貴方の敵ではありません。」


「何が目的だ!」


「私は、貴方を調査していました。」


「……なぜだ。」


「警戒されるのも分かります。」


 男は俺を真っ直ぐ見る。


「私は、貴方の特殊な能力、才能を買っているんです。」


「…………。」


 特殊な能力。


 才能。


(どっちだ?)


 大会のことか。


 それとも。


 俺がここでやっていることか。


 まだ、どちらとも取れる。


「今日は。」


 男が続ける。


「貴方と取引がしたくて来ました。」


「取引……?」


「えぇ。」


 一拍。


「我が社と、独占契約を結んでいただきたい。」


「……え?」


 我が社。


 やっぱり、どこかの組織には所属しているらしい。


「情報調査部で、諜報員として動いていただきたい。」


「え……なんで俺が……。」


「ご謙遜を。」


「いや……。」


 諜報員。


(…………。)


 そっちを出してきたか。


 俺が大会の優勝者だと疑っているだけなら。


 普通は戦力として欲しがる。


 護衛。


 ハンター。


 戦闘員。


 いくらでもある。


 それなのに。


 わざわざ情報調査部。


 それも諜報員。


 なら。


 少なくとも、あの密会をただの不倫としか見ていないわけではなさそうだ。


 どこまで見えているかは。


 まだ分からないけど。


「貴方のために、特別にポストも用意しています。」


「ポスト?」


「情報調査部。」


 僅かに間を置く。


「調査隊隊長……をね。」


「…………。」


 隊長。


 ずいぶん買われたものだ。


「よくあるヘッドハンティングですよ。」


「え……。」


「…………。」


「どこの会社なんですか?」


「ドンヨビ商会です。」


「えぇ!?」


 少し大きめに声を出す。


「大手じゃないですか!」


「えぇ。」


「信じられませんよ。」


 もちろん、名前は知っている。


 国内有数の大手商会。


 ギルド関連の商品も大量に扱っている。


(ドンヨビか。)


 なるほど。


 大会後から俺を追っていた理由も。


 少し見えてきた。


「では。」


 男が言う。


「直接、本社でお話しすれば、信じてもらえますよね?」


「あ……はい。まぁ……。」


「一度、本社でお話をしませんか?」


「…………。」


 少し迷う。


「わ、分かりました。」


「では。」


 男が大通りへ向かって歩き出す。


 俺も、少し距離を空けて後を追った。


     ◇


 大通りを歩く。


 男は前。


 俺は後ろ。


 少し距離を空ける。


 周囲にも目を向ける。


 別に必要はない。


 《センス》には、男だけじゃなく周囲の人間も入っている。


 妙な動きをしている奴もいない。


 それでも。


 今の俺は、正体不明の男から突然、大手商会の名前を出された見習いだ。


 これくらい警戒していた方が自然だろう。


 それに。


 実際、少し興味はある。


(ドンヨビ商会か。)


 本当なら。


 俺をどこまで調べた。


 なぜ諜報員として欲しがる。


 そして。


 何をさせるつもりだ。


 向こうから本拠地へ案内してくれるなら、断る理由もない。


 しばらく歩き。


 男は一度も横道へ入らなかった。


 そのまま大通りを進み。


 やがて、足を止める。


「着きました。」


「…………。」


 俺も立ち止まる。


 目の前には、大きな建物。


 多くの人間が出入りしている。


 正面には、はっきりと名前が掲げられていた。


 ドンヨビ商会。


「…………。」


 建物を見上げる。


(本当に連れてきたな。)


 別に疑っていたわけじゃない。


 ただ。


 これでJがドンヨビ商会に所属していることは確認できた。


 そして。


 前回の接触。


 俺たちの密会を調べ。


 夫が疑っていることを伝えてきた。


 今回。


 自分から所属を明かし。


 独占契約を持ちかけてきた。


(やっぱり、あれは恩を売るためか。)


 俺との繋がりを作る。


 そのための最初の一手。


 なら。


 次は。


 こいつが俺をどこまで知っているのか。


 そこを見ればいい。


「これで。」


 Jが何事もなかったように言う。


「少しは、お話を聞いていただけますか?」


「…………。」


 もう一度、建物を見る。


「あ……はい。」


「では。」


 Jが本社の入口へ向かう。


「中へどうぞ。」


「……はい。」


 その後を追う。


 ドンヨビ商会。


 情報調査部。


 調査隊隊長。


 そして。


 俺への独占契約。


(さて。)


 どんな話をしてくるんだろうな。


 少しだけ。


 楽しみになってきた。


 ドンヨビ商会へ入ると、ジャルムは受付へ向かった。


「あ、ジャルムさん。お疲れ様です。」


「あぁ。応接室を使いたい。」


「かしこまりました。」


「…………。」


 受付の女性は、ジャルムを見るなり当たり前のように名前を呼んだ。


 確認すらしていない。


 俺は少し驚いたように、そのやり取りを見る。


(まあ、本物だよな。)


 当然、あの男が夫に雇われた人間ではない。


 夫が雇ったのなら、俺が知らないはずがない。


 ドンヨビ商会の人間。


 俺を調べ、その途中で夫が奥様との関係を疑い始めていることを知り、わざわざ教えに来た。


 つまり、あの時は俺に恩を売った。


 おそらく俺が大会優勝者だと疑っているからだろう。


 ただ。


 どこまで分かっているのかは、まだ見えない。


 彼女との密会を本当に不倫だと思っているのか。


 それとも、何らかの情報収集だと疑っているのか。


 トーリア公爵家で見習いをしていることについても同じだ。


 実力を隠しているだけだと思っているのか。


 何か別の目的まで疑っているのか。


(まあ、今は見習いのままでいいか。)


 向こうから話をしてくれる。


 わざわざこちらから探る必要もない。


「こちらです。」


「あ、はい。」


 俺は少し緊張したように返事をして、ジャルムの後をついていった。


     ◇


「では。」


 向かい合って座ると、ジャルムはすぐに本題へ入った。


「先ほどもお伝えしましたが。」


「はい。」


「あなたには、調査隊隊長という、諜報部隊の長を任せたいと考えています。」


「…………。」


 俺は言葉を失ったように、ジャルムを見る。


(隊長か。)


 随分と思い切ったな。


 能力だけなら問題ない。


 実際、王家直属の影部隊では隊長補佐を務めているし、必要なら部隊を率いることもある。


 ただ。


 今の俺は、トーリア公爵家の見習いだ。


 いきなり隊長を受けるのは、さすがにおかしい。


「あの……。」


「はい。」


「俺は、まだまだ見習いですし。」


「…………。」


「いきなり隊長なんて、難しいです。」


 少し困ったように視線を落とす。


「なので、最初はもう少し下からがいいのですが……。」


「…………。」


 ジャルムは黙って俺を見た。


 やがて。


「分かりました。」


 小さく頷く。


「では、隊長補佐ということでどうですか?」


「……補佐ですか?」


「えぇ。」


(隊長補佐。)


 今と同じか。


 それなら悪くない。


 隊長より自由に動けるし、外から来た十代の人間がいきなり隊員たちの上に立つより自然だ。


「はい。」


 少し考えてから頷く。


「それなら。」


「分かりました。では、隊長補佐ということで。」


「はい。」


「次に、条件についてですが。」


 ジャルムは僅かに姿勢を正した。


「とりあえず、月収二百万からでいかがでしょう。」


「え!?」


「…………。」


 俺は思わず身を乗り出し、すぐに口を閉じた。


(二百万か。)


 安いな。


 大会優勝者との独占契約を本気で取りたいなら、もっと出せるだろう。


 ただ、俺は十代。


 まずは下から提示して、こちらの反応を見る。


 そんなところか。


「あ、あの。」


 ジャルムが僅かに言葉を選ぶ。


「昇給も、もちろんありますし――。」


「…………。」


 さて。


 今の反応なら。


 普通は高すぎて驚いたように見える。


 そのまま喜ぶのも別におかしくはない。


 ただ。


 ここはあえて。


 隊長補佐に誘われている自分が金に目が眩んでいるように見せるのではなく、格好つけたようにみせよう。


「月二百万……。」


 できるだけ平静を装う。


「まぁ、それくらいですよね。」


「え?」


「…………。」


「…………。」


 ジャルムが、僅かに目を見開いた。


「いいんですか?」


「はい。」


 俺は頷く。


「補佐ですし。」


 一拍。


「まぁ、当然ですよね。」


「…………。」


 ジャルムは、俺を見る。


     ◇


(どういうことだ?)


 最初、二百万と伝えた瞬間。


 確かに、驚いた。


 あれは演技には見えなかった。


 だから、安すぎたのだと思った。


 社長からは月五百万まで、許可を得ている。


 それだけの価値がある人材。


 そう判断している。


 だが、まだ若い。


 年齢だけを見れば、十代。


 だからまずは下限から。


 そう考えた。


(失敗したか。)


 そう思った。


 だが今は、二百万で当然だという。


(補佐だからか?)


 隊長ではなく、補佐。


 その役職なら、二百万でも納得できる。


 そういうことなのか。


(いや……。)


 それなら、最初の驚きは何だった。


 役職は、既に補佐へ変更した後だった。


(あれも演技だったのか?)


 それとも、ほんの短い間に何か方針を変えたのか。


「…………。」


 分からない。


 やはり、簡単には読ませてくれない。


「では。」


 ジャルムは、ひとまず話を進める。


「月収二百万。情報調査部、調査隊隊長補佐として。」


「はい。」


「それと。」


「はい。」


「公爵家での任務についてですが。」


「……え?」


「そちらは、そのまま継続してください。」


「…………。」


 俺は、その言葉の意味が分からないように固まる。


(任務、ね。)


 なるほど。


 そこまで考えてるのか。


 トーリア公爵家で、俺がただの見習いとして働いているわけではない。


 何らかの目的がある。


 ジャルムは、そう見ている。


 ただし。


 俺が王家直属の影部隊だと知っているわけではない。


 そこまで知っているなら、こんな形で独占契約を持ちかけるはずがない。


 つまり、かなり近い。


 でも、正解にはまだ届いていない。


「こちらからは、必要な時に依頼を出します。」


「え?」


「現在の任務を優先していただいて構いません。」


「…………。」


 俺は困惑したまま、ジャルムを見る。


「その上で、できる範囲でお願いします。」


「…………。」


「必要になった経費についても、全額こちらで負担します。」


「…………。」


(ずいぶん好条件だな。)


 今の任務には干渉しない。


 必要な時だけ動けばいい。


 経費も全額負担。


 それで月二百万。


 金額そのものは安いが、拘束まで考えれば悪くない。


 何より。


 俺には金より、こっちの方が大きい。


 ドンヨビ商会。


 国内有数の大手商会が持つ情報網。


 王家直属の影部隊とは、集まってくる情報の種類が違う。


 商会だから入れる場所もある。


 商人だから話してもらえることもある。


 今追っている組織について、ここから別の情報が入ってくる可能性もある。


 そして。


 俺を調べて、ここまで辿り着いたジャルム自身。


(使えるな。)


 敵ではない。


 今のところ、俺と繋がりを作りたがっている。


 なら。


 こちらも使えばいい。


「どうでしょう?」


「…………。」


 俺は迷っているように視線を落とす。


 しばらく考えてから、顔を上げた。


「……分かりました。」


「では?」


「俺でいいなら。」


 一拍。


「やります。」


「……!」


 ジャルムの目が、僅かに見開かれる。


「本当ですか?」


「はい。」


「ありがとうございます。」


 ジャルムは静かに頭を下げた。


 俺も、小さく頭を下げる。


 これで。


 ドンヨビ商会の情報調査部と、正式に繋がった。


 調査隊隊長補佐。


 王家直属の影部隊でも隊長補佐。


(また補佐か。)


 まあ。


 立場としては、そのくらいがちょうどいい。


 それに。


 ジャルムが俺をどこまで調べて。


 この先、何に辿り着くのか。


 近くで見てみるのも面白い。


     ◇


 こうして。


 ドンヨビ商会は。


 他社が誰一人として辿り着けなかった。


 魔導大会優勝者との、独占契約を手に入れた。

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