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LAVeLESS  作者: 神矢
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109/149

密会

 俺は決勝で、おそらく全世界の十代で一番有名な奴。


 ヒナ・ヴィルガルムを撃破した。


 優勝賞品の《魔女の口づけ》は、予定通りトーリア公爵へ。


 その後、娘の友人に使用された。


 俺の仕事はそれで終わり。


 翌日からは、何事もなかったように見習いへ戻った。


「アノン! そっち終わったか!」


「もう少しです!」


「終わったらこっち手伝え!」


「はい!」


 いつも通り。


 先輩に指示され、言われた仕事をこなす。


 分からないことは聞く。


 注意されれば直す。


 訓練では適当に負ける。


 大会で優勝したからといって、俺の仕事が変わるわけじゃない。


 そんなある日。


 屋敷を出て、いつものように寮へ向かう。


(…………。)


 いるな。


 俺を追っている奴がいる。


 距離は十分に取っている。


 視線もほとんど感じない。


 人の流れも使っている。


(結構うまいな。)


 大会関係か。


 それとも、本来の任務に関係する人間か。


 まだ分からない。


 こちらから確認する必要もない。


 しばらく泳がせればいい。


 俺はそのまま寮へ戻った。


     ◇


 翌日。


「遅い!」


「すみません!」


「昨日も言っただろ!」


「はい!」


「分かってるなら動け!」


「すみません!」


 怒られながら走る。


 少し離れたところに、昨日と同じ魔力。


(今日もいる。)


 なるほど。


 狙いは俺か。


 だったら、なおさら何もしなくていい。


 見習いとして働く。


 先輩について回る。


 昼になれば飯を食う。


 午後も仕事。


 訓練では負ける。


 それだけ。


 そして仕事が終わった。


 屋敷を出る。


 今日もいる。


(さて。)


 今日は寮へ戻らない。


 元々、約束がある。


 尾行されているからといって予定を変えれば、逆に不自然だ。


 いつも通り歩き、大通りを抜ける。


 少し人通りの減った道へ入り、一軒の宿屋へ。


 そのまま中へ入った。


     ◇


「遅かったわね。」


「仕事ですから。」


「見習いって大変なのね。」


「結構こき使われてますよ。」


「ふふっ。あなたが?」


「俺が、ですよ。」


「想像できないわ。」


「真面目に働いてるんですけどね。」


 向かいに座る女性が笑う。


 二十代後半。


 既婚者。


 俺がここで定期的に会っている相手だ。


「それで? 今日は何してたの?」


「荷物運んで、掃除して、訓練して。」


「普通ね。」


「見習いですから。」


「もっと面白い話ないの?」


「じゃあ、そっちは?」


「私?」


「この前の続き。旦那さん、結局どうなったんです?」


「ああ、それがね――。」


 話を聞く。


 別に、特別なことはしない。


 旦那への愚痴。


 近所であったこと。


 最近会った人。


 仕事の話。


 誰がどこへ行った。


 誰と誰が会っていた。


 何が最近増えた。


 そんな話が、たわいない会話の中に混ざっている。


 必要なものだけ覚えておけばいい。


「それで主人が、最近また帰りが遅くて。」


「仕事ですか?」


「そうみたい。最近、よく同じ人と会ってるのよ。」


「へえ。」


「前にも話したでしょう?」


「ああ、あの人ですか。」


「そう。その人。」


 覚えておく。


 それ以上は聞かない。


 聞きすぎれば、不自然になる。


「でも、本当に仕事なのかしら。」


「どうでしょうね。」


「あなたはどう思う?」


「俺に聞きます?」


「だって男でしょう?」


「男なら旦那さんの考えてることが全部分かるわけじゃないですよ。」


「役に立たないわね。」


「ひどいな。」


 笑う。


 また別の話になる。


 それでいい。


 しばらく話していると。


「アノン。」


「はい?」


 顔が近づいた。


 俺は軽く身体を引く。


「ダメですよ。まだ。」


「……どうして?」


「本気だからですよ。」


「…………。」


「ちゃんと全部終わってからです。」


「……そういうところ、ずるいわね。」


「何がです?」


「何でもない。」


 少し照れたように離れていく。


(これでいい。)


 若いのに遊びじゃない。


 ちゃんと自分に本気なんだと思ってもらえる。


 それに、身体の関係を持てば、どうしても距離感が変わる。


 本人たちには分からない程度の些細な変化でも、周りから見れば違和感になることがある。


 情報を取るための関係で、余計な痕跡を増やす必要はない。


 それに。


(俺、キスなんてしたことないしな……。)


 さすがに変な違和感を持たれるかもしれない。


 そのまま二時間ほど過ごし。


 俺は先に宿屋を出た。


(まだいるな。)


 尾行していた奴は、外で待っている。


 宿屋へ入ってからも動いていない。


(中までは見てないか。)


 当然か。


 そのまま何も気づいていないふりをして歩く。


 少し時間を空けて、彼女も出るだろう。


 別々に帰る。


 いつも通りだ。


     ◇


 ジャルムは、宿屋を見ていた。


 アノンが出てから、しばらく。


 一人の女性が出てくる。


 二十代後半。


 少し調べれば、身元はすぐに分かった。


 既婚者。


「…………。」


 十代。


 トーリア公爵家の見習い。


 仕事が終わったあと、宿屋へ入り。


 二時間。


 時間を空けて出てきた既婚女性。


「不倫……?」


 ジャルムは考える。


 いや。


 あれだけ顔がいいなら、人妻じゃなくていいだろう!


 若い女なら、いくらでもいる。


 それに。


「私の方が大人の魅力がある。」


 なら。


 あれは不倫なんかじゃない。


 別の目的がある。


「……情報収集か?」


 既婚女性との密会。


 人目を避けられる宿屋。


 定期的な接触。


 相手から情報を引き出すために、恋仲を演じている。


 そう考えれば。


 説明はつく。


「…………。」


 ジャルムは宿屋を見上げた。


 まだ確証はない。


 だが。


 ただの見習い。


 その可能性だけは。


 もう、かなり低いように思えた。


 それからしばらく。


 俺は今まで通り、トーリア家の見習いとして働いていた。


 俺を尾けている男も、相変わらずいる。


 大会の後から俺を調べている。


 なら、俺が優勝者だと疑っている可能性は高い。


 だが。


 あの男が、俺と彼女の関係をどう見ているのか。


 普通に不倫だと思っているのか。


 それとも。


 情報収集のための接触だと気づいているのか。


 そこまでは、まだ分からない。


 どちらにしても、今のところ向こうから接触してくる様子はない。


 なら、こっちから動く必要もない。


 見習いのふりを続けながら、何をしてくるのかを見る。


 そんなある日。


 仕事を終え、人気の少ない道へ入ったところで。


「アノンさん。」


「……?」


 足を止める。


 振り返ると、少し離れた場所に男が立っていた。


(ようやく来たか。)


「誰だ?」


「あなたのことを、少し調べさせてもらいました。」


「……は?」


「ある女性と。」


 男は淡々と続ける。


「宿屋で定期的に密会していますよね。」


「…………!」


 表情を変える。


「その女性の夫が、あなたとの関係を疑っています。」


「……っ。」


 それも知っている。


 夫がこちらを疑い始めていることには、既に気づいていた。


 だが。


 今の俺は、そんなことを知らない見習いだ。


「あなたなら、既にご存知かとは思いましたが。」


 男は俺の反応を見ながら続ける。


「念のため、伝えておこうと思いまして。」


「…………。」


「私は伝えましたからね。」


 それだけ言うと、男は背を向けた。


「では。」


「待て!」


 後ろから声をかける。


「お前、誰なんだ!」


 男は足を止めた。


 少しだけ振り返る。


「私のことは。」


 一拍。


「Jとお呼びください。」


 そして、そのまま歩き去った。


「…………。」


(J……。)


 まあいい。


 俺が優勝者だと疑い、接触するきっかけを作った。


 そう考えるのが自然だろう。


 俺に情報を渡したのも。


 おそらく、恩を売るため。


 ただ。


 どこまで分かっている。


 大会優勝者だと疑っているだけなのか。


 彼女との密会も、ただの不倫だと思っているのか。


 それとも。


 俺が何をしているのか、その一部まで見えているのか。


(まだ分からないな。)


 なら。


 見習いのままでいい。


 向こうが次にどう動くのか。


 もう少し見てみよう。


     ◇


 翌日。


 仕事を終えたあと、彼女に会った。


「すみません。少し話があるんですけど。」


「どうしたの?」


「昨日、変な男に声をかけられまして。」


「変な男?」


「俺たちが宿屋で会ってることを知ってました。」


「…………。」


 彼女の表情が変わる。


「旦那さんが、俺たちの関係を疑ってるらしいです。」


「……あの人が?」


「多分、旦那さんが頼んだ人だと思います。」


「…………。」


「なので、しばらく二人きりでは会わない方がいいと思います。」


「……そうね。」


 少し寂しそうに俯く。


「仕方ないね。分かった。」


「すみません。」


「アノンが謝ることじゃないでしょ。」


「それでも。」


「…………。」


 彼女が小さく笑う。


「本当に真面目ね。」


「本気ですから。」


「……またそれ言う。」


 これでいい。


 夫が疑っていることは、当然知っていた。


 そして。


 当然、あの男は夫に雇われた人間ではない。


 もし夫が人を雇ってこちらを調べているなら、とっくに把握している。


 だが。


 アノンは、そんなことを知らない。


 トーリア家で働く、ただの見習い。


 知らない男から突然声をかけられ、密会を把握されていると知った。


 なら。


 夫が雇った人間だと考える。


 そして、彼女との密会をしばらくやめる。


 その方が自然だ。


 情報収集そのものをやめるわけでもない。


 二人きりで会わなければいい。


 それに。


 夫がこちらを疑っているなら、それはそれで使える。


 向こうから俺へ接触してくる可能性もある。


 そうなれば。


 今度は夫本人と自然に繋がれる。


(まあ、その時はその時か。)


     ◇


 翌日。


 仕事を終え、屋敷を出る。


(いるな。)


 昨日までと同じ位置。


 あの男は、今日も俺を見ている。


 角を曲がる前に、後ろを見る。


 人の多い場所へ入れば、何気なく周囲を確認する。


 店の窓に映る後方へ視線を向ける。


 もちろん。


 全部、必要ない。


 《センス》を使えば、振り返る必要なんてない。


 どこにいるのかも。


 誰がこちらを見ているのかも。


 最初から分かっている。


 でも。


 昨日まで尾行に気づいていなかった見習いが。


 知らない男から突然、密会まで把握されていると知らされた。


 なら。


 多少、周囲を警戒するようになる。


 その方が自然だ。


(さて。)


 俺が優勝者だと疑っている可能性は高い。


 恩を売ろうとしているのも、おそらくそうだろう。


 ただ。


 どこまで見えているのか。


 何のために俺と繋がろうとしているのか。


 そこは、まだ分からない。


 なら。


 今は何も変える必要はない。


 見習いのまま。


 向こうが次に何をしてくるのか。


 もう少しだけ、見ていよう。

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