王家直属組織
俺はアノン。
王家直属の影部隊。
王国の影を司る、存在しないはずの諜報機関で隊長補佐を務めている。
表向き、この国の諜報を担っているのは軍だ。
組織もある。
所属する人間もいる。
当然、他国もそれを把握している。
だが。
そのさらに奥。
王家から直接命令を受け、軍の指揮系統にすら属さない者たちがいる。
俺も、その一人だ。
存在そのものが秘匿されている。
所属を明かすこともない。
任務が記録に残ることもない。
どこの国にも、似たような連中はいる。
ただ。
誰がそうなのかは、誰も知らない。
今回、俺たちに与えられた任務は王都内部の調査だった。
王都に根を張り、密かに勢力を広げている組織がある。
その正体を探り、必要なら排除する。
俺はそのために、トーリア公爵家へ見習いとして潜り込んでいる。
正体を知っているのは、公爵本人を含めたごく一部だけ。
屋敷では、ただの見習いだ。
「おい!」
「はい!」
「ぼさっとするな! 次は裏庭だ!」
「すみません!」
先輩に怒鳴られ、荷物を抱えて走る。
見習いなら、見習いらしく。
特別扱いなどされたら、潜り込んだ意味がない。
裏庭へ向かいながら、誰にも気づかれないよう《センス》を広げる。
屋敷を越え、その先へ。
全周、およそ二キロ。
一方向へ絞れば、三キロほど。
人の位置。
魔力。
その動き。
異常はない。
(今日も動きなしか。)
こういう仕事は、嫌いじゃない。
敵より先に相手を見つける。
気づかれずに近づく。
潜り込み、情報を得て、誰にも知られず戻る。
闇属性も、その手の魔法をかなり覚えた。
隠蔽。
認識阻害。
魔力の誤認。
気配の遮断。
必要そうなものを覚えていたら、いつの間にか増えていた。
まあ。
真正面から戦っても、大抵は負けないけど。
「おい!」
「はい!」
「訓練だ! 来い!」
「今ですか?」
「見習いが口答えするな!」
「してませんよ。」
「してるだろ!」
してないのに。
◇
「構えろ!」
「はい。」
木剣を握る。
向かいにいるのは、俺の指導役をしている先輩だ。
「行くぞ!」
「お願いします。」
先輩が一気に距離を詰める。
振り下ろされた木剣を受け――
「ぐっ!」
そのまま吹き飛ばされる。
「立て!」
「……はい!」
悔しそうに顔を歪め、立ち上がる。
(…………。)
もちろん、痛くない。
《魔纏》は維持している。
この程度の攻撃なら、まともに受けても赤ん坊に殴られたようなものだ。
でも、見習いが平然としていたらおかしい。
だから吹き飛ぶ。
悔しそうにする。
必要なら、その部分だけ《魔纏》を解いて軽く傷を作ればいい。
見習いらしく負ける。
それも仕事だ。
「もう一度!」
「はい!」
木剣が迫る。
(右。)
当然、見えている。
避けるのも簡単だ。
なので。
「ぐっ……!」
もう一度、吹き飛ばされた。
(服、汚れるんだよなぁ……。)
◇
そんな生活を続けながら、俺は王都で調査を進めていた。
相手はなかなか尻尾を出さない。
王都に根を張りながら、軍にもギルドにも存在を掴ませていない組織。
かなり慎重らしい。
焦る必要はない。
こちらの正体も、まだ知られていない。
そんなある日。
トーリア公爵から呼び出された。
「アノン。本来の任務とは別件なんだが……頼みたいことがある。」
「なんでしょう?」
「娘の友人に、奴隷の少女がいる。」
「…………。」
「なんとかしてやりたいらしい。」
なるほど。
「あぁ、魔女の口づけですか。」
「知っているのか?」
「ええ。」
近々、王都で開催される魔導大会。
優勝者に贈られるものの一つが、奴隷契約すら解除できる《魔女の口づけ》。
「大会に出てくれないか?」
「いいですよ。」
「……いいのか?」
「俺の権限で正体は隠せますし。」
大会に出ること自体は問題ない。
名前も、素性も、所属も。
全て伏せればいい。
トーリア家との関係を公表する必要もない。
それに、悪くない。
優勝して《魔女の口づけ》をトーリアへ渡せば、いずれ俺とトーリア家に繋がりがあることは推測されるだろう。
正体不明の大会優勝者。
その男と繋がりを持つ公爵家。
それだけでも、トーリア家を見る周囲の目は変わる。
家の格が上がれば、俺も動きやすくなる。
「悪くないですね。」
「何がだ?」
「こっちの話です。」
問題があるとすれば、王家。
「陛下には?」
「まだ何も伝えていない。」
「じゃあ、俺から伝えておきます。」
「お前から?」
「大会なら陛下も見るでしょうし。」
正体不明。
所属不明。
それで優勝するほどの人間が突然現れれば、王家が興味を持つ可能性がある。
変に調べられる方が面倒だ。
「陛下にも演技してもらわないといけませんからね。」
「…………。」
「どうしました?」
「いや……頼む。」
「はい。」
こうして。
俺は魔導大会へ出場することになった。




