夜はこれから
ムラサキを出た四人は、そのままラクエンの中心部へ向かった。
少し歩くと、ひときわ大きな建物が見えてくる。
正面には大きなガラス扉。
中へ入れば、広々としたフロアの奥に大きなステージがあり、ちょうど華やかなショーが始まっていた。
音楽。
照明。
歓声。
客たちはそれぞれ酒を片手に、舞台を眺めながら楽しんでいる。
少し離れたところには別室へ続く扉があり、その奥にはカジノがある。
そちらはショーを楽しむフロアとは空気が違い、別の音楽が流れていた。
店員がレイたちに気付き、すぐに近づいてくる。
「いらっしゃいませ。」
「いつもので。」
「かしこまりました。」
四人はそのまま二階へ案内された。
階段を上がり、奥まで進む。
店員が大きなカーテンを開いた。
「どうぞ。」
「えっ。」
女の子たちが思わず足を止める。
そこにあったのは、二十人ほどいても余裕で過ごせそうな広い部屋だった。
大きなソファ。
丈夫そうなテーブル。
壁際にもいくつもの席があり、正面は大きく開けている。
窓はない。
その代わり、そこから一階のステージを丸ごと見下ろせる造りになっていた。
「ここ全部……?」
「貸切。」
「すごーい!VIP席、初めてです!」
「私も!」
二人は目を輝かせながら部屋を見回していた。
レイは慣れた様子でソファへ腰を下ろす。
ルコもその隣へ座った。
「俺らはいつもの。」
レイが女の子たちを見る。
「二人も好きなの頼んでいいよ。」
「本当ですか?」
「やった!」
注文を済ませると、ほどなくして酒と料理が運ばれてきた。
全員のグラスが揃う。
「じゃ。」
ルコが軽く掲げる。
「乾杯。」
「乾杯。」
グラスが鳴る。
下では次のショーが始まり、舞台へ新しい演者が姿を見せた。
しばらく飲んでいると、女の子の一人がレイを見る。
「でも、さっきはびっくりしましたよぉ。」
「ん?」
「人間って、あんなに飛ぶんだって……。」
隣の女の子も苦笑する。
「私、死んじゃったかと思いました。」
「大丈夫だよ。」
「いや、大丈夫には見えなかったです。」
「確かに。」
二人で笑ってから、片方の女の子が少し身を乗り出す。
「あれって、わざとですよね?」
「何が?」
「やられたの。」
レイはグラスを傾ける。
「まぁな。」
「どうしてですか?」
「この街で喧嘩に勝つ意味、分かるか?」
「強いってことですか?」
「それもあるけどな。」
レイは酒を一口飲む。
「俺は強いんで、いつでも喧嘩売りに来てください。」
「って言ってるようなもんだぞ。」
「あぁ……。」
「それは大変そう。」
「だろ?」
「だから負けたんですか?」
「まぁな。」
「本気で潰したい相手なら別だけど。」
「……。」
ルコが一瞬、何かを思い出したような顔をする。
「でもお前。」
「リュウに勝ったら、その辺のやつと比べ物にならないくらいめんどくさくね?」
「……。」
レイが少しだけ考える。
「その時はまた考えればいいだろ……。」
「適当だなぁ。」
女の子たちがくすくす笑う。
少しして、一人が興味深そうに首を傾げた。
「でも、巷で噂になってますよ。」
「ん?」
「レイさん、リュウ様とよく殴り合いしてるって。」
「そうそう。」
もう一人も楽しそうに続ける。
「会った瞬間に始まることもあるって。」
レイはグラスを傾ける。
「いつか決着つけたいと思ってるアホ。」
「リュウ様に対して平気でそんなこと言う人、初めてです。」
「俺もリュウとは殴り合ったことあるよ!」
ルコが楽しそうに口を挟む。
「お前はワンパンで終わったじゃねぇか。」
「お前それは言うなよ〜。」
二人の女の子が声を上げて笑う。
「でも、リュウ様を殴ったことがあるんですよね?」
「それで今こうして普通に飲んでる方がすごいです。」
「確かに。」
「普通そこまで行けないですもん。」
「……だろ?」
ルコが少し得意げに笑う。
「そこは胸張るんだな。」
「張るだろ。」
「まぁ、それはそうか。」
レイも笑いながらグラスを傾ける。
二人の女の子も楽しそうに笑った。
「そういえば。」
一人が思い出したように続ける。
「リュウ様に挑む人って、昔かなり多かったみたいですよ。」
「審査制にしたんですよね。」
「幹部の方が先に実力を見る形で。」
「最初の一週間なんて、毎日何十人も挑みに行ったって聞きました。」
「それで、リュウ様のところまで行けたのは一人だけだったとか。」
「今は、ノリで行ったら恥かくだけだから、挑む人自体かなり減ってるって。」
「前にお客様が話してました。」
もう一人の女の子が、ふと目を丸くする。
「じゃあ、さっきの人。」
「初めての審査担当だったんですかね?」
「『初仕事完遂!』って言ってましたし。」
「あぁ。」
ルコが笑う。
「こいつ性格悪いから。」
「だから。」
レイが少し呆れたように返す。
「夢壊す方が可哀想だって。」
「……あ。」
二人の女の子が顔を見合わせる。
「ああ〜!」
「そういうことだったんですね!」
レイは何事もなかったように酒を口へ運んだ。
「そういえば。」
女の子の一人が、レイとルコを見比べる。
「お二人って、商人と何でも屋をされてるって聞いてましたけど。」
「戦う方には見えませんでした。」
「お二人とも気品がありますし。」
「あぁ……。」
レイがグラスを傾ける。
「一応、俺らプロハンターだしな。」
「戦闘経験は普通にあるよ。」
「えっ。」
二人の女の子が目を丸くする。
「プロハンター!?」
「お二人ともですか?」
「そうだよ。」
ルコが軽く頷く。
「すご……。」
「私、プロハンターの方って初めて見ました。」
「私もです!」
「まぁ、王都ってのもあるけど。」
レイが酒を一口飲む。
「それでも十人くらいしかいないよな。」
「そのくらいだな。」
ルコも頷いた。
「じゃあ、ほんとにすごい人たちだったんですね。」
「今さら?」
「だって普通に飲んでるから。」
「そりゃ飲むだろ。」
女の子たちが笑う。
少しして、一人がルコを見る。
「ルコさんって、好きな女の子いるんですか?」
「いるよ。」
「えっ。」
「いるんですか?」
「いるいる。」
「どんな人です?」
「秘密。」
「気になる〜。」
レイが横で少し笑う。
「いい女だよな。」
「お前は黙ってろ。」
「はいはい。」
「知ってるんですか?」
「まぁな。」
「ずるい。」
「俺に言われても。」
笑い声が重なる。
その時。
入口を仕切っていた大きなカーテンが、何の前触れもなく開いた。
「おー。」
聞き覚えのある声。
レイが顔を上げる。
「……。」
リュウが当然のような顔で中へ入ってきた。
「勝手に入ってくんなよ。」
「あ?」
リュウがそのまま空いているソファへ腰を下ろす。
「俺の店だし。」
「今貸し切ってんだけど。」
「だから?」
「……めんどくせぇな。」
「酒ある?」
「あるけど。」
「じゃあいいじゃん。」
リュウは勝手にテーブルの酒へ手を伸ばした。
「さっきの続き、やるか?」
レイが横目で見る。
「いや。」
リュウは酒を注ぎながら首を振った。
「今日は迷惑かけちまったし。」
「俺は疲れたから酒飲みてぇ。」
少しだけレイを見る。
「悪かったな。」
「いや、いいよ。」
レイもあっさり返す。
「あいつも仕事だろ。」
「そうなんだけどな。」
「じゃあいいじゃん。」
ルコが笑いながらグラスを持ち上げる。
「ほら、飲もうぜ。」
「おう。」
「乾杯。」
「乾杯。」
四人のグラスに、リュウのグラスが加わった。
ルコがグラスを傾けながら、ふと思い出したように言う。
「さっきの新人、そこそこ強いよな。」
「あぁ。」
リュウが少し楽しそうに笑う。
「最初はうちの側近が叩き潰したんだけどな。」
「それでも根性あったから、今度は俺が直接相手した。」
「気合い入ってるだろ。」
「まぁな。」
レイも軽く頷く。
「じゃあ、慰謝料もらわねぇとな。」
「お前、怪我してねぇだろ。」
「したかも。」
「嘘つくな。」
リュウは呆れたように笑う。
「まぁ、ここは俺の奢りだ。」
「マジ?」
レイの顔が少し明るくなる。
「気前いいな。」
「さっき迷惑かけた分な。」
「じゃあ遠慮なく。」
「最初から遠慮する気ねぇだろ。」
そのまま乾杯してお互い一気に飲み干す。
しばらくして。
大きなカーテンの向こうから、控えめな声がした。
「若様。よろしいですか?」
「あー。」
リュウが面倒そうに振り返る。
「分かったよ。行く。」
グラスを置き、立ち上がる。
「じゃあな。」
「おう。」
「またな。」
リュウはそのまま側近と一緒に部屋を出ていった。
その後も四人は酒を飲み。
ショーを眺め。
くだらない話で笑いながら、夜はゆっくりと更けていった。
◇
店を出る頃には、ラクエンの賑わいも少しだけ落ち着いていた。
「あの。」
ルコの隣を歩いていた女の子が、少しだけ勇気を出すように顔を上げる。
「今日は……お泊まりします?」
「ごめん。」
ルコは笑う。
「俺、好きな女の子いるからなー。」
「あー、確かに。偉いですね。」
女の子も納得した顔で、笑った。
「でも楽しかったよ。」
もう一人も緊張した顔で、レイを見る。
「レイさんは?」
「俺?」
「今日は……お泊まりしますか?」
「いや。」
レイは軽く首を振る。
「妹が待ってるから帰るよ。」
「あぁ。」
すぐに理解し、うなずく。
「それは、早く帰らないといけないですね。」
「まだ早いし、店まで送るよ。」
「ほんとですか?嬉しいです!」
「ああ。」
歩き出してすぐ。
女の子は気を取り直して、レイの方に向き直る。
「今日は、お二人の人柄が見れて、楽しかったです。」
「また…きてくださいね!」
「あぁ、もちろん。俺も楽しかったし」
四人はそのまま並んで、余韻を残したままムラサキへ向かった。
◇
「ただいまー。」
玄関を開け、リビングに向かう。
「おかえり。」
アイリスが顔を上げた。
「遅くなったな。」
「……お酒臭い。」
「そうか?」
「うん。」
アイリスは少しだけ眉を寄せる。
「早くお風呂入ってきて。」
「はい。」
レイは素直に返事をして、そのまま奥へ向かった。
レイはそのまま浴室へ向かっていく。
朝、目を覚まして。
街へ出て。
仕事をして。
人と出会い。
酒を飲み。
そして、家へ帰る。
特別なことなんて何もない。
今日もまた。
レイにとっては、いつも通りの一日だった。




