王城侵入
そして。
ノアが断った依頼は、別の経路を通り、ある男へ渡ることになった。
「王城?」
「あぁ。」
レイは、渡された資料へ目を通した。
目的は、王城内部のある場所に存在する一つのものを確認すること。
持ち出す必要はない。
触れる必要もない。
そこにあるのか、ないのか。
それさえ確認できればいい。
「これを見るだけ?」
「あぁ。」
「分かった。」
レイは資料を閉じた。
王城。
当然、一般人が自由に出入りできる場所ではない。
まして、目的の場所は一般開放されている区域でもない。
だが。
「…………。」
見るだけなら、そこまで難しくない。
⸻
王都。
上級区。
そのさらに奥。
王貴区。
王城を中心に、王国にとって重要な施設が集まる区域。
王国軍本部も、その一つだった。
レイは軍本部へ入ると、受付へ向かった。
「ヒナ少佐にお会いしたいのですが。」
「お名前をお願いします。」
「レイです。」
「ご用件は?」
「少しお願いしたいことがありまして。」
「承知しました。確認いたします。」
「お願いします。」
当然、ヒナはその辺を歩いていて簡単に会えるような人間ではない。
王国軍少佐。
勤務中なら軍本部を訪ね、正式に呼び出してもらう必要がある。
しばらく待つ。
そして。
「レイ。」
聞き慣れた声に、顔を上げる。
「おう、ヒナ。」
「何よ。わざわざこんな所まで。」
「相変わらず怖い顔してるな。」
「呼び出しておいて最初に言うことがそれ?」
「事実だろ。」
「帰るわよ?」
「短気だなぁ。」
「仕事中なのよ、こっちは。」
「知ってるよ。だからちゃんと受付通しただろ。」
「当たり前でしょ。」
「勝手に入ったら怒るくせに。」
「当たり前よ!」
「ほら、また怖い顔。」
「……本当に帰るわよ?」
「分かった分かった。」
いつも通りだった。
会えばまず、どうでもいいことで言い合う。
それから、ようやく本題に入る。
「今日、王城に行く予定ある?」
「…………。」
ヒナが僅かに眉を寄せる。
「あるけど。」
「今日?」
「ええ。」
「俺も一緒に行っていいか?」
「…………。」
「なんだよ。」
「何しに?」
「ちょっと中を見てみたい。」
「王城の?」
「あぁ。」
「…………。」
ヒナの目が細くなる。
「怪しいわね。」
「何が?」
「全部。」
「何もしないって。」
「その言い方が一番怪しいんだけど。」
「本当に見るだけだぞ。」
「どこを?」
「ちょっと奥。」
「…………。」
「必要ならプロ資格も見せる。仕事で確認したいものがあるだけだから。」
「仕事?」
「あぁ。見るだけ。盗むわけでも壊すわけでもない。」
「…………。」
「なんだよ。」
「本当にそれだけ?」
「そう言ってるだろ。」
「勝手にどこか行ったりしないでしょうね?」
「必要なら行くぞ。」
「……ほら。」
「何がだよ。」
「そういうところよ。」
「必要ならって言ってるだろ。」
「あなたの『必要なら』が信用できないのよ。」
「失礼だな。」
「じゃあ、王様と二人で話す必要ができたらどうする?」
「二人で?」
「誰にも聞かれたくない話。」
「…………。」
「何よ、その間。」
「いや……。」
レイが少し考える。
「王様の部屋に行くのが一番早いだろ。」
「ほら!!」
「何がだよ!」
「普通は面会を申し込むのよ!」
「それじゃ記録が残るだろ。誰にも知られずにって条件どこ行ったんだよ。」
「だからって忍び込む!?」
「見つからなきゃいいだろ。」
「王城なのよ!」
「知ってるよ。」
「見つかったらどうするのよ!」
「プロ資格見せる。」
「…………。」
「守秘義務があるから目的は答えられない。それで終わりだろ。」
「そういう問題じゃないのよ……!」
「じゃあどういう問題だよ。」
「私が一緒にいる時にやられたら困るの!」
「あぁ。」
「あぁ、じゃない!」
「じゃあやらない。」
「…………。」
「なんだよ。」
「最初からそう言いなさいよ!」
「聞かれたから答えただけだろ!」
「答えがおかしいのよ!」
「ちゃんと目的に合った方法だろ。」
「王の私室に忍び込むことを『方法』の一言で片付けないで!」
「面倒くさいなぁ……。」
「誰のせいよ!」
ヒナが大きく息を吐いた。
そして、改めてレイを見る。
「……それで。」
「ん?」
「本当に、仕事なのね?」
「あぁ。」
「詳しい内容は?」
「言えない。」
「…………。」
「守秘義務がある。」
「そう。」
それ以上、ヒナは聞かなかった。
レイが真剣に協力を求めてきたのなら、何か理由がある。
そう判断して、必要な範囲で協力する。
プロハンターが軍へ協力を求めること自体、おかしな話ではない。
ただ今回は、最初からレイがあまりにもいつも通りだった。
だからヒナも、いつも通りに返した。
「……まあいいわ。」
「いいのか?」
「今日行くから、ついてくれば。」
「助かる。」
「ただし。」
「あぁ。」
「本当に余計なことしないでよ?」
「分かってるって。」
「…………。」
「なんだよ。」
「やっぱり怪しい。」
「まだ言うのかよ。」
「あなたが悪いんでしょ!」
⸻
そのまま二人は、魔導軍本部を出た。
王城までは遠くない。
同じ王貴区。
ヒナと共に、正規の手続きを経て王城へ入る。
プロ資格を使えば、レイ一人でも入城することはできる。
だが、それではプロハンターが王城へ入ったという目立つ履歴が残る。
今回はヒナの付き添い。
それなら、わざわざ目立つ記録を残す必要もない。
「…………。」
ノアが即座に断った、王城への侵入。
だが、レイは侵入すらしていなかった。
普通に正面から入った。
「こっち。」
「あぁ。」
ヒナについて城内を歩く。
目的の場所までは、まだ少しある。
途中、何度か警備の人間とすれ違う。
だが、王国軍少佐であるヒナと一緒にいる。
レイをわざわざ呼び止める者はいない。
そして、目的の場所へ近づいたところで。
「ヒナ。」
「何?」
「ちょっと行ってくる。」
「どこに?」
「すぐそこ。」
「…………。」
「なんだよ。」
「一人で?」
「あぁ。」
「…………。」
「見るだけだって。」
「……分かったわよ。」
「すぐ戻る。」
「余計なことしないでよ。」
「しないって。」
レイは、その場を離れた。
⸻
警備の索敵をくぐり抜ける。
扉の前。
「…………。」
僅かな音。
次の瞬間には、扉が開いていた。
中へ入る。
確認する。
「…………。」
あった。
それだけ。
触れない。
持ち出さない。
必要な情報だけを頭へ入れ、すぐに部屋を出る。
再び警備の索敵を抜け、その場を離れた。
⸻
「お待たせ。」
「早いわね。」
「見るだけだからな。」
「…………。」
「なんだよ。」
「本当に見ただけ?」
「あぁ。」
「何もしてない?」
「してない。」
「…………。」
「そんなに信用ないのか、俺。」
「信用してるから連れてきたのよ。」
「じゃあいいだろ。」
「あなたの場合、信用と心配は別なの。」
「なんだそれ。」
「それなりの付き合いだから分かるのよ。」
「失礼な奴だな。」
「褒めてないわよ。」
「知ってる。」
目的は終わった。
二人はそのまま、王城を出た。
⸻
その日のうちに、依頼は完了した。
ノアが。
『無理です。』
と、即座に断った王城への侵入。
それを本物の大会優勝者は、ヒナについて正面から王城へ入り。
最後の警備だけを抜け。
目的のものを、見るだけ見て。
何事もなく帰ってきた。
本人にとっては、難しい依頼ですらなかった。




