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LAVeLESS  作者: 神矢
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104/146

二百万でも安い

 翌日。


 ゲルムは部長室にいた。


「以上が、今回の依頼で得られた情報です。」


「全部か?」


「はい。」


「……完璧だな。」


 部長が資料へ目を落とす。


 スペンダから得る必要があった情報。その全てが揃っている。


「例の何でも屋が?」


「はい。」


「どうだった?」


「優秀です。」


 ゲルムは即答した。


「かなり。」


「ほう。」


「何でも屋としては、間違いなくトップクラスかと。」


 部長が顔を上げる。


「そこまでか?」


「少なくとも、今回のような仕事に関しては。情報調査を専門にしていても不思議ではありません。」


「お前がそこまで言うか。」


「はい。」


 ゲルムは、昨日の仕事について順に報告した。


 事前に渡した資料を僅かな時間で覚えたこと。


 貴族ばかりの場へ自然に溶け込んだこと。


 依頼人の娘を立てながら、周囲からの評価まで上げたこと。


 そして、対象へ自分から近づくことなく、自然に接点を作ったこと。


「その後、短時間で必要な情報を全て得ています。」


「…………。」


 部長が僅かに考える。


「うちに欲しいくらいだな。」


「私もそう思います。」


「引き抜けそうか?」


「やめた方がいいでしょう。」


 ゲルムは首を横に振った。


「ルコのお抱えです。今後も必要であれば、ルコを通して依頼するのがいいかと。」


「そうだな。」


 部長もすぐに頷いた。


 プロ資格を持つ者が自ら使っている人材。そこへ横から手を出す必要はない。


「それで。」


 ゲルムが続ける。


「一つ、気になることがあります。」


「なんだ?」


「ノアです。」


「…………。」


 部長の表情が僅かに変わった。


「今回の依頼を断った件か?」


「はい。」


「この程度の任務は受けないと判断した可能性がある、という話なら聞いたぞ。」


「それではありません。」


「なら?」


 ゲルムが少し間を置く。


「これは、あくまで私の推測です。」


「あぁ。」


「ノアは最初から、こうなることを予想していた可能性があります。」


「……こうなる?」


「我々が、レイへ辿り着くことです。」


「…………。」


 部長が黙った。


「どういうことだ?」


「まず。」


 ゲルムが順番に整理する。


「ノアが、ルコの存在を知らないとは考えにくい。」


「…………。」


「ビヨンド商会と取引のあるプロです。」


 それだけで十分だった。


 ノアはビヨンドの情報調査部に所属している。


 しかも、ゲルムたちが想定しているノアは、ただの新人ではない。


 自らの正体を隠し、裏で高度な諜報活動を行っている人間。


「……確かにな。」


 部長が頷いた。


「むしろ、知らない方がおかしいか。」


「はい。」


 ゲルムも同意する。


「我々と契約する前から、ビヨンドについて調べていたとしても不思議ではありません。契約後なら、なおさらです。」


「そうだな。」


「そして。」


 ゲルムが続ける。


「ルコを知っているなら、当然ルコについても調べている可能性が高い。」


「…………。」


 部長の目が僅かに細くなる。


「その先に、レイがいる?」


「はい。」


 ゲルムは頷いた。


「もちろん、そこまで把握していた証拠はありません。」


 そこは明確にしておく。


「ですが、ルコ自身を調べているなら、レイの存在まで把握していても不自然ではない。」


「……なるほど。」


 部長が椅子へ深く座る。


 今回、ビヨンドが必要としていたのは、十七歳の令嬢と恋人として並んでも不自然ではない年齢の男。


 貴族のパーティーへ自然に参加でき、対象から情報を得られる人材。


 情報調査部には該当者がいなかった。


 だからノアへ依頼した。


 だが、断られた。


 その結果、ゲルムは別の人材を探すことになった。


「……それで、お前はルコを思い出した。」


「はい。」


「ルコ本人が無理なら。」


「別の人材を知っていないかと考える可能性がある。」


「そして実際に。」


「レイが来ました。」


「…………。」


 二人とも黙る。


 結果だけを見れば、綺麗に繋がっていた。


 ノアが断る。


 ビヨンドが代わりを探す。


 ルコへ行く。


 そして、レイという極めて優秀な人材との新しい繋がりができる。


「…………。」


 部長が机を指で軽く叩く。


「だが、さすがに先を読みすぎじゃないか?」


「私もそう思います。」


 ゲルムはすぐに認めた。


「偶然だった可能性も十分にあります。」


「だよな。」


「ただ。」


「なんだ?」


「逆に考えると。」


 ゲルムの目が僅かに細くなる。


「我々が考えているノアという人間が、ルコの存在すら把握していなかった、と考える方が不自然なんです。」


「…………。」


 部長が黙る。


 確かに、そうだった。


 大会優勝者。


 正体を隠し、公爵家ではただの見習いとして働いている。


 裏では既婚女性へ接触し、情報を得ている。


 ビヨンドに入ってからも、自分の能力をほとんど見せない。


 そんな人間が、所属する会社の外部取引先すら調べていない。


 その方が、今までの人物像とは噛み合わない。


「ルコまでは、ほぼ確実に知っていた……。」


「私はそう見ています。」


「レイについては?」


「可能性が高い、とまでは言いません。」


 ゲルムは少し考える。


「ただ、知っていても何もおかしくない。」


「…………。」


「そして、もし知っていたなら。」


 今回、ノアが依頼を断った意味が変わる。


 自分が簡単に終わらせるのではなく、ビヨンドを別の人材へ向かわせる。


 結果として、会社は今後も利用できる優秀な人材との繋がりを得た。


「…………。」


 部長が小さく息を吐く。


「そこまで考えてたら、とんでもないな。」


「はい。」


「だが……。」


 部長が資料を見る。


「ノアだからな。」


「…………。」


 ゲルムも否定できなかった。


 普通の人間なら、考えすぎだと切り捨てる。


 だが、ノアについて自分たちがこれまで見つけてきたものを考えれば、完全には切れない。


「社長には?」


「推測であることを明確にした上で、報告すべきかと。」


「そうだな。」


 部長が頷く。


「確定事項として上げる話じゃない。」


「はい。」


「ただ――。」


 部長が僅かに笑った。


「もし本当にそこまで読んでたなら。」


「…………。」


「月二百万でも安いな。」


「……そうですね。」


 ゲルムは静かに頷いた。


 そして。


 二人とも知らない。


 ノアは何も読んでいない。


 ビヨンド商会とルコの繋がりも、その先にいる優秀な何でも屋の存在も。


 ましてや、自分が依頼を断れば、そこへ仕事が流れることなど考えてすらいない。


 ただ、貴族の令嬢の恋人役。


 その言葉を聞いて、自分には絶対に無理だと思った。


 だから、本気で断った。


 それだけだった。


 ならば、ゲルムたちの考察は全て的外れだったのか。


 そうではない。


 もし、ゲルムが追っている男が本物の大会優勝者であったなら、その推測のほとんどは当たっていた。


 身分を偽り、実力を隠し、公爵家へ潜り込む。


 表向きはただの見習いとして先輩の指示を聞き、訓練では必要なら負ける。


 大会へ出場する必要が生まれれば、正体を隠したまま目的を果たす。


 情報が必要なら相手との関係を利用し、疑われることすら想定に入れて動く。


 正体不明の人間から突然接触されれば、即座に警戒し、相手の素性を調べる。


 巨大商会から誘われれば、金や地位に飛びつくのではなく、まずその意図を探る。


 そして、利用価値があるなら、あえてその懐へ入る。


 自分が動く必要のない仕事なら、別の人材へ繋がるよう盤面を動かすことすら、十分にあり得た。


 どれも、本物の優勝者なら取り得る行動だった。


 だから。


 ゲルムは優秀だった。


 観察も、考察も、相手の能力を測る目も。


 決して間違ってはいない。


 もし、人違いをしていなければ。


 ゲルムは本物の優勝者の行動を、ほとんど正しく読み切っていた。


 ただ。


 一つだけ。


 間違えた。


 最初に。


 追う相手を間違えた。


 そして、よりにもよって。


 その人違いをした男の行動が、本物の優勝者なら実際に取り得る行動と、あまりにもよく似て見えてしまった。


 何も知らず。


 何も企んでいない。


 ただの青年の行動を。


 本物なら、そこにどんな意図を持たせるのか。


 ゲルムは正しく読み続けてしまった。


 それだけだった。

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