ノアの思惑?
パーティーが終わった。
会場を出た頃には、既に夜も深くなっていた。
待たせていた馬車へ、四人が乗り込む。
グラント。
エリナ。
レイル。
そして、ゲルム。
馬車がゆっくりと動き出す。
「…………。」
しばらく、誰も話さなかった。
まだパーティーの余韻が、僅かに残っている。
その中で、最初に口を開いたのはゲルムだった。
「レイルさん。」
「はい。」
「確認しても?」
「どうぞ。」
ゲルムがレイルを見る。
「スペンダから得てほしいとお願いしていた情報ですが。」
「はい。」
「どこまで取れました?」
「全部聞けましたよ。」
「…………。」
ゲルムが僅かに黙る。
「全部?」
「はい。」
「三つともですか?」
「はい。」
グラントもレイルを見る。
「本当に?」
「はい。」
ゲルムは順番に確認していく。
一つ目。
レイルが答える。
二つ目。
答える。
そして、三つ目。
「――とのことでした。」
「…………。」
間違いない。
依頼されていた全ての情報。
それが揃っている。
「あの……。」
エリナが思わず口を挟んだ。
「いつ聞いたんですか?」
「え?」
「スペンダ様とお話ししていた時間って、そんなに長くなかったですよね?」
「そうですね。」
「それなのに……。」
エリナが少し考える。
「あの短時間で、全部……?」
「はい。」
「…………。」
エリナは、パーティーの途中でレイルとスペンダが話している姿を何度か見ていた。
だが、遠くから見れば、ただ楽しそうに話していただけだった。
情報を聞き出しているような雰囲気では、まるでなかった。
「何をしたんだ?」
今度はグラントが聞いた。
「何を、と言われましても……。」
レイルが少し考える。
「普通に話していただけですよ。」
「普通に?」
「はい。」
レイルが笑う。
「仲良くなったら、向こうから色々教えてくれました。」
「…………。」
ゲルムがレイルを見る。
そんなわけはない。
スペンダから自然に話が出るよう、会話を運んだ。
それくらいは分かる。
だが、どうやったのか。
そこまでは分からない。
そして、レイル自身も詳しく説明するつもりはなさそうだった。
「そうか。」
グラントも、それ以上は聞かなかった。
必要だった情報は全て揃っている。
依頼人として、それ以上求める理由もない。
「見事だった。」
「ありがとうございます。」
「情報だけではない。」
グラントがエリナを見る。
「娘のこともな。」
「え?」
レイルもエリナを見る。
「私ですか?」
「あぁ。」
グラントは、パーティーの中で何度も見ていた。
最初はレイルの容姿に惹かれ、人が集まった。
だが、その中心にはいつの間にかエリナもいた。
普段ならあまり話す機会のない相手とも、自然に会話していた。
そして帰り際には、何人もの人間から声をかけられていた。
「随分、顔が広くなったようだな。」
「それは……。」
エリナがレイルを見る。
「レイルさんのおかげです。」
「俺は何もしてませんよ。」
「してました。」
「そうですか?」
「してました。」
「…………。」
レイルが少し困ったように笑う。
グラントもそれを見て、僅かに笑った。
「ともかく、依頼は十分すぎる結果だ。」
「ありがとうございます。」
ゲルムも異論はなかった。
むしろ、予想以上だった。
「こちらからも。」
ゲルムが言う。
「また機会があれば、お願いしたいと思っています。」
「俺にですか?」
「はい。」
「予定が合えば。」
「ありがとうございます。」
「次も、今日と同じような形で?」
グラントが聞く。
「はい。」
ゲルムは頷く。
「こちらのパートナーを通して、確認します。」
「そうか。」
それ以上、グラントも聞かなかった。
今回、誰がレイルを紹介したのか。
その詳細を、ビヨンド商会が明かすつもりはないからだ。
⸻
その後。
グラントの屋敷へ戻り、レイルと別れたあと。
ゲルムは一人、今日の仕事を振り返っていた。
「…………。」
レイル・アーネスト。
もちろん、今回の仕事で使った偽名。
本名はレイ。
若い。
何でも屋。
プロハンターのルコが、自分のところで使っている外部人材。
それ以上のことは、ほとんど知らない。
だが。
(何でも屋としては、間違いなくトップレベルだな。)
資料を渡した時からそうだった。
あれだけの情報を僅かな時間で読み、頭へ入れた。
少なくとも、ビヨンドの情報調査部に同じ速度で正確に覚えられる人材はいない。
そして実際の現場でも、一度として確認することはなかった。
パーティーでは、初対面の人間ばかりの中へ何の違和感もなく入り込んだ。
話題も広い。
貴族への対応にも淀みがない。
恋人役としてエリナを立てながら、自分自身も自然に人を集めた。
その結果、エリナ自身の社交界での評価まで上げている。
そして、その人の流れを利用し、スペンダ自身を自分のところまで歩かせた。
接触。
情報収集。
離脱。
どれも自然だった。
(いや。)
何でも屋。
その言葉だけで片付けていい腕ではない。
(諜報を専門にしていても、おかしくない。)
ゲルムは十五年、この仕事をしている。
多くの隊員を見てきた。
その経験から見ても。
(うちの隊員と比べても……。)
頭一つ、抜けているかもしれない。
少なくとも、今日のような人へ接触し、自然に情報を引き出す仕事なら。
並の隊員より、明らかに上だった。
「…………。」
そこで、ふとノアが頭に浮かぶ。
(ノアなら。)
あの場で、どう動いただろう。
「…………。」
だが、すぐにゲルムはその考えを切った。
(いや。)
ノアは別だ。
あれは、世界でもそう何人もいない別次元の人材。
今日のレイがどれほど優秀でも、同じところへ並べて考えるものではない。
「…………。」
そこで、ゲルムの思考が少し止まった。
(……ノア。)
今回、最初にこの依頼を持っていったのはノアだった。
そして、ノアは断った。
その時点で、ゲルムは既に一つの可能性を考えていた。
この程度の任務は受けない。
あるいは、現在の任務との兼ね合い。
だから無理に頼むこともなく、別の人材を探した。
そして、ゲルムが思い出したのがルコだった。
「…………。」
以前から、ビヨンド商会はルコと取引がある。
プロ資格を持つ若い商人。
ノアほどの人間なら、その程度のことは当然調べている可能性が高い。
だが、今日。
初めてゲルムは、その先まで考えた。
(レイのことも……知っていた?)
ルコが、あれほど優秀な何でも屋を使っていること。
それまでノアが知っていたとすれば。
いや。
知っているだろう。
「…………。」
今回の依頼をノアが断る。
ビヨンドは代わりの人材を探す。
自前では、年齢条件を満たす者がいない。
ならば、外部へ目を向ける。
以前から取引のある若いプロ。
ルコ。
そこへゲルムが行き着く可能性は、十分にある。
そして実際、そうなった。
ルコ本人は依頼を断った。
だが、代わりにレイを出してきた。
結果。
ビヨンド商会は今日、極めて優秀な何でも屋との新しい仕事の繋がりを得た。
「…………。」
ゲルムの目が僅かに細くなる。
(まさか。)
ノアは。
そこまで分かっていて、断ったのか。
自分が受けるより。
ビヨンド商会にとって、レイとの繋がりを作る方が有益だと判断して。
「…………。」
ゲルムは首を横に振った。
(いや。)
証拠はない。
偶然で、全て説明できる。
ノアが依頼を断った。
自分がルコを思い出した。
ルコがレイを紹介した。
ただ、それだけ。
そこへ後から意味を付けるのは早い。
「…………。」
だが。
もし本当に、そこまで考えた上であの場で断ったのだとしたら。
(ノア……。)
ゲルムは静かに息を吐いた。
(どこまで見えている?)
答えは、まだ分からなかった。




