優勝者の潜入術
会場には、既に多くの人間が集まっていた。
貴族。
商人。
その家族。
それぞれが小さな輪を作り、談笑している。
レイはエリナと共に、その中へ入っていった。
「…………。」
ゲルムは少し離れた場所から二人を見ていた。
そして、会場の奥へ視線を向ける。
一人の男が、数人の貴族と談笑していた。
スペンダ。
今回、レイが接触し、情報を聞き出す相手だった。
(まずは見つけたか。)
ゲルムが再びレイを見る。
だが、レイはスペンダを見ない。
そのままエリナと共に、会場へ入っていく。
まず、エリナの知人らしい女性が二人に気づいた。
「あら。」
近づいてくる。
「今日は一人じゃないのね。」
「え、えぇ。」
エリナが僅かに緊張する。
視線がレイへ向いた。
「こちらは?」
レイが自然に一礼する。
「初めまして。レイル・アーネストと申します。」
「レイルさん?」
「はい。」
そして、エリナを見る。
「彼女とは、お付き合いさせていただいています。」
「まあ。」
女性がエリナを見る。
「聞いてないわよ?」
「それは――。」
エリナが言葉に詰まる。
その横で、レイが笑った。
「私がお願いしたんです。」
「あなたが?」
「えぇ。まだ皆さんに話すのは恥ずかしい、と言われまして。」
「…………!」
エリナがレイを見る。
「ですから、今日までは内緒にしていました。」
「ふふ。」
女性がエリナを見る。
「そういうことだったのね。」
「…………。」
エリナの顔が赤い。
演技ではない。
「随分、大切にされてるじゃない。」
「もう……。」
エリナが小さく俯く。
レイは何も言わない。
ただ、少し困ったように笑っている。
「…………。」
ゲルムは遠くから見ていた。
(上手い。)
エリナが答えに困ったところへ、即座に入った。
だが、自分が主導権を奪ったようには見せていない。
エリナが恋人の存在を隠していた理由まで、自然に作った。
しかも、結果としてエリナの印象も悪くならない。
それどころか。
「どこで知り合ったの?」
「それは――。」
今度はエリナが答える。
先ほどより、少しだけ自然に。
レイは横から口を挟まない。
必要なところだけ合わせる。
(慣れさせているのか。)
最初から、自分一人で全部を演じるつもりではない。
エリナが答えられるものは、エリナに任せる。
困った時だけ助ける。
それならエリナ自身も、徐々に恋人役へ馴染んでいく。
「…………。」
ゲルムは視線を動かした。
スペンダは、まだ離れた場所にいる。
今は動く必要はない。
レイも一度も、そちらを見ていなかった。
⸻
しばらくして。
二人の周囲には、自然と人が増えていた。
「国外から?」
「はい。」
「こちらには長いのか?」
「それほどでもありません。」
「では、まだ不便も多いだろう。」
「最初は少し。ただ、最近は慣れました。」
年配の貴族が笑う。
「食事はどうだ?」
「美味しいですよ。ただ――。」
レイが少し考える。
「こちらへ来て最初に驚いた料理はありました。」
「ほう?」
そこから食文化の話へ移る。
別の男が入る。
「なら、北部へ行ったことは?」
「あります。」
「本当か?」
「えぇ。」
話題が地方へ移る。
さらに。
魔法。
狩猟。
商売。
最近、王都で流行しているもの。
次々と話題が変わる。
それでも、レイは止まらない。
知らないことは、知ったふりをしない。
「それは知りませんでした。」
そう言って、相手へ話させる。
知っている話なら、相手より前へ出すぎず、必要な分だけ返す。
「…………。」
ゲルムは黙って見ていた。
(話題が広い。)
それだけではない。
会話の輪が、レイだけを中心にしていない。
「エリナはどう思います?」
何度も隣にいるエリナへ話を渡す。
「あ、それでしたら――。」
エリナが話す。
「ほう。」
周囲がそちらを見る。
レイは黙り、エリナの話を聞いている。
途中、少し言葉に詰まれば、必要な一言だけを添える。
すると、またエリナが話せる。
「…………。」
最初はレイの容姿に惹かれて集まってきた者もいた。
だが、いつの間にか二人の周囲には人が残っている。
そして、エリナ自身も会話の中心へ入っていた。
(自分を売っているだけじゃない。)
恋人役。
ならば当然、隣のエリナも含めて一組として見られる。
その程度のことは、ゲルムにも分かる。
だが。
理解することと、自然に実行できることは別だった。
「いい人を見つけたじゃない。」
先ほどの女性が、エリナへ小声で言う。
「……もう。」
また顔が赤くなる。
レイがそれを見て、少し笑った。
「笑わないでください。」
「すみません。」
「絶対、面白がってますよね?」
「そんなことはありませんよ。」
「嘘です。」
周囲から笑い声が上がった。
「…………。」
ゲルムは、その様子を見る。
もう。
恋人のふりをしている二人には。
見えなかった。
⸻
さらに時間が経つ。
酒も入り、会場全体が少しずつ賑やかになっていた。
「そういえば。」
一人の青年がレイを見る。
「先ほど魔法にも詳しいと言っていたな。」
「多少は。」
「何か使えるのか?」
「えぇ。」
「見せてくれよ。」
「ここでですか?」
レイが笑う。
「派手なものは怒られますよ。」
「別に戦えと言ってるわけじゃない。」
「そうですね。」
少し考える。
「では。」
レイがテーブルの上を見る。
そこに、一組のカードがあった。
「これをお借りしても?」
「あぁ。」
近くにいた青年がカードを差し出す。
「ありがとうございます。」
レイがカードを受け取る。
「簡単なものでよければ。」
その言葉に、近くにいた者たちが少しずつ集まる。
「…………。」
ゲルムが僅かに位置を変えた。
見やすい場所へ。
スペンダも、まだ少し離れている。
だが、こちらを見ていた。
レイがカードを広げる。
「一枚、選んでください。」
「私?」
「えぇ。」
一人の女性がカードを取る。
「私には見せないでくださいね。」
周囲に見せ、戻す。
レイがカードを混ぜる。
「では――。」
一枚引く。
「こちらですね。」
「え?」
女性が驚く。
「当たってる!」
「簡単なものですよ。」
「もう一回!」
「では、次は少し変えましょうか。」
別の者を呼ぶ。
また一つ。
さらに一つ。
「…………。」
笑い声。
驚く声。
人が増えていく。
ゲルムはレイではなく、その周囲を見ていた。
スペンダが近づいている。
一歩。
また一歩。
(…………。)
レイは、まだ見ない。
スペンダが人の輪へ入った。
それでも何もしない。
「では。」
レイが一枚のカードを手に取った。
「最後にしましょう。」
「もう終わりか?」
「主役は私ではありませんから。」
そう言って、エリナを見る。
「今日は彼女と来ていますので。」
「…………!」
エリナがまた赤くなる。
「ははは!」
「ごちそうさまだな。」
「もう……!」
笑い声。
その中で、レイがカードを一枚、皆に見せた。
「では。」
両手で挟む。
「このカードを――。」
手を開く。
ない。
「消します。」
「おお。」
「どこへやった?」
「さて。」
レイが周囲を見渡す。
「どこでしょう。」
何人かが自分の服を見る。
「私か?」
「さっきみたいに誰かが持ってるんじゃない?」
「かもしれませんね。」
レイが笑う。
そして、初めてスペンダを見る。
「では。」
一瞬。
目が合う。
「スペンダ様。」
「……私か?」
スペンダが自分を指差した。
「えぇ。」
レイがスペンダの胸元を示す。
「胸ポケットを確認していただけますか?」
「…………。」
スペンダが眉を上げる。
「ここか?」
「はい。」
「まさか。」
笑いながら手を入れる。
「…………。」
動きが止まった。
「おい。」
「どうした?」
スペンダがゆっくりと手を出す。
指には、一枚のカード。
「……これは。」
「先ほどのカードです。」
「いつ入れた?」
周囲から声が上がる。
「おお!」
「全然分からなかったぞ!」
「魔法か?」
レイは笑った。
「それを話してしまったら。」
スペンダを見る。
「次から、驚いていただけないでしょう?」
「ははっ!」
スペンダがカードを見る。
「面白い!」
「ありがとうございます。」
「しかし、本当にいつ入れた?」
「秘密です。」
「気になるな。」
「では、スペンダ様。」
レイが自然にスペンダの隣へ移る。
「代わりに、一杯いかがです?」
「私と?」
「えぇ。」
レイが僅かに笑う。
「勝手に胸ポケットをお借りしましたから。」
「ははは!」
スペンダも笑う。
「それなら、いただこう。」
二人が人の輪から僅かに外れる。
「…………。」
ゲルムは遠くから、それを見ていた。
(スペンダへ接触した。)
自分からスペンダを探して近づいたわけではない。
人を集め、興味を持たせ、スペンダ自身を自分のところまで歩かせた。
その上で、大勢の中から最後の手品の相手として、偶然選んだように見せた。
(……なるほど。)
あれなら、後から誰かが二人の接触を調べても不自然ではない。
スペンダから見ても同じだ。
自分は、たまたま面白そうな余興を見に行った。
そこで手品に巻き込まれた。
それだけ。
レイとスペンダが笑いながら酒を飲む。
会話が始まる。
ゲルムには内容までは聞こえない。
だが、スペンダの表情は見える。
警戒していない。
それどころか、楽しんでいる。
「…………。」
ゲルムは護衛として静かに立ったまま、二人を見守る。
必要なら動く。
そのつもりで、ここにいる。
だが今のところ、補佐する理由は一つもなかった。
しばらくして、スペンダが笑う。
レイも笑う。
そして、スペンダの方からさらに何かを話し始めた。
「…………。」
ゲルムの目が僅かに細くなる。
(どこまで。)
取れる。
その答えをゲルムが知るのは、パーティーが終わった後だった。




