学園卒業と、半年後の結婚式
卒業式の日、学園は華やかな巣立ちの日を迎えていた。
王国中から集まった貴族の子息子女たちが、三年間を過ごした学び舎を後にする日。校庭には色とりどりの花が飾られ、回廊のあちこちでは、友人たちが未来を語り合い、別れを惜しんでいる。
ロマリオもまた、友人たちと肩を組みながら、晴れやかな笑い声を響かせていた。
「ついに卒業だな。これで、自由な時間は終わりだ。明日からは、大人としての社交が始まるぞ」
「ああ、そうだな。子供気分は終わりだ。これからは責任ある青年貴族として励んでいこう」
「そうだな。もう、十分に自由に過ごさせてもらったしな」
浮ついた噂こそあったものの、結局のところ特定の誰かと深い関係になることはなかった。ロマリオは、そんな青春の終わりを噛み締めていた。婚約者であるジュリアとの結婚も控え、自分の人生は何もかも順調だと、疑うことなく信じていたのだ。
だが、その裏で、周囲の大人たちは冷ややかな現実を突きつけていた。
以前のように思い詰めた表情を浮かべることはなくなり、穏やかに微笑むようになった娘の姿を見て、伯爵夫妻は一度は安堵した。
しかし、その穏やかさは、かつてのジュリアとはあまりにも違っていた。
ロマリオの名を口にしても、婚約者としての喜びも、少女らしい照れもない。ただ静かに受け入れるだけの姿に、伯爵夫妻は次第に不安を募らせていった。まるで、ロマリオへ向けていた大切な想いだけを、失ってしまったかのように。
「こんな状態で嫁がせるなど到底無理だ。今すぐこの婚約を白紙に戻してほしい」
そう涙ながらに婚約の解消を申し出る伯爵夫妻に対し、ハーマン侯爵夫妻もまた、厳しく息子の尻を叩いた。
「お前がこれまでジュリア嬢にどんな態度をとってきたと思っているのか。彼女の心が閉ざされてしまった責任の一端は、お前にもある」
侯爵夫妻は、これまでジュリアの想いに甘えてきた分、今度は自分から彼女を支えるべきだと息子に諭した。
しかし、シシリー伯爵夫妻の不安が消えたわけではなかった。
「このまま娘を嫁がせることに、私たちは納得しているわけではありません。ただ……ジュリア自身は、婚約解消にも結婚にも、強い意思を示しませんでした。ロマリオ様との結婚を受け入れるというのなら、親として見守るしかありません」
ジュリア自身は、静かに頷くだけだった。
彼女にとって、それは望んだ未来ではなかった。かつてなら涙ながらに拒んだはずの運命も、今の彼女の心には届かない。ロマリオへ向けていた想いだけが、深い氷の中に閉ざされていたのだ。
もうそこに、婚約者へ寄せる喜びも期待もなかった。ただ、与えられた未来を静かに受け入れているだけだった。
◇
そして卒業から半年後、二人の結婚式の日を迎えた。
純白の衣装に身を包んだジュリアは、美しかった。その姿は、かつてロマリオが夢見た理想の花嫁そのものだった。
それなのに――何かが違った。
以前の彼女なら、隣に立つだけで頬を染め、嬉しそうにはにかんでいた。自分を見る瞳には、隠しきれないほどの愛情が宿っていた。
けれど今、ジュリアは穏やかに微笑んでいるだけだった。美しく整えられた微笑み。けれど、そこには以前のような温もりがなかった。
「ロマリオ様」
呼びかける声は優しく、礼儀正しい。
それでも、その瞳に宿るのは婚約者への愛ではなく、ただ完璧な次期侯爵夫人としての微笑みだった。
その違和感から目を逸らすように、ロマリオは満足げに微笑んだ。
(夫婦になれば、きっと変わる。結婚すれば、また昔のように僕を見てくれる)
そう信じ続けることでしか、現実を受け入れられなかったのだ。
◇
豪奢な婚礼衣装に身を包んだジュリアは、一輪の花のように可憐で、誰もが羨む理想の夫婦として聖堂を後にした。
そんな彼女をエスコートするロマリオは、『最高の花嫁』を得たという、支配欲にも似た満足感に酔いしれていた。
(ようやく手に入れた! かつて自分だけを見つめていた少女を、絶対に誰にも渡さない!)
ロマリオが欲していたのは、完璧な侯爵夫人ではなかった。手に入れたはずの、自分だけを見つめてくれる妻だった。
世間には『次期侯爵夫人として高潔な才女』と噂されるジュリアだが、ロマリオが惹かれていたのはそこではなかった。派手な美貌というわけではない。けれど、彼女には飾らない素朴な可憐さがあった。チョコレートのように艶やかな茶色の髪、温かく澄んだ瞳。その純粋で無垢な輝きこそが、ロマリオにとって何よりも愛しいものだった。
そして迎えた初めての夜。
世間の祝福を一身に受け、贅沢な新婚夫婦の寝室に二人きりになったというのに、そこにあったのは甘い熱気ではなく、底冷えするような静けさだった。
かつてのジュリアであれば、羞恥に頬を染め、震える指先で彼の胸に触れたはずだ。しかし、目の前の彼女は違った。
ジュリアは顔を赤らめることもなく、恥じらいの欠片も見せず、ただ淡々とナイトドレスを脱ぎはじめた。
「えっ!ジュリア、なにをっ!?」
動揺したロマリオの口から大きな声が漏れる。
その声に、ジュリアの動きが止まった。
「ロマリオ様。夫婦としての務めでございます。ですから、どうぞお気遣いなく」
ジュリアが淡々となんでもないことのように語ったその言葉に、ロマリオはショックを受けて、返す言葉もなかった。
(ああ、これは僕がジュリアの心を傷つけた結果なのか!? ……なんてことだ)
それは嫁ぎ先の『妻としての義務』を淡々と遂行するかのような動作であり、彼女の瞳は感情の光が宿っていないガラス玉のようであった。
それでも、かつて自分だけを見つめていたジュリアを前に、ロマリオの情熱は抑えきれなかった。ようやく手に入れた妻へ、失われたはずの温もりを取り戻すように、優しく口付けを落とした。
(ああ、これでまた、昔のジュリアに戻ってくれる……)
まるで精巧な人形を抱いているような、その冷たさに気づきながらも、ロマリオは目を逸らした。きっと時間が経てば戻る。そう信じることで、彼は現実を受け入れようとしなかった。
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