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元勇者の迷宮探索者《ダンジョンシーカー》   作者: クロウィン
第五章:歪みが零した異形
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第五章:歪みが零した異形(2)

迷宮第五階層。


視界の先で、イチの大剣が振り抜かれる。


ぐしゃり、と湿った音。


倒れたのは――食屍鬼(グール)だった。


「……今のが食屍鬼か」


思わず呟く。


見た目は、動く死体(ゾンビ)に近い。 世間では、その上位種として知られているらしい。


少なくとも、千年前の時代にはあのようなアンデッドは存在しなかった。


「うおっ、速ぇなこいつ!」


イチがもう一体を叩き伏せながら叫ぶ。


動く死体より明らかに動きが速い。


しかも個体ごとに身体の一部が歪んでいる。


片腕が異様に肥大化したもの。


背骨が曲がり、背中から骨の突起が生えているもの。


尾のように伸びた脊椎が、まるで蠍の尾のように振り回すもの。


もはやあれは元人間だとか呼べない。


ソニアが身を沈め、振り下ろされた巨大な腕を紙一重で回避する。


その隙を突き、ラミアールの剣が横薙ぎに走った。


腐肉が裂け、食屍鬼は崩れ落ちる。


「四階層までの魔獣とは、明らかに質が違うな」


ラミアールが剣を払う。


「まあな。 でもまあ……まだ何とかなるレベルだろ」


イチが肩を回す。


たしかに、群れの中には今まで見なかった魔獣も混じっている。


食屍鬼もその一種だった。


視界の端で、別の魔獣が動いた。


腐った毛皮をまとった、犬のような影。


骨の見える顎を開き、唸り声をあげている。


屍犬(コープス・ハウンド)。


その後方には。


弓を構える骸骨の姿。


骸骨射手《スケルトン・アーチャー》。


さらに。


岩陰で、巨大な節足の体が蠢く。


腐肉に潜り込むように動く、太い白い体。


食屍虫(キャリオン・ワーム)。


四階層から五階層に来た。


たった一層降りただけ。


それだけで、明らかに現れる魔獣の種類が増えている。


とはいえ、それらはどれも群れの中に一体か二体くらい。


大半は動く死体(ゾンビ)など、四階層と同じ魔獣だ。


まるで――


「……徐々に探索難易度をあげているみたいだな」


「ん? アベルくん。 なにか言った?」


思わず呟いた俺に、となりにいたニナが反応した。


「いや、何でもない」


「そう?」


ニナはそれ以上深く聞くこともなく、すぐに前線へ視線を戻した。


次の瞬間、腰のホルスターから魔素銃を引き抜く。


乾いた発射音。


放たれた魔素弾が屍犬の脚を撃ち抜いた。


「――動きよ淀め(スロー)」


続いて放たれた魔法により、魔素の揺らぎが絡みつく。屍犬の動きが目に見えて鈍る。


そこへ――


イチの大剣が振り下ろされた。


潰れるような音と共に、屍犬の体が地面に沈む。


ニナはすでに次の標的へ銃口を向けていた。


その様子を横目に、俺は再び思考を巡らせる。


この迷宮というものは、階層を下るごとに少しずつ新しい要素を混ぜ込んでいるように見える。


階層が深くなるほど強い魔獣が現れる――それが、この時代の常識らしい。


だが、俺にはそこに違和感を感じずにはいられなかった。


少しずつ段階的に難易度を上げている。その事実が、俺にはまるで何かの基準に従って調整されているかのように感じられた。


何のためなのか、なぜ迷宮がそうなっているのかは分からない。だが――


どこか、試されているような感覚があった。


「……」


ズキリ――


左目が疼く。


まただ。


この迷宮の在り方に疑問を抱く度に、決まってこの痛みが走る。


迷宮はそういうもの。


この時代の人間は、誰もがそう言う。


だが――


やはり、迷宮というものは、どこかおかしい。


視界の端で、イチがさらに踏み込むのが見えた。


「イチ、踏み込み過ぎだ」


「ええ? そうか? このくらい平気だろ」


ぶつぶつと不満を漏らしながらも、イチは素直に半歩ほど後ろへ位置を下げた。


現在のパーティ構成は、やや前衛に偏っている。


俺、イチ、ソニア。


それに加えて、ラミアールも今では半ば前衛として動いている状況だ。


本来ラミアールは、剣と魔法を同時に扱える。 状況に応じて前衛にも後衛にも回れる――それが彼の強みだった。


そういえば、最初にこのパーティへ加わりたいと言ってきた時も、そんなことを言っていた気がする。


前衛が多い編成だからこそ、自分が入ればバランスを取れる、と。


まあ、今となってはその言葉を本人が覚えているのかすら怪しいが。


先週のレア種との戦闘で前衛として動いた影響なのか、気づけばラミアールも自然と前線に立つようになっていた。


せっかく迷宮に来たのだから、思いきり活躍したい。


そんな性格も、きっと理由の一つなのだろう。


という経緯を経て、現在の前衛はイチ、ソニア、ラミアールの三人。


俺は後衛であるニナの護衛と、万が一前衛が崩れた場合の予備戦力として後方に控えている。


個人的には、この位置に大きな不満はない。


アンデッドを斬るという行為は――たとえ感触がまるで別物だとしても、かつて魔族の死霊術(ネクロマンシー)に操られていたアンデッドを斬った時の記憶を思い出させる。


それを考えれば、積極的に前へ出なくても済む今の役回りは、むしろ都合がよかった。


迷宮を観察しながら思考を整理する時間も取れる。


とはいえ。


自分だけ何もせず、年若い少年少女たち――肉体年齢は近くとも、俺は元々二十八歳だ――に戦わせているようで、どこか落ち着かない気持ちもあった。


そんな時、イチが言ったのだ。


「アベルって強いんだろ? だったらさ、戦い方とか動きとか、気づいたこと教えてくれる役でもいいんじゃねぇの?」


正直、そんな程度で納得できるものかと思った。


だが意外なことに、ラミアールもソニアも反対しなかった。


特に驚いたのはソニアだ。


ハウゼンさんへの憧れがあるせいか、普段の彼女は俺に対してやたらと棘のある態度を取る。


そんな彼女が、この提案に異議を唱えなかったのだから。


彼女いわく――


「勘違いしないでよ! 実力だけは認めてるってだけで、あんた自身を認めたわけじゃないんだから!」


……だそうだ。


ソニアの反応については気にしないようにしておこう。


ともあれ、今の俺はパーティ全体の動きを見ながら助言や指示を出す立場に収まっている。


「ラミアール、右後ろだ。 骸骨射手」


「了解」


短く返事をすると、ラミアールが半歩体を開く。


次の瞬間、振り向きざまの斬撃。


矢を番えようとしていた骸骨射手の腕が宙を舞った。


そこへソニアが滑り込み、頭蓋を正確に砕く。


乾いた音。


骨の体が崩れ、青い光へと還っていった。


「おー、助かる。 気づかなかったぜ」


イチが軽く手を振る。


その直後、地面が僅かに盛り上がった。


「下からくるぞ」


言うより早く三人が散る。


地面を破って現れたのは食屍虫。


だが、体を完全に出すより早く。


ラミアールの魔法が炸裂した。


「──爆ぜろ(フレイム・ボム)」


腹部が弾ける。


続くイチの一撃で、巨大な虫の体は完全に動かなくなった。


「よし、片付いたな」


イチが大剣を肩に担ぐ。


「この階層も、思ったよりはいけそうね」


ソニアが周囲を警戒しながら言った。


「油断はするな。 まだ奥がある」


ラミアールが冷静に返す。


俺は周囲を見渡した。


戦闘の音は、もう聞こえない。


どうやらこの一帯の魔獣は片付いたらしい。


「少し進むか。 観測装置を設置するのはもう少し広い場所が良さそうだし」


俺の言葉に、皆が頷く。


第五階層の探索は、その後もしばらく続いた。


食屍鬼の襲撃。


屍犬の奇襲。


地中から現れる食屍虫。


四階層より確実に危険度は増していたが、パーティの連携は悪くない。


戦いながら、俺たちは少し広めの空間を見つけ、観測装置と補助装置を順に設置していった。


淡く光る装置。


そこから伸びる、あの糸のような光。


やはり、何度見ても妙な光景だった。


だが、今はそれ以上考えるのをやめた。


ちょうど近くに第六層に繋ぐ階段があったので、そのまま第六層へ。


第六層でも、第五層の魔獣が群れに混じっている点は変わらなかった。


違いがあるとすれば、数がわずかに増えていることくらいか。


なので、探索自体は極めて順調。


特筆すべきこともないまま広い空間を見つけては依頼をこなす。


「よし。 ここまでで今日は十分だろ」


設置が終わることを見届けてラミアールが言う。


「依頼の目的はこれで完了したし、戻ろう」


「賛成― もうおなかペコペコだぜ」


イチがお腹を擦りながら笑う。


「もう……あんたはそればっかりね」


ソニアが呆れた声を出す。


「みんなお疲れ様! 怪我とか大丈夫? 手当てするよ?」


ニナも元気よくみんなの調子を確認しながら回った。


「じゃ、今日はもう帰るか」


こうして、依頼も終えた俺たちは迷宮の入口へと引き返すのだった。


何となく振り返ってみる。


そこには観測装置と、その周囲に浮かぶ糸の光だけが静かに揺れていた。


面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。



4/26に第一部完予定しています。

よって、1部完結までは金・土・日で更新する予定です。

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